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9.成敗

9.成敗


 陽子ちゃんの重みを体で感じているのはとても心地よかった。ずっとこのままで居られたら…。

「なんだ、陽子のヤツ、しょうがないなあ」

 洋兄ちゃんが一升瓶を抱えてやって来た。

「大丈夫ですよ」

「なあ、真一は今でもこいつのことが好きなんじゃないか?」

「えっ!」

「隠したって無駄だよ。こいつだって本当は真一と結婚したかったんだから」

「からかわないでくださいよ」

 僕が言うと、洋兄ちゃんは少しの間、遠くを見つめて何かを思っているようだったけれど、やがて静かに口を開いた。

「あの事件を覚えているか?」

「義昌くんと志穂ちゃんの事件ですか?」

「それもそうだが、その後のヤツの方だ」

「あのことですか…」



 新学期になって間もなく、僕は二人の刑事が学校の中を調べ回っているのが気になっていた。犯人が学校に居るとは思えなかったからだ。

「あの人は知ってるんだよ」

 信二くんだった。

「知ってるって?」

「犯人がここに居ることをさ」

「えっ?犯人が学校に居るの?」

「正確には学校になる前の場所なんだけどね」

「それって…」

「そう。市民病院さ」

「じゃあ、犯人って…」

「悪霊だよ。このままじゃ、また誰かが殺される。あいつを成敗するのにはあの人の力が必要なんだ」

「あの刑事さん?」

 僕が訊ねた時にはもう信二くんの姿はなかった。


 その夜、信二くんの言ったことが気になって僕はこっそり学校に忍び込んだ。図工準備室に明かりがついていた。間もなく明かりが消えて二人の刑事が出てきた。僕は廊下の角に隠れた。その時、僕の肩に誰かが手を掛けた。

「!」

 叫びたくなるのを必死にこらえて振り向いた。

「こんなところで何してるの?」

 陽子ちゃんだった。

「どうして陽子ちゃんがここに居るの?」

「家の前で見かけたから付いて来ちゃった」

「ダメだよ。ここは危ないから。早く帰った方がいいよ」

「そうだ!子供はここに居ちゃいけない。早く帰るんだ。池田、お前、この子たちを送ってやれ」

 僕は何となく嫌な予感がして陽子ちゃんを帰そうとしたのだけれど、そこを刑事たちに見つかった。そして、年配の刑事が若い刑事に僕たちを連れて帰るように命令した。

「単独行動はダメですよ。行くなら先輩も一緒に…」

 その時、急に陽子ちゃんが何かに引きずられるように階段の方へ飛んでいった。

「しまった!池田、この子を頼む」

 年配の刑事は陽子ちゃんを追って階段を駆け下りて行った。その後ろを信二くんが付いて行くのが僕には見えた。

「今のは何なんだ?まるで透明人間か何かに連れて行かれたような…」

 池田という若い刑事が呆気に取られている隙に僕も後を追った。

「お、おい!」

 若い刑事も仕方なく僕たちについて来た。けれど、階段を降りたところで陽子ちゃんたちを見失った。でも、僕には陽子ちゃんがどこに連れて行かれたのか見当が付いていた。


 プール下のポンプ室の前まで来ると、あたりの空気が淀んでいるように感じた。

「なんだか気味が悪いなあ。昼間来た時には何ともなかったのに…」

 そう言いながら若い刑事がドアの取っ手に手を掛けた。

「君はここで待ってなさい」

 そう言ってドアを開けた瞬間、ポンプ室の中から血生臭い空気が溢れ出て来た。

「うっ…」

 若い刑事が怯んだ隙に僕は中に飛び込んだ。そして、ポンプの裏側に走っていった。

「しんちゃん!」

 陽子ちゃんは無事だった。けれど、そのすぐそばで年配の刑事が血まみれの男と揉み合っていた。しかし、信二くんの姿は見当たらない。

「真一くん、陽子ちゃんを守ってて!」

 年配の刑事が僕に向かって言った。その声は信二くんの声だった。若い刑事はその場面を目の当たりにして腰を抜かして動けなくなっていた。

 年配の刑事は血まみれの男を羽交い絞めにして何か呪文のようなものを唱えていた。血まみれの男は苦し紛れに年配の刑事の腕に噛みついた。けれど、年配の刑事は呪文を唱え続けた。そして、ついに血まみれの男が断末魔の声を上げながら霧のように消え去った。


 精根尽きて横たわる年配の刑事の傍らに信二くんが立っていた。

「信二くん!大丈夫?」

「うん。僕は大丈夫。元々生きてる人間じゃないからね…」

 僕は安心した。けれど、信二くんの姿を見てぞっとした。先ほど、年配の刑事が血まみれの男に噛みつかれた腕の部分が無くなっていたからだ。

「信二くん、その腕…」

「ああ、さっき、あいつに噛まれたからね。でも大丈夫。すぐに元通りになるから。それより陽子ちゃんは大丈夫?」

 僕はハッとして陽子ちゃんを見た。気を失っているようだったけれど、どこにも怪我をした様子はなかった。

「うん」

「良かったよ。あの人はすぐに目を覚ますから、家まで送ってもらうといいよ」

 そう言うと信二くんは姿を消した。


 次の日、陽子ちゃんが泣きそうな顔をして僕を訪ねてきた。そして、いきなり着ていたTシャツの袖をまくりあげた。それを見た僕は息が詰まりそうになった。陽子ちゃんの両肩には大人の手程の大きさの手形のような痣が付いていたのだ。










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