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名無し  作者: 猫々
12/27

日記

 某年某月

 今日は兵器を拾った。なんでも戦争が終わったせいで邪魔になるので捨てられたとか。これは珍しい品物だと思い、倉庫の奥にしまっておくことにした。

 このことを友人に話したら、「君、それは盗みじゃないか。今に罰せられるぞ」と言われたので、私は友人に「世間の連中は『天の恵みだ』などとほざきながら自然にあるものを殺し、盗んでいるではないか。今更私が落ちている物を盗んだぐらいで捕まりはしないさ」と言い返した。

「しかし君、自然には自然の法則があり、人には人の法則がある。人が社会を形成し、我々がそれに与する以上、我々は社会の掟に従わなければならない」

「法は人民の害になるものを取り除くための一つの手段であり、国を治めるための道具であって、絶対的なものではない。仮に、川に入ることを禁じられているとして、川で溺れている者がいたとする。これを救うことと、法を守ること、どちらが人民の信を得るだろうか」

「そりゃあ人を救うほうだろうね」

「それみろ、法が絶対ではないことが明らかではないか」

 などと議論をして、一日を終えた。


 某年某月

 また戦争が起こり、兵器の需要が高まったため、貯蔵しておいた兵器を売りさばくことにした。供給が少ないせいか、高値でも売ることが出来たので、全て売り払った頃には巨万の富と成していた。

 帰り道に友人と出会い、「どうやって儲けたのか」と聞かれたので、私は「なに、ただ相場の変動を利用し、利益を上げたまでさ」と答えた。

「商売の達人は時勢に乗ることだけを考えると聞くが、まさに君のような人を言うのだろう」

「いやいや、私は商売の達人などではないよ。現に私は高級な品をこれ見よがしに店先に並べていた。これでは賊に盗んでくださいと言っているようなもの。死地に赴いたのに、生きて帰ってこられたのは、まさに幸運だったというしかあるまい」

 などと会話をして、一日を終えた。


 某年某月

 戦争が拡大の一途を辿り、「これでは枕を高くして眠れない」と思い、今日は恩義を買いにいくことにした。

 現地に着くと、困窮している人々を集め、相手の懐具合に合わせ、富を分配することにした。瞬く間に万歳の声があがったが、「なぜこのようなことをするのか」などと疑問の声も発せられたので、私はこう言った。

「国は民の租税によって養われ、民は自然によって支えられるが、穀物が実らなければ民は生きることが出来ず、民の生活が安定しなければ国が危うい。これでは私の生活も危ういのだ。つまり、人を救うのは己を守るためなのだ」

 無形の財を手に入れ、ほくほく顔で家に帰る途中、友人と出会った。「なぜそんなに嬉しそうなのか」と聞かれたので、私は「生き残るための穴が増えたからさ」と答えた。

「穴とは?」

「逃げ道のことだよ。禍や失敗を避けるには予め隠れ穴を三つは掘っておくものだ、と私は聞いている」

「それで、君はどうやってその穴を掘ったのだい」

「人々に恩恵を施したのだ。これで治安の悪化を防ぐことが出来るぞ」

「治安ならば教育や法令でも出来ただろうに」

「そもそも日々の暮らしに事欠く者には学問を修める余裕などあるはずがない。余裕がないのだから礼儀が身に付くこともない。これでは人民に『罪を犯せ』と言っているようなもの。『罪を犯せ』と言っておきながら法律で罰するのは、それこそ詐欺ではないか」

「しかし君、罰があるとわかれば必生な者は権力を恐れて罪を犯すことはしないだろうよ」

「確かに力を示せば服従させることは出来るだろう。だがそれは一時的なものだ。そもそも法だけで民衆を制御しようとすることは川の流れを堤で防ぐようなもの。これでは水が溢れだす上、いつか決壊してしまう。それどころか大きな水害となって我々に襲いかかるであろう。

 私はこう聞いている。物質的基盤がなければ人の心は荒れた海の如きゆらゆらと揺れ動くものだ、と。だから私はこう説く。物によって心を支え、心によって己を制すことが道徳であり、治世の根本である、と」

 などと談話をして、一日を終えた。


 某年某月

 ますます戦火は広がりを見せ、ついに私のもとにまでやってきた。友人は「国を去るべきだ」と勧めるが、どうしたものか。殊に生き方というものは難しい。

 さて、ここで考えてみよう。

「元々人は己の体のみを与えられて生まれてくる。そして死ねば全てを失う。ならばこの世の物に拘泥する必要もあるまい。生きる者は必ず死に、会えば必ず別れがくる。必ず別れがくるというならば、この国を去るのもまた定め。渡り鳥は環境に合わせ居場所を変えると聞く。ならば私も状況に合わせ巣を変えることにしよう」

 出掛ける支度を済ませ、私は今「これ」を書いている。「これ」がこの国の史実を作成するにあたり、資料となるなら幸いだ。そして、一つの生き方の見本としてここに残す。


 古ぼけた書物を閉じ、少女は言った。

「どうやらここには国があったようね」

 辺りを見渡し、白虎は言った。

「こんな草木が生い茂った所にねえ」

 遠方にある山河を眺め、少女はこう尋ねた。

「なぜ世界は移り変わるのかしら」

「それは世界の本質が変化だからだろ、変化する性質自体は変化しなかったみたいだが」

「そう」

 と言うと、少女は書物を兵器の隣に戻し、歩き出した。白虎も後に続いた。

「姿形が変わっても、することは変わらないわね」

「…まあな」

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