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雪に日和

「少し、言い方が悪かったから訂正しておくけど、幽閉されてるのは十重さんだけだから……責任とって、自分から刑に服してるの」

 茶碗をひっくり返して、汚れてしまった畳の上を片付けながら、ぽつりと言われた。

「それなら、古竹さんは」

「一応、あたしも含めて謹慎中よ。もちろん貴方もね」

 その言葉に、安心して良いのかわからなかったが、気が抜けたように溜息が零れた。

「カスガリ……」

「え?」

 消え入りそうな声で呟かれたものが聞き取れなくて、問い返した。

幽借(かすがり)だろうって、古竹さんが教えてくれたわ」

 改めて言われた言葉に、いつかに見た資料を思い返す。草刈殿が床に指先で書き記した事で記憶の資料を捲りなおして、あぁ、と頷いた。

「幻夢の幽借――相手の記憶を利用するという」

「そう。一番心地の良い夢を見せて、悪夢に突き落としてくれたわ」

 言いながら草刈殿は自分の両腕を抱えて、憎々しげにその両手に力を入れていた。

「あんたが、無事だったからあたし達は全員、生きてる」

「ですが……」

「そうよ。あんたが迂闊に動かなければ――全員が、仲間と知らずに殺しあってた。だから、それ以上は言わないで」

 きゅっと唇を結び、震える体を更に掴んで、暫くしてからまた、此方に目を向けていた。

「助けてくれて、有難う……」

 睨むようにきつい視線で言われたが、直ぐに逸れてしまった。

「頭領代理が来たのは、あんたが倒れてから直ぐよ」

 言いながら、不意に草刈殿の瞳から涙が零れ落ちて、戸惑った。

「ごめんなさい」

「え、っと、どうなさいましたか」

 詫びる言葉が堰を切らせたのか、とめどなく落ちる涙を両手で拭うので、行李の上に置いてあった手拭を渡した。

「ほんと、むかつく……」

 ひとしきり泣いた後、しゃくりあげながらの第一声がそれだった。

 嫌われている自覚はあるが、今それを言われると流石に、胸が痛い。前にも言ったかもしれないが……

「あんた、覚えてる?」

「何をですか?」

「あたしを、助けてくれた時の事……」

 しゃくりあげつつ、また眉を吊り上げて睨まれる。

 浮かんだものはあったが、敢えて首を横に振った。

「術の一つも使えないとか思ってたのに、あんなの、ずるい……」

 やはり、アレか。

 だが、狡いと言われても、正直オレ自身も良く分かっていない。

「雷とか、見た事も、無いわよ」

 ひっくと肩を震わせ、まだ睨まれている。

「すみません。覚えて、ません」

 自分が意識をして使ったものではない。

 ただ、あの時浮かんだだけの言葉。

「嘘、吐いてないわよね」

「咒に関しては、御三家の座学で触れた程度でしか知りません。だから、嘘ではありません」

「それなら、もう良い。絶対、負けないから」

 小さく体を丸めて、手拭で涙を押さえながら潤む瞳で睨まれると、普段感じている威嚇めいた気配もなりを潜めて、どちらかと言えば可愛く見えてしまった。

「今度は、何も出来ないなんて……しないから」

 ぽつりと零して言えば、あの時、彼女は死の際にあったオレに対して、何も出来なかったと詫びた。

 誰かを呼ぶにしても、手当をするにしても、何も出来なかったという。

「だって、頭領代理の到着が遅かったら、あんた、絶対死んでたもん」

「……そうですか」

 妙な自信を持って言われてしまい、何と返せばいいのか。

 だが、こうして生きているから良いのだろうが。

「会いに行くなら、あたしも一緒に行きたい。けど、今日はまだ休んでなさいよ」

「分かりました。明日、二人で伺いましょう」

 そう決めて改めて座れば、冷めてしまった薬膳粥をよそって渡してきた。


 翌朝、いつもの時間に久弥が訪れ、何やら神妙な面持ちとニヤニヤした笑みを繰り返すようにしながら手当てを手伝う。

「久弥……言っては何だが、気味が悪いぞ」

「ええっ! や、だってさぁ」

 取り繕うように言うが、一瞬、怒った表情をみせて、また妙な笑みを浮かべている。

「昨日、草刈さんは直ぐに帰っちゃった?」

 少し話しはしていたと、答えればやはりどんな話だったのか内容を聞きたがってきたが、言える訳が無いと重ねれば、何時もの久弥にしては、やけにあっさりと引き下がった。

「草刈さん、冬臥先生が目を覚ますまで、ずっとこっちに居たんだよ」

「そうだったのか?」

「うん。おれが様子見に来た時、ずっと居てくれてたし。あ……」

 それはまぁ、随分と迷惑を掛けてしまったなと思えば、不自然に久弥の声が途切れた。

「どうした?」

「あー、何でもないよ」

「良いから言え。下手な隠し事をする度に、稽古の手を抜くぞ」

「それはヤダ!」

「なら言ってみろ」

 包帯を巻きながら数瞬、唸った久弥だったが、恐る恐ると言う具合に、後ろに隠れるように移動した。

「家の前で、知らない男の人と一緒だった」

 躊躇い言われた言葉に、オレが知っていて久弥が知らない“男の人”の枠に入りそうな人物を思い浮かべる。

 数人浮かんだ結果はあったが、時期を考えれば古竹さんあたりか。

「そうか。まあ、別に草刈殿のことだし、そう心配する事もあるまい」

「えー……心配、じゃないの?」

「下手な男より強いぞ」

 くくっと、思わず笑えば、背後に異様な空気を感じて背筋が震えた。

「へぇ、そう言う事までお弟子さんに言うんだ」

「あ、いや……」

「おれ、しーらないっと!」

 久弥は吹けもしない口笛を吹く真似をして、包帯の締めを手早く終えて、オレから離れた。

「まあ、そういう自覚はあるから良いけれど! でも、変な誤解生むような事は言わないでよね」

 ドンッと苛立ちを畳にぶつける様に上がり、座った。

「久弥くんも、余計なこと言わないでよね」

「はぁい。でも、ずっと居てくれたのは本当だから良いよね?」

「そうだけれど……ほら、こいつが死んじゃったりしたら、色々大変だから」

「へへっ、草刈さん可愛いね。冬臥先生もそう思ってるだろ?」

「ん。ああ、そうだな」

 何故オレに振ったのか分からないが、否定するものは一切無いし、同意しておく。

「あんたも意外と適当なこと言わね」

「それは些か心外ですね」

 呆れたという草刈殿に、一応そう返しておく。

 彼女の母、結殿の一件もあり、初めは特に互いの心象が良くなかったのは間違いないが、十重殿や古竹さんに対して見せる素の顔は可愛いと思う。

 まぁ、それを上回る勢いで敵愾心を向けられていたわけだが。

「久弥。済まんが、オレ達は出掛けて来る。道場に顔出しできるか分からんと伝えておいてくれ」

「え! もう動いて大丈夫なの?」

「それも確かめたいしな。草刈殿もいるし、大丈夫だろ」

「そっか、皆に伝えておく。あ! でも、みんな本気で心配してたんだから、無茶しないでくださいよね!」

「悪かった。折を見て道場には必ず顔を見せにいく」

「約束だよ、冬臥さん!」

 真剣な表情で指切りをさせられた。

「じゃあ、行ってきます。草刈さん、頑張ってね」

「えっ? あ、気をつけてね」

 何を含めたかは分からんが、草刈殿の背中を軽く叩いて久弥が去り、何の激励を受けたのか首を傾げた草刈殿も、その小さな背中に手を振っていた。

「って、違う!」

 大分経ってからのその叫び声に、思わず驚いて振り返った。

「何か、ありましたか?」

「何でもないわよッ」

 オレの声に驚かれ、ぱくぱくと口を動かしたのが見えたが、最後にはそう切り捨てられ、改めて草刈殿が持参した荷物を差し出された。

「これ、古竹さんからあんたに渡してって」

 風呂敷が解かれれば、藍染の着物があった。

「お古で悪いけどって言ってたわ。ちょっと立てる?」

 促されて、壁に手を付きながら立ち上がる。

「後ろ向いて。あ、やっぱいい。そのままで良いや」

 そう言って背後に回って、持って来て頂いた着物が肩に掛けられる。

「ちょっと長いわね」

 そう良いながら、正面に回り襟元と裾の長さを手際よく見る。

「慣れていらっしゃいますね」

 躊躇う事もなく持っていた針で、丈を合わせて仮止めしていく。

「あぁ。針子やってるからね。十重さんでも沢山練習させてもらってたし」

「なるほど」

「割と嫌いじゃないのよ、元々。縫い物とか集中してるとあっという間に時間過ぎちゃうけど」

 ふっと顔を上げられ、思った以上の近い距離に、顔ごと視線を逸らしてしまった。

 聞く話じゃ、小柄だけどキリッとした瞳が子ども子供してなくて――

 先日の和一殿の言葉が頭を過ぎり、狡いと言いながら潤ませた瞳で見上げてきた一瞬が重なった。

 って、そういう事を考えてるわけじゃなくてッ。

「なによ?」

 当然ともいえるが、思いっきり不審な印象を与えたらしく、いつものように眉根を寄せて睨まれた。

「あ、いえ……女性の方と接する機会が少ないもので……」

「……なにそれ。あたしが女じゃないとでも?」

「そうではなく、その……」

 余計な事を言うんじゃなかったと思っても、もう遅かった。

 口元を隠して誤魔化そうとするよりも、自分の掌が熱く感じた。

「はっきり言いなさいよ。あんたらしくもない」

「緊張したやら、気恥ずかしいやら、で」

 これこそ何を言ってるんだろうか……

 自分自身で凄く、愚かしい事を言った自覚はある。有るからこそ、今の流れのすべてを撤回したい。

 盗み見れば、ぽかんとした表情を浮かべていたが、ぷっと吹き出し、あっという間に声を上げて笑われた。

「針子は殆ど女ばっかりよ。そんなのに一々緊張してたら、あんた、身が持たないわね」

「そう、ですよね」

 思い切り笑われて、逆に力が抜けた。

「笑いすぎじゃないですか」

 何時まで経っても笑い収まらなかったので言えば、腹を抱えて浮かんだ涙を拭う仕草をしていた。

「あー、可笑しい。でも、ちょっと緊張解けたわ」

 そう言ってふぅっと、大きく息を吐いた。

「とりあえず、これ直してから行くにしても時間、掛かっちゃうわね」

「訪問着は別にありますから、平気ですよ」

 輝政殿にお会いしに行く時に着ていたものだ。極力汚さないように気をつけて壁に掛けてある。約束を取り付けているわけでもないのだから、急いで行かなければ屋敷を出ている事だってある。

 傷の痛みで着替えに少し時間がかかり、結局は単衣に羽織を掛けるだけにした。

「お手数掛けてしまいました」

「いいわよ。十重さんで慣れてるし……」

 着替え自体は一人でも出来たが、整えの仔細だけは草刈殿に手伝ってもらってしまった。

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