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夢見た空に魔女はいるのか  作者: ヌメリ
ようこそ新世界へ
3/6

第二話 『昼休み、穏やかでないメシ』

 


 ◆



 眠気に打ち勝った私がいたのは時計の針が二本とも頂点を差そうかという時だった。

 覚えのないノートの走り書きは古代人の遺跡などにある壁画のものとそっくりで、寝ている間に古代人に身体を乗っ取られていたんだと覚醒三分前までは本気で考えていた。



「今日の授業はここまで。さっき出した課題は来週のこの時間に回収するから、ちゃんとやっておくように」



 先生の話が終わると同時、昼休み突入の鐘が皆の鼓動を大きく跳ねさせる。



「じゃあ、学級委員長。号令」

「はい、起立」



 委員長の号令と同じくして、中腰で片足を少し前に出し、今にも走り出しそうな体勢を作るクラスメイトたち。

 既に廊下ではバタバタと走り抜ける音がいくつも聞こえている。



「礼」



 先程余地もより深く腰を落とし、凄い奴はクラウチングスタートの体勢で今にも走り出しそうな勢いで待機している。

 このクラスの人間は自分のためならなんでもやる馬鹿野郎ばかりだ。



「着――」



 席と委員長が完全に言い終わる前にはクラスの馬鹿野郎共の実に七割近くが教室の外へと疾走を開始していた。


 こんな馬鹿げたことが起きているのには理由がある。

 一体いつからこんな事になったのかは知らないが、我が校には食堂と言う名の拷問部屋が存在している。

 もうマズイってレベルではない。どう調理したらこんなにもマズイ飯が作れるのか問いただしたいほどマズイ。

 よって新入生やお腹を空かせた金欠貧乏学生でもない限り、食堂を使用する者などいない。各自弁当を持ち寄って教室で思い思いの昼食時間を過ごしている。


 では、弁当がない人間はどのようにしてお昼を過ごしているのか。

 食べないなんて選択肢は無し。さっきも言ったが、育ち盛りの高校生たちは常にエネルギーを必要としている。力の源を絶つなどという自らを貶める愚行など以ての外だ。

 コンビニエンスストアなんて便利なものはココから十五分以上歩いたところにある。往復で三十分かかるところなど誰が行くものか。

 ならば、答えは一つだろう。


 教室の窓の下で群がる学生たち。

 己が欲望を満たさんと他人を蹴落とし、陥れ、自らをより優位な立場に持っていく血みどろの戦場。群生の先端には小さなテント。テントには「出張 タナカパン屋」と大きく書かれている。


 まぁ、つまるところコレは学園物の小説やアニメなどではよくあるお昼のパン争奪戦なのだ。

 皆、自分の好きなパンを巡って争っている。特にココの惣菜パンは一押しで、味ヨシ量ヨシ値段ヨシ、の三拍子が揃うという奇跡を体現してしまっている。種類が多い分、数が少ないのが難点。早い段階に行かないと手に入れるのが困難な希少種となっている。

 この戦争に参加しなくては後に待つのは耐え難い空腹か、学食という名の毒か。

 ならば、この争奪戦の輪の中に入るのも必然。立ちはだかる猛者共を打ち倒し、パンという名の財宝を手に入れるために彼らはココを駆けねばならない。

 この泥沼化した惨状を見て戦意喪失する者はこの学校には少ない。我先にと先人たちの上を土足で通っていく肝の座った変人共ばかりだ。



「……はぁ、上から見たらこんなにもアホらしいやりとはねぇ」



 それを私は教室の窓から見下ろしていた。

 いつもならば先陣切ってあの巣窟に突っ込むところだが、今日のコンディションは万全とは程遠いものなので泣く泣くパンを諦めることにした。

 空腹で過ごすよりかは幾分マシだろうと割り切って、私は地獄への扉を開ける決意を固める。

 友の必死の抑止を振り切り、いざ死地へと赴かん。

 相対するのは最凶の敵。この壁を越えねば私に”今日”はない。



 食堂は私たちの教室がある建屋とは別館になる。

 一旦外に出て、グラウンドを横切ると美術部や茶道部などが使用している別棟の建物が見えてくる。そこの一階に食堂は居を構えていた。


 食堂の入り口では争奪戦の敗者たちが食券の自動販売機に列を作っていた。

 涕泣する者。地団太を踏む者。頭を抱え絶望する者。その様子は三者三様だが、誰一人として笑っていないという共通点があった。

 皆、下を向き、死んだ魚のような濁った瞳で自分の番が来るのを待っている。その有様は断頭台に向かう死刑囚さながらだ。

 

 ここだけ見てたら世界の終末を思わせるなぁ、なんて感想は私の心の中に留めて置く。

 券売機には二種類の食べ物しかない。AセットかBセットか。普通ならば入り口に献立表のような物があるのだろうが、ここの食堂にそんな物は存在しない。

 何を作るかはその日の料理人の気分次第。当たりの日があればハズレの日もある――大概大ハズレなのだが。

 この二者択一で今日の午後の全てが決定してしまうのだ。出来れば慎重に選びたいところだ。しかし、昼休みは刻一刻と終わりへと向かっている。悠長に考える時間などない。

 ならば――



「南無三ッ!!」



 お金を投入して同時にボタンを押す。全てを天に任せた私のとっておき。どう転んでも、しょうがないと言い訳できるように逃げ道を作っておく。これならば精神的ダメージはある程度は軽減されるだろう。

 出てきた券に目をやればそこにはBの文字。これは地獄への扉かはたまた天国への階段か。どちらにせよあの世が間近に迫っていることに変わりはないのだろう。


 命を握る食券を料理人に出し、待つこと三分。

 完成したモノをテーブルに並べて私は呟く。



「みんな、今日までありがとう。私――旅立ちます」



 そのまま私はパクリと一口逝った。







 ◆







「知らない天井だ」



 そんなお約束を呟いた私はベッドから体を起こし、辺りを見渡した。

 周りは白のカーテンに囲まれ隔離状態。ほのかに匂うのはアルコールか。

 学校でアルコールとベッドと言えば保健室しかない。

 はて? 私はいつの間に保健室に厄介になっていたのだろうか。

 現状把握に努めるが、なかなか出てこない。

 なんだかお昼頃からの記憶がすっぽり抜け落ちているが、何かあったのだろうか。


 うーん、と人差し指を額に当て、悩んでいると微かな足音とともにカーテンが独りでに開いた。



「やぁ、気分はどうだい?」



 優しげな口調で話しかけてきたのは白衣の似合う保健室の教師、原田。

 保健室なんて滅多に使用しないから顔を合わせる機会などないに等しい。

 しかし、この教師はとある理由からちょっとした学校の有名人となっていた。私が彼の名前を覚えていたのもそのせいだ。


 それはさておき。

 なんで私は保健室になんているのかなぁと思案していると、先生が手に持っていた水の入ったコップと錠剤を私に渡してきた。



「まだ顔色が悪いから無理しちゃいけないよ。それは胃薬だから飲んでおくといい」



 言われてみれば心なしか胃の辺りがモヤモヤする。

 気が利く先生だなぁ、と適当な当たり障りのない感想を思い浮かべると、視界の隅に何かが映った。そちらへと首を向けると真っ青な顔色をして唸っている学生が七、八人ほど私の様にベッドで横になっていた。なんとなくだが、見覚えのあるようなないような、そんな顔ぶれだった。



「あ……」



 だんだんと蘇ってきた記憶。

 どうやら、今日の食堂もなかなかに過激な料理を私たちに提供してくれたようだ。

 この連中も食堂の飯を食って生地獄を見せられた敗戦者たちだろう。



「あ、ありがとうございます」



 受け取った薬を飲み込んだ私は水をもう一杯要求した後、気分が良くないと言って横になった。

 目を瞑り、このまま保健室で午後の授業をエスケープするのもいいかな、なんて事を考えた矢先、電話のコール音が響く。

 それは保健室の壁に縫い付けられた職員用の校内電話からだ。

 原田がそれを取り、相手の声を聴いた後、苦笑を浮かべて口を開く。



「――ええ、若干名まだ目を覚ましていませんが全員無事。命に別状はないです。病院沙汰にもならなさそうですね。いやー、久しぶりに冷や汗をかきましたよ。どうやら今日はBセットを食べた生徒が運ばれたみたいですね。Aセットを食べた生徒はなんだか眼が凄く充血してましたが、大事無いということで帰しました。いやはや、これで僕の評価も安定でしょうね。まったく、人死にが出なくてよかったよかった」



 明るい口調でとんでも発言する教師は



「いい加減あの食堂は潰してしまってもよいのではないですか? 今はまだ大事にはなっていませんが、何かあってからでは遅いんですよ。というより、今まで大事にならなかったのが不思議なくらいです。そうなった場合の責任は僕が取らないといけないんですから」



 と、続けざまに生徒達を諭す立場とは思えない自己保身的思考のいい加減教師が笑った。

 これが彼がこの学校で有名となった原因だ。

 腹黒。その一言に尽きる。


 まずい現場に居合わせた、と私は後悔するしかない。

 電話は入り口近くの壁。私は最奥のベッド。そしてここは二階と来たもんだ。逃げ道を封鎖された私は大人しく寝ているフリして聞かなかった事にするしかない。


 内心ドキドキな私とは裏腹に、電話での談笑は続く。



「――え、午後の授業ですか? それは致し方ないかと。気分が悪いと主張する生徒たちを叩き出すのも忍びないので……」



 しかし、と保健室教師は加え



「放課後に課題でも補習でも何でもすればよいのでは? もしくはその両方。終わり次第、口頭審問などでちゃんと出来てるか確認を取るというのは――」

「はっ! 急に気分が良くなったぞ!!」

「そう言えば次の授業は俺の大好きな科目だったな!」

「あぁ! 持病の授業受けたい症候群がっ」



 どうやら午後の授業をエスケープしようと企んでいたのは私だけではなかったようだ。

 電話での会話を聞いていた怠け者たちはベッドから即座に立ち上がると脱兎の如く保健室から各々の教室へと向かって行った。



「はい、結構結構。それで、君はどうして残っているのかな?」



 電話での会話を終えた原田がカーテンを開け、問いを投げかける。


 ――逃げ遅れたぁ!


 死して屍を拾う者無し。

 他人に情け容赦など駆けぬ我が校の生徒たちは、時に団結こそすれその性格は基本淡泊だ。

 自分の身は自分自身で守る、というのが生徒間での暗黙のルールである。

 他にこの部屋にいるのは未だ目を覚まさぬ犠牲者のみ。

 ――ならば、この場は私個人の力で切り抜けねばならないッ。



「まだ気分が悪くて……、しばらく横になっててもいいですか?」



 既に向こうから言葉が来ているため、考える時間はない。

 即座の返答が求められた場。ならば、このまま体調不全の生徒を演じる他に退路は無いと判断した。


 嘘を吐くなと言われると私は思っていた。もしくは、本当に気分が悪いのか再度確認してくるかのどちらかだと。

 どちらが来ても対応できるように逃げ道を考える。

 だが、それは徒労に終わった。私の想像の斜め上を行くような緊急事態がそこで勃発したからだ。



「……そうですか」



 続けざまに何か言うかと思いきや、原田は左手で私の頬に優しく触れ、ベッドの上にのし上がってきたのだ。

 私の上に覆いかぶさるような形で原田は静止する。

 互いの鼻頭が触れそうなほどの距離。

 咄嗟の出来事にフリーズしてしまった私の額に原田は自らの額を当て、目を閉じた。

 原田の吐息が私に伝わる。熱を持ったようなそれは私の心を陶酔させ、甘く、切なく、恍惚とさせる。


 しばしの静寂。原田は一向に動こうとしない。

 顔が熱い。きっと私の顔は茹蛸の様に真っ赤になっているに違いない。

 こんなことされるのは初めてだった。なまじ原田の顔がかなり整っているせいもあって、余計にドキドキさせられる。お陰様で私のボルテージは留まることを知らない。

 第三者がこの現場を見たら間違いなく誤解するような光景だろう。恋人同士の逢瀬というわけではないが、恥ずかしいものはある。

 これこそ彼の言う『彼の評価』に大きく響く行為なのではないだろうか。



「わかりました。先生には私から言っておきますから、ゆっくり休んでくださいね」

「………………」



 静かに目を開いた原田は微笑を浮かべ、少し残念そうに子犬ちっくな愛らしい表情でそっと私から離れた。

 さっきとは違った意味でドキドキしたが、まぁ変な展開にならなくてよかったと心から安堵する。……ちょっと残念な気がしないでもないが。



 さて、正直こんなにも軽く了承が得られるとは思ってもみなかった。

 でもせっかくの機会だ。これは僥倖とばかりに私は目を瞑った。

 午前中の授業は全て睡眠学習に使用したというのにまだ眠い。

 疲れてるのかなー、なんて思う前に私の意識は落ちて行った。



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