第四話 『転校生、時々同級生』
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珍しくも、今日は朝からクラスがざわついていた。男たちはカメラを持って廊下に並び、女たちは本来禁止されているはずの化粧で体裁を整えている。共通しているのは、皆何かを期待し待っているということだろう。
それは他のクラスも同様だ。しきりにウチのクラスを気にして覗きに来たり、そこに並んでいる馬鹿共と何やら怪しげな取引をしていたりと、それはもう盛大に浮かれている。
「はぁー」
今日のため息はここ最近の中ではトップクラスに重い。この後の事も考えると正直頭と胃がいっぺんに痛くなる。だが、それも仕事のうちだと割り切っていくしかない。
「天野のため息なんていつもの事だけどさ、そんなあからさまに頭抱え込んじゃってどうしたのよ」
「……このお祭り騒ぎの原因、アンタも知ってるでしょ?」
「ああ、何でもグラビアアイドル並のでか乳美少女と白髪のイケメン転校生がこのクラスに来るんだってな。しかも二人とも帰国子女だとか」
私に話しかけてきた男子生徒――茅崎 藍は手で胸の形を作って「巨乳ー」とか言ってるから、軽蔑成分百パーセントの視線で睨みつけてやった。しかし「そんなの関係ねぇ!」と一昔前のネタと共に飄々としているその姿を見れば私は呆れるしかない。私の周りにはこんなのしかいないのか、と違う意味で更に気分が一層沈み込む。
「……アンタは他の男子と一緒に騒いでないでいいの?」
「べっつにー。転校生に興味無いわけではないけど、あそこまでしようとは思わんわな」
「……ふぅん」
そう言いながら、茅崎は親指を馬鹿共のいる廊下へと指す。私はそれに対し、疑惑の目を向けながらもう一度重々しいため息をついた。
余談だが、茅崎はモテる。見た目バカっぽいが、テストの順位はいつも二十番以内だし、容姿端麗スポーツ万能。気配りも出来て気さくなその人柄が皆に親しまれている。稀にとんでもないくらい空気が読めない所が玉に瑕なのだが、それを本人に言った所でまた飄々と回避されるか、神がかった鈍感アビリティでスルーされるのがオチである。
閑話休題。
さて、そんなクラスのムードメーカーが最近何かと私に話しかけてくる。暇さえあれば私の前後の席を占領して楽しげに喋りかけてくるのだ。
私としては鬱陶しい限りなのだが、こうも楽しそうに話をされると突き放そうにも突き放せず、そのままズルズルときてしまったのが現状だ。
「それよかさ、最近この辺りも物騒になってきたからな。天野一人暮らししてんだろ? 気をつけろよな」
「それって昨日ニュースでやってた神隠し事件の事?」
「ああ。最初は郊外だったのに段々こっち側の地域になってきてる。もしかしたら次の犠牲者は自分の知り合いなんてことも有り得そうだしな」
「ふーん。心配してくれてるんだ」
「ば、ばっかやろう! 純粋な男心を茶化すんじゃねぇよ!」
「はいはい。でも茅崎君の口から男心なんて言葉が出るなんてね」
「な、なんだよ」
「……気持ち悪いわ」
「うがーッ!」
暴れだした彼を適当に宥めていると丁度いいタイミングで始業の鐘が鳴った。
◆
これほど腹立たしい事があっただろうか。言の葉で人が呪い殺せるのなら、今頃私はクラスの男共を皆殺しにしていただろう。
「ココが理科実験室よ。実習授業の時は必ずこの部屋でやるから、授業が始まる前にココに移動してね」
「…………」
朝から私の頭を悩ませ、胃がキリキリと痛んだ原因となった、放課後に行われる転校生の校内案内。予想通り、男子全員からは役目を代われコールと自己アピールの嵐。女子全員からは転校生への質問攻めによる営業妨害だ。不平不満を押し殺し、堪忍袋の緒を断線一歩手前で留められたのは正直奇跡としか思えない。
つつがなく事を終わらせて早く自由になりたい私としては、どう考えても爆弾としか思えないイベントである。それを私はおくびにも出さず、無難な対応で転校生を案内していった。
案内といっても校舎を全て回るような事はしない。
特別教室や体育館といった授業で使用する所を紹介しているだけなので、そんなに時間はかからない。
「じゃあ最後に食堂を案内しておくわね」
本当は教えない方がいいのかもしれないが、一応マニュアル通りに案内だけはしておく。
まあ、最後に一言付け加える事を忘れないようにしよう。
道中、私は改めて二人の転校生を観察した。
男の子の方は桐条 秋《きりじょう あき》。第一印象としては中性的な存在だった。身長はそこそこあるように思えるのだが、如何せん肉付きがなっていない。眼つきの悪さを直せばかなりの美少女と見紛うその姿は、近頃の女生徒事情にはバカ請け間違いなしだろう。かく言う私もグッと来るものがある。
女の子の方は小早川 沙羅《こばやかわ さら》。ドイツ人とのクォーターらしく、目鼻立ちがはっきりとしており、更には透き通った肌、風に靡く艶やかな金髪、女性ならば誰もが羨む腰の括れ。そして噂に違わぬビッグバン。天は二物を与えず、なんて言葉は真っ赤な嘘。私に言わせてみればアレは生物兵器だ。モデルをやってますと言われても素直に受け止められそうな容姿に、私は諦めともつかぬため息をつき、神という存在の不公平さを呪う。やっぱり食堂の説明は省くべきではないと心に誓った。
観察もそこそこに、道のりを簡単に話しながら歩いていると食堂の前へと辿り着いた。
先日倒れたばかりの私にとっては扉を開けるのも億劫なのだが、これは仕事だと割り切って中へと歩を進める。
転校生ふたりも、ここの異様な空気を感じ取ったのか歩いていたときよりも更に硬い表情を浮かべていた。
「ここが食堂ですねー」
「……食堂ってもっと明るく和気藹々としている所だと思っていたのだけれど、私の勘違いだったのかしら? 何か良くないものが出そうな雰囲気だわ」
「……同意見だ。ココに死刑台があると説明されても違和感がないくらいぞ。明らかに空気が淀んでいる」
「…………」
初めてココに来た人でも分かるくらいの妖気を放っているのだろう。桑原桑原。
「さて、案内終了! さっさと教室に戻りましょうか」
「おい、ちょっと待て!」
「ココは一体何なんですの!? ある程度説明を受けないと気になって仕方が無いじゃありませんの!」
「えー、きっと何もないですよぉ。さあ、こんな忌わしい場所からはさっさと退散するとしましょう」
「お、おいテメェ! 今忌わしいとか言わなかったか!?」
「ソンナコトハ言ッテナイデスヨ?」
「何で急にカタコトになるんですの!?」
「三十六計逃げるに如かず! さらばッ!」
まあまあと冷静に対応するのを装い、即座に離脱体制へと移行した後、ダッシュで逃げる私の背中を二人が追う。
「待ちなさい!」
「おい、ちょっ、待てよ!」
まぁ追い掛けっこになったのはご愛嬌だろう。というよりも当然の結末というべきか。
十分後、ふたりに捕まった私は根掘り葉掘りあの食堂について聞かれたので、多少話しを盛りつつその実態の全てを明かした。初めは――
「そんな事ありえないですわ。ここは学び舎の料亭、つまりは私たちの活動力を提供する重要な施設なんですのよ? そんな事をしていては本末転倒ではありませんか」
「そうだ。それに、いくらマズくてもそこまで酷いことにはならないだろ普通。噂が独り歩きしてるとしか思えない」
そう言いはるふたりに現実を突きつけるため、保健室へと連れて行く。その無残な犠牲者たちとの面会を経て全てを理解してくれた。
今日の犠牲者は特に酷かった。口の中に食べ物を含んだ瞬間その生徒が穴という穴から煙を放ち、直後に爆発したそうだ。顔にはグルグル巻に包帯が巻かれ、意識がないというのにその手足は時折ピクリと痙攣していた。
「あ、ありえないですわ……」
「……この学校は何か根本から間違っている気がするんだが」
それは私も全面的に同意だ。だが、この食堂だけは何を言っても改善される兆しが一向に見えないのも事実。既に在校生たちはこの件に関しては諦めの境地に入っている。何を言っても無駄だと。