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夢見た空に魔女はいるのか  作者: ヌメリ
ようこそ新世界へ
4/6

第三話 『帰り支度、命懸けの夕飯』

 


 ◆



「今日は寝てばかりだったなぁ」



 気が付けば放課後。

 直上にあった太陽は地平線の彼方、更にはその色を茜色へと変貌させていた。

 刻一刻と空と大地の境界線が太陽を飲み込む瞬間がそこにはあった。


 茜色の陽射しを浴びた私は、これで一日が終わるんだなぁと感慨深く自然の摂理に浸る。その影響か今日という一日を振り返ってみると、ひたすら寝てばかりだった自分の姿が出てきた。あまりの無精者っぷりに自己嫌悪したのは言うまでもない。


 気持ちを切り替え、生徒会室に用事があったことを思い出し、足をそちらへと向ける。

 途中いくつかの教室を横切ったが人の気配は少なく、私の待ち人も教室にはその影も形も存在しなかった。



「ちゃんと書類に目を通してくれたかなぁ、会長」



 目的地に到着するまでの私の足取りは重かった。

 予算案の資料提出期限は今日。今まで期限を引っ張りに引っ張ってきたのだ。本日中に出さなければお説教を食らうのは目に見えている。

 あぁ、どうしようなんて悶えながら、どんな言い訳をしようか考えているうちに気が付けば生徒会室へとたどり着いてしまった。ちなみに考え付いた言い訳数は零だ。


 会長どうかいますように! と願いを込めながら取っ手に力を籠め、思い切り扉を開けるが、無情にも朝と同じ光景がそこ(生徒会室)にはあった。

 今日何度目かも分らぬ溜息を吐き、朝と同じ様にパイプ椅子を引っ張り出して書類をまとめようとした時、ある変化に気付いた。



「あれ、付箋がしてある……」



 朝私が持っていた時にはなかった付箋紙。

 そこには赤ペンで「OK!」とという文字と変なニコニコ顔の絵が描かれていた。

 会長がこの書類に目を通してくれたのだろう。


 ――会長流石ですうぅぅぅ! でも絵心ないんですね。


 目的が達成されたことによる喜びと、会長の意外な一面を見れた驚きから先程とは打って変わって足取りは軽く、スキップ混じりで職員室まで向かう。

 生徒会顧問の先生に完成した書類を提出してしまえば、これで私はお役御免、晴れて自由の身というわけだ。



「はい、確かに。ご苦労様でした」



 顧問に書類を手渡し、二言三言ほど会話して職員室を出る。


 ――あぁ、なぜだろうか。空気が軽い。


 清々しい気分に酔った私は最後に大きく伸びをして、仕事の終わりを体で宣言する。

 ここ数日はあの書類以外にも文化祭と体育祭の打ち合わせや書類作りなど目まぐるしい日々を送っていた。今日くらいは羽を伸ばしても罰は当たらないもんだと思う。



「あっ! そういえば今日は卵とお肉の特売日だった、こうしちゃいられないっ」



 しかし、そんな悠長な事を言っている暇はは私の環境上存在しないようだった。

 月に一度の大特価セール。店内どの商品も最低半額というまさに主婦のための特大イベント。

 これは今夜の食事内容を左右する重大イベントだ。このミッションが遂行出来なければ夕食はさぞ貧相な絵面になることは間違いないだろう。


 気合いを入れて向かうのは近所にある戦場(スーパー)

 扉からは溢れ出んばかりの殺気。少しばかり遅かったようだ。既に事は始まっている。

 ならばと私は覚悟を決めて決戦の場への歩を進める。狙うは豚肉とお野菜。惣菜も捨てがたいが、貯蓄も考えると後で手を加えられるものの方が利便性に長けている。


 闘志を燃やし、扉を潜った瞬間、私は走り出していた。

 この店には入口と出口でそれぞれ専用の扉がある。入口の扉は店の西側にあり、精肉コーナーは店の東側……つまり反対方向にある。

 惣菜コーナーは西側にあるのだがそこに人気はない。既に貪られたか、それとも敵も同じことを考えていたか。

 まずいと心が焦る反面、口元は笑みの形を作っていた。この状況を楽しんでいるのだろうか。

 精肉コーナー少し手前の位置を走る私の眼前では既に死闘が繰り広げられている。自分の感情について考える余裕など今は無い。それを投げ捨て、目の前の戦へと集中する。

 争乱の中、潜るように進む私を出迎えたのは飛び交う剣撃、放たれる殺気、足元を巣喰う罠。手持ちの鞄でそれ等全てをいなし、潜り抜け、払い、私は私の理想郷へと前進する。時間に余裕などなく、足を止めれば集中業火。ならばと避ける動作は最小限に納める。進めや乙女。川の如く滑らかに、風の如く速やかに。

 しかし、右へ左へ身体を揺らし最短の時間と距離で目標へと接近した私に最大の壁が立ちはだかる。

 目を血走らせ、鼻息荒く佇むその女性の側には敗れていった者たちが横たわっていた。

 左手には買い物袋、右手にぶら下がったカゴには既にいくつかの戦利品が並べられている。


 ――この人はヤバイ


 そう思うやいなや、右から風がきた。

 それを屈むことで避け、前進する。

 風の正体は買い物袋。女性はそれを手首の返しで軌道修正し、前進する私へと縦に振り下ろす。咄嗟に鞄で身を守るが、想像以上に重い一撃に足が止まる。次に来たのは左、カゴが私の横っ腹を打撃する。



「……ッ!」



 直撃寸前に横へと跳躍したおかげで大きなダメージはないが、肋骨が軋むような音をたて、私の動きを鈍化させる。

 それを好機と見たか、「にやり」なんて効果音が似合う不気味な笑顔を女性が浮かべ、次へのモーションに入る。

 来たのは右から横薙ぎに打ち出された斬撃だった。首当たりの高さを断ち切るように繰り出されたそれを、先程と同様に屈んで避る。

 続く攻撃が繰り出される前に、私は動く。

 スライディングのように足を伸ばし、女性の足目掛けて蹴りを放つ。姿勢が不十分なため威力は無いが、別にこの蹴りは当たる必要などない。相手が私から距離を取ること。そうなれば、下がったことで私に身構える時間と余裕が出来るし、相手は相手で攻めの流れを失うことになる。

 チャンスだと私は思った。

 しかし、鈍い音と革靴が私に伝える固い感触が術策の失敗を告げていた。

 女性の足元、ロングスカートにサンダルといういかにもな格好の横には先程まで握られていたカゴがある。こちらの狙いが読まれていたのだろう。カゴを盾として使ってきた。

 舌打ちしたい気持ちを抑え、今は回避に全力を注ぐ。

 既に相手は右の射出準備を終えている。相手の体勢を崩すはずがその結果、私の隙と次斬撃までの準備時間を相手に与えることになるとは、なんたる失態。

 床よ砕けよと言わんばかりの勢いで己の掌を叩きつけ、その衝撃で一瞬浮き上がった私は足を体の下へと引き戻し、とにかく後ろへと跳躍した。直後、鼻先を掠るように右の斬撃が放たれ、髪の数本を持って行かれる。


 ――あっぶな。


 あと少し回避が遅くなっていたならば、私の身体は断ち切られていただろう。

 冷や汗と共に唾を飲み込み、


 ――とにかく、手を出そう。


 突撃する。

 縦に来た袋を半身になって回避し、その体勢から正面へと戻る反動を利用して横殴りに鞄を打ち付ける。しかし、やはりそれは籠によって防がれ、袋と籠が横薙ぎに私を挟み込むようにして来る。

 私は身を相手側へと倒し、懐に潜るように進む。だが、袋は回避できたが籠の一撃が私の右肩を穿つ。



「……ぐッ!」



 籠と私の距離がほぼ零だったせいか、ダメージはそう大きくはなかった。

 殴られた衝撃で私の身体は女性から数歩離れた所まで飛ばされ、着地する。


 ――まったく、攻防ともよく出来てる。


 一見、力に物を言わせたようなタイプに思えるが、その中身は堅実家だ。

 左の買い物袋の三百六十五度、変幻自在な動きで中から遠距離間を制圧し、獲物を追い立て回して、弱らせる。

 変則的な動きに為す術のない者達は中・遠距離レンジ者が不得手とする近距離戦を選び、突貫する。しかし、それこそ彼女が作り出した罠であり、彼女自身を常勝へと導く。意図的に隙を作ることで相手を射程圏内へと誘導し、攻防共に備わった必殺の一撃をお見舞いする。



「だったら……っ!」



 私は鞄へと手を入れ、筆箱に入っていたシャープペンシル三本を女性へと投擲した。しかし、女性はそれを買い物袋で薙ぎ払い、勝ったと言わんばかりの表情で私を嘲笑う。

 私は拳を強く握り締め、唇を固く結んだあと、



「……ふっ。この勝負、私の勝ちよ!」



 勝利宣言と共に前進した。

 女性は一瞬驚いたような素振りを見せたが、すぐさま私を迎撃するために左の買い物袋を横薙ぎに振るった。

 瞬間、大きな破裂音と共に女性の買い物袋が無惨にも散り、中に納まっていたものを無様にもぶちまけていく。

 一瞬の隙。そんな美味しい所を私が見逃すはずもなく。



「おりゃあぁぁぁッ!」



 鞄を下から上へとスイングし、女性の顎を振り抜いた。

 脳震盪を起こした女性は足をガクガクと震わせた後、ガクリと膝を付き、そのまま前のめりに床へのダイブを敢行。起き上がることはなかった。



「自分の得物をしっかりと手入れしていなかったことが貴女の敗因よ、マダム」



 一度言ってみたかった決めゼリフを格好良く決め、女性の足元に転がる投擲物を回収。

 今回はこれが無ければ床に横たわっていたのは私だっただろう。

 女性はあの買い物袋で何人もの人間を沈めてきたのだろう。その分負担もかかっていたため、買い物袋は既にボロボロだった。だから私はシャープペンシルを投擲することでキッカケを作ったのだ。買い物袋が自壊するキッカケを。

 正直言うと本当に破れるとは思っていなかったが、結果オーライだろう。もうこうなっては策もへったくれもない。ものだと思うけど。


 安堵の息を吐くと同時に、私は勝利を手にした。

 手に取るのは豚肉五百グラムのパックを三つ。颯爽と戦線離脱しホクホク笑顔。

 会計を急いで済ませ、何を作ろうか悩みながらスキップ混じりで帰路へとついた。







 ◆







 冷蔵庫を覗いた私は今日のメニューを思い浮かべながら食材を取り出し、まな板の上へと並べる。



「ピーマンに挽肉、あとはキャベツと……豚肉ね」



 包丁を軽く水で濯ぎ、フライパンに油を引いて温める。

 まずはピーマンを真っ二つに切り、中身を綺麗に取り出す。挽肉はボウルにある程度の量をあけておき、塩を一摘み入れよく練ったものを水に浸したパン粉と卵と一緒に再度練り込む。練ったものはピーマンの中に詰め、フライパンでよく炒めた後に皿へと並べる。

 キャベツはみじん切りにして添えればいい。これで私のおかずは完成だ。

 あとは炊きたての御飯をよそって並べれば立派な私の晩御飯である。



「よっしゃ、いっちょ上がり」



 こういう一手間が私の健康を支えていると考えると面倒な料理でもちょっとしたやる気がでる。ようは楽しめばいいのだろう。美味しいものが出来上がったときは幸せなのだから。



「頂きまーす」



 合唱。

 出来上がった肉詰めピーマンに舌鼓を打ちながらテレビのリモコンのスイッチを入れる。アニメやらバラエティやらいくつかの番組をザッピングし、ある番組で私の手は止まった。



『――本日で七件目となったこの事件。行方不明者の数はこれで二十二人となりました。未だに被害者全員の足取りは掴めていません。警察では誘拐事件として捜査を進めていますが、難航しているようです』



 ”神隠し事件”。事の始まりは三か月ほど前に遡る。とある一家四人が一夜の内に消息不明となったのだ。外部から侵入した者の犯行かと思われたが、争った跡や侵入者の形跡は一切無く、一時は一家心中かとも言われていた。しかし、遺書の類が無く、車は車庫に鎮座していたことから一家心中の線が消え、捜査も難航していた。その事件を皮切りに行方不明者が続出。一家心中が一転、謎の神隠し事件と相成ったわけだ。



「証拠も残らないんじゃ、流石の警察でもお手上げでしょうねぇ」



 七件目の人たちはどうなのか分からないが、以前に消えた六件の被害者たちに繋がりは全く無いそうだ。趣味や家柄、出身地や母校など至る点とも照合されたが、共通している事など皆無だった。

 無差別に狙われているのか、それとも世間から消えなくてはならない理由でもあったのか。

 警察は夕方以降は外を出歩かないように一般市民に忠告している。そのせいもあってか最近学校のほうでも短縮授業扱いで早めの帰宅が求められている。それと同時に部活動にも活動時間に規制がかかった。当初は、どうにかならないかと生徒から抗議されていたのだが、如何せん命に関わることだ。そこは生徒側に折れてもらう他道はなかった。



「あーあ……」



 椅子の背もたれに上半身を預け、天井を見上げる。

 今のところ、ウチの学校関係者でこの事件の被害にあったという話は聞いていない。だからだろうか、こんなにも安穏としていられるのは。



「完全無差別だって言うのなら、次は私かもしれないのにね」



 静かに苦笑するも、相手は天井なので返事が返ってくるわけもない。



「さて、片づけて明日の準備だな」



 でも、と。内心私は思っていた。次の被害者が私であれば、どれだけ幸せなのだろう、と。

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