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名無し  作者: 猫々
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肥満な雁

 ある所に仲睦まじい雁の親子がいた。その雁の親子には、子供が一人しかいなかったので、雁の夫妻はその一人娘を大切に育てていた。

 ある時、雁の夫妻は、どうすれば娘が幸せになれるか考えた。そして、

「私達が幸せになれることを、この娘にもやらせたらいいのではないか」

 と相談しあい、夫妻は娘にたらふくご馳走を与えるようになった。娘はそれを喜び、毎日腹が膨れるほど飲食を繰り返した。そして、満足すると、巣に戻りすやすやと眠りにつくのであった。

 娘は幸せだった。


 さて、そんな雁の娘もいつしか大人に成長し、体格も大きくなったが、丸々と肥えたその姿は太った鵞鳥のようでもあった。

 ある晴れた日のこと、娘が水辺で寛いでいると、他の雁が数羽やって来てこう言った。

「あなたは水に映る自分の姿を見たことがないのかしら?私がもしそんなひどく醜い姿だったら、生きようとは思わないわね」

「本当に醜いわ。聞いた話じゃ、太り過ぎて空も飛べないとか」

「それじゃあ、もう雁じゃなくて鵞鳥ね!」

 やって来た雁達は悪態をつくと、娘を突っつき、

「私達は今からこの水場を使うの。あなたのような醜悪な存在は目障りだから、さっさと消えてくれないかしら」

 と、娘に言った。

 娘は泣きながら駆け出した。娘は、

「どうしてこんな仕打ちを受けなきゃいけないの…。私だって好きでこんな見た目になったわけじゃないのに!」

 と、思いながらしばらく走り、水場から少し離れた林の中まで来ると、とぼとぼと歩き出し、「不幸だわ…」と呟いた。

 その時、突然ぱんぱんと音が鳴り響き、雁達の悲鳴が聞こえてきた。娘が恐る恐る振り返ると、一匹の大きな犬が、恐ろしい形相で、こちらに向かって来ていた。娘はとっさに何処かに隠れようとしたが、木の根につまずき、転んだ。娘はもう駄目だと思った。彼女が頭を羽で隠し、尻を突き出すような形でがくがくと震えていると、犬がやって来てこう言った。

「何だ、雁じゃなくて鵞鳥じゃないか」

 犬はそう言うと、踵を返し、音が鳴り響く水辺のほうに去っていった。彼は猟犬で、人間の狩猟の手伝いとして雁を探していたのであった。

 娘はしばらく動けなかったが、危機が去ったと感じるとよろよろと立ち上がり、安堵のため息を漏らした。そしてきょろきょろと辺りを見渡すと、一目散にその場から逃げ出した。途中何度も前のめりに転びそうになりながらも全力で駆けた。

 しばらく走り、森の奥深い所まで来ると、どっしりとその場に座り、「助かった…」と吐き出すように娘は言った。そして、

「ああ私は醜いという理由で苛められていたけれど、今ほどこの容姿に感謝することはないわ。だってこの容姿のお蔭で生き残ることが出来たのだから!」

 と、叫ぶのであった。


「大丈夫?」

 と、少女は言った。

 白くて大きな塊がのっそりと盛り上がり、振り返る動作をした。それは白虎で、口をもごもごと何かを食べているようだった。

「何か食べてるの?」

 と、少女はきいた。

 口の中の物を飲み込み、白虎は「ああ」と答えた。そして、

「目の前に美味そうな鳥がいたからな。何の鳥かは知らないが、飛ぼうとしないから簡単に捕まえられたぞ」

 とも言った。

「そう」

「しかし、崖から落ちて不幸だと思ったが、こうして美味い物に有り付けたんだからある意味幸運だったかもな」

 と、崖の上方を眺め、白虎は言った。

 少女は言った。

「人生なんてそんなものよ」

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