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カンケイノテ

 夜。その日の勤めの有様としては、やはりいつも通りとは言えなかった。

「なにやら、鬼気迫るという具合ですね」

「だからと言って、ワシらが口を差し挟むも違うだろう」

「怪我でもしたら笑ってあげるわよ」

 など言われてしまっていた。

 いつもなら、それも受け流せるのに……

「もう少し先を見てまいります」

「坊ちゃん!」

「冬臥さん、気をつけて下さい」

 十重殿と古竹さんの声に、大丈夫だと返していたが、尾を引く苛立ちと慣れ。それが、考える事を蔑ろにさせていた。

 それが呼び水になってしまった。

 町の南側。それが今回の見廻り場所。時期も相まって虫の音が伸びやかに響いているが、飛ぶ虫も多い。

 田圃道が続き、その先に野原が広がる。普段なら見通しも良いが、細い月の今は、足元もろくに見えない。

 それでも、夜目が利くから進むことが出来た。町の結界からは、とうに出ていたが、妖や荒神でも経験を積み、多少なら対応できる自信と言う名の慢心。


 ひとつ、ふたつ

 うたいましょ


 みっつ、よっつ

 遊びましょ


「数え歌、か?」

 慢心と思考の放棄。

 だから、聞こえたものに疑問は浮かんだが、警戒を怠った。

 小さな女の子の声。舌っ足らずに楽しそうに歌う声。


 わたしにひとつ

 あなたとふたつ

 てをあわせ


 思い浮かんだのは灯里だ。

 まだ屋敷に居て、灯里に付いていた侍女に教えてもらったと、嬉しそうに声を上げて、自慢げに歌っていた時の事を思い出していた。


 あなたとわたし

 てをつなぎ


 懐かしいと過ぎった時、くいっと手を引かれた。

 ふくらとした小さな指の感触が、オレの指先をきゅっと掴んでいた。

 しっかりと握ってくる小さな手が、もう一度、呼ぶように引かれた。

『ね、上手に歌えてた?』

 不思議とも思わなかった。

 白地に雪模様をあしらった着物に身を包み、少し恥ずかしそうに見上げて、尋ねてきた灯里の姿。

 屋敷にいた時と変わらない、何時もそこに在ったもの。

「そうだな」

『ほんと? よかった』

 ぱっと花を咲かせるように笑い、思い切り手を引かれて走り出した。

『あのね、向こうに友達いるの!』

「灯里、そう急がなくても」

『だって急がないと、迷子になっちゃうんだもん』

「迷子に?」

『そう! すぐどこか行っちゃうの。だから、急ぐの!』

 それが当然と言うように、灯里の走る速度が上がる。

 出鱈目に走っているようで、真っ直ぐに、目的地に向かっているのか。

 踝にも満たなかった草が、いつの間にか自分の背丈ほどのものに変わり、手を引く灯里の姿は、直ぐに草むらに埋もれて隠れてしまいそうだった。

「どこまで行かれるのですか」

 駆ける勢いに、驚いた蝶や蛍が慌ててどこかへ飛んでいく。

『もうちょっとだよ!』

 走りながら、ちらっと此方を向いて嬉しそうに叫ぶ。

『あなたとわたし てをつなぐ あのこもいっしょに遊びましょ』

 走りながら息一つ乱さずに、歌の続きを歌う。

『ぐるぐる ぐるぐる 遊びましょ』

 嬉しそうに楽しそうに、笑いながら歌う。

『ついたー! ついたよー』

 突然、視界が晴れたように、広い川辺が現れた。

 川辺に浮かぶ月を前に、こちらに背を向けて立っていた人が居た。

 後ろを向いているから齢は分からないが、雰囲気からしてそう離れているようには思えなかった。

「ご苦労様」

 優しく労う声に、灯里の手が離れて、その人物の足に飛びついた。

 今の灯里と同じような白い、いや、少しばかり緑がかった単衣の裾に朱染めの蔦の絵。黒髪の襟足が少し長く、男か女か少し迷うところだが……

「やま、と――」

 けれど、振り返るより先に、問い掛けたのはオレだった。

 雰囲気が、長年見ていたその背中が同じで、確かめるように問い掛けていた。

「大和? それは君の知り合いかな?」

 足元に縋る灯里の髪を優しく撫でながら、振り返った姿はまさしく大和そのもの。

 けれど、大きな瞳は暗紅色ではなく忌み色で、黒髪と思っていたが、前髪の所々にくすんだ灰色が幾束か交じり合っていた。

 違う。荒神だ――そう、どこかで分かっていたのに、何もする気が起きなかった。

 落ち着いた雰囲気も、優しく灯里をあやす仕草も似ていて。

「初めまして」

「あ、あぁ……」

 小首を傾げるように挨拶をされ、警戒よりも戸惑いが大きく、ろくな返答が出なかった。

 そんなオレを見て、くすりと笑ったその仕草も、大和そっくりで……窺うように下から覗きみる視線の向け方も。

「嬉しいな」

『ねえ、嬉しいの?』

「あぁ。嬉しいよ」

『ほんとに! 良かったぁ』

 呟いた言葉を拾い上げ、縋りついて甘える灯里を抱き上げれば、躊躇う素振りもなく、その唇を重ねた。

『えへへ』

 はにかみながら、人懐こい猫のように灯里が、大和そっくりな男の胸に顔を埋めた。

「君で良かった――逢えて、嬉しいよ」

 瞳を細め綺麗な笑顔を浮かべ、色の白い手を差し伸べてきた。

 無防備なその仕草に、躊躇いながらも手を伸ばし返そうとしていた。

「――!」

「ッ!」

 手が触れる一瞬、互いに大きく弾かれた。

「あれ、残念」

『大丈夫?』

「な、なんだ、今のは」

 大和そっくりな男は、弾かれた指先を火傷した後のように振ってみせ、オレは自分の手を押さえていた。

 痛みは無いが、はっきりと痺れている。

「違ったのか、それともこれだけじゃ足りないって事かな」

 ちょっと待っていてと、零したかと思えば、灯里の首元を大きく肌蹴させた。

「お戻りよ」

「なっ――!」

 告げて、躊躇う事もなく、日に焼けた首筋に噛み付けば、始めからそこには誰もいなかった様に、灯里の姿は掻き消えていた。

「驚かせたかな。でも、今度は大丈夫だから。改めて、はい」

 何事もなかったように手が再び伸びてきたが、その手を掴む事など出来なかった。

 差し出された手を睨みつけたままのオレを見て、男は長い沈黙の後、こっそりと溜息を吐いて、手が下げられた。

「残念だな」

 掴まれなかった掌に、寂しそうに視線を落とし、ゆっくりと綺麗な笑みを見せた。

 その笑い方も知っている。

 人形のような、外に向けて見せる笑い方。人との距離を取って、近付くなと暗に含めた笑い方。

「君を落とせば早いと思ったのに――生きてたら、また逢おうね。冬臥君」

 ひらひらと手を振れば、揺らめきその姿を消していた。

 其処から、自分の身に何が起こったのか、理解しようとするには遅すぎた。

 視界目一杯に広がる漆黒に気がついたとき、激しい衝撃と共に空中に投げ出されていた。

 浮遊感で平衡感覚などなく、叩き付けられる衝撃に受身など取る暇も無く、気が付いたときには、剥き出しの岩に足が叩き付けられ、嫌な音が耳に届いた。

「くっ――ぐぅ……」

 走る激痛に思わず足を押さえ呻いていたが、唸り声を上げて迫る黒い影が再びあった。

 死ぬ――

 今までの何よりも、はっきりと自覚していた。

 何も出来ずに死ぬ。

 無駄な足掻きだろうが、己の腕で知らず頭を庇っていた。

 だが、来るはずの衝撃はなく、腕を掠り切られた痛みだけがあった。

 遊ばれているのか?

 だが、影はそのまま、町のある方へその姿を小さくしていく。

「しまった!」

 遊ばれていたわけじゃない、古竹さんたちの方へ向かったんだッ。

 そう気がついたとき、立ち上がろうにも激痛が走り、直ぐには立てなかった。

 鷹笛、咄嗟にそれを強く吹き鳴らしたが、肺にも痛みが走った。

 戻らないと。ただ、それだけで足を引きずり影が向かった方へ走っていた。

 クソッ、これじゃあの時と何も変わってない!

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