願いと樹
ある所に『願いを叶える樹』があった。その樹は『神木』として祭り上げられ、その土地は『理想の地』と呼ばれた。動物達は神木の噂を聞くと、遠路も厭わず訪れた。
ある時、願望の違いで戦争が起きた。ある者は秩序を願い、ある者は混沌を願った。戦争は長く続き、死者は後を絶たなかった。
そんな戦争の只中、一匹の猟犬が、神木のもとにやって来た。
「来る日も来る日も戦争ばかり、もううんざりだ。正義も希望もない、こんな殺し合いを止めてくれ。お願いだ。争いのない世界にして欲しい」
神木は言った。
「…あなたの願いを叶えましょう」
ある所に『泣く樹』があった。その樹はいつも泣いていた。
ある時、一人の少女と一頭の白虎が、泣く樹のもとにやって来た。少女は大木をじっと見詰めると、こう尋ねた。
「なぜ泣いているの」
すると大木は、泣くのを止め、答えた。
「…孤独だからです」
「そう」
「この付近だけ生物が全くいないようだが、どうなってるんだ」
と白虎は、辺りを見渡してきいた。
「…私にも詳しくは分かりません。ある一つの願いを叶えたら、こうなったのです」
「願い?」
白虎は訝しげな顔をした。
「…ええ、『争いのない世界にして欲しい』という願いです」
白虎は草木すら生えていない地面を眺め、こう言った。
「…まあ、これなら争いは起こらないんじゃないか」
「そうね」
と少女は言った。
それを聞いて大木は狼狽し、涙ぐんで尋ねた。
「…元に戻すにはどうすればよいでしょうか」
すると、少女は幹に手を触れて、大木にこう告げた。
「元に戻すのは無理だけど、無かったことにすることは出来るわ」
「お願いします…。もう独りは嫌なんです……」
そう言うと、大木はまた泣き出した。
「あなたが望むなら」
森林に苗木を植える作業を済ますと、少女はすっと立ち上がった。すると、さっきまで寝ていた白虎が、欠伸をしながら立ち上がり、「ご苦労さん」と少女に言った。少女は何も言わなかった。
少女がさっさと歩いて行ってしまったので、白虎は「やれやれ」と重い体を動かし、少女の後を追いかけた。
「なぜ生物は消えたのかしら」
と少女はきいた。
「争いが起こらなかったからだろ」
「そう」
「何かを殺すということは、生きるうえで必要なことだからな」
と言うと、白虎はまた欠伸をした。
少女は言った。
「生き物って不便ね」
「創った奴を殺したい程に、な」
「叶うといいわね、その願い」
その言葉を聞いて、白虎は呆れた顔をした。
「…本気で叶うと思ってるのか?」
「さあ、私には分からないわ」
そして少女はこう言った。
「私は無知だから」




