蕾に色彩 (後)
「あ~ぁ、行っちまったか。聞きたいトコ聞けなかったな」
「じゃあ、見てたおれが言って良い?」
舌を噛んだせいで、まだ少し可笑しな口振りの和一殿が、去ってしまった二人の背に向かい零せば、久弥が思いきり手を上げてきた。
「お、言ってみろ言ってみろ」
「やっぱ、冬臥先生の方がスゲェことが分かった! いってぇっ!」
無言で、和一殿の拳が久弥の頭上に落ちた。
「決めたね。俺は二度と久坊の助言は聞かねぇ」
「うぅぅ……何も、殴んなくってもいいのにぃ」
「お前の一言で、俺はふかぁく傷ついたの! あいこにしとけ」
そう頭を抑える久弥に、和一殿が付け加えていた。
だが、言ってくれるのは嬉しいと思うが、オレは、凄くも強くも無いと分かってる。
ただ始める時期が早く、それしかしてこなかっただけだと言うのに。
「それより、冬臥さん今のどう思います? カナデさんってば、あんな嬉しそうにしちゃってまぁ」
まぁ、と言うところで声音を高くして、和一殿に問い掛けられたが、意味が、分からない。
「和さんじゃ勝てる見込み無さそうだけどねぇ」
対して久弥は、けたけた笑いながら返している。
「おまっ、ホントに傷つくぞ! あんまり傷つけると、お前の稽古にも付き合わねーし、大人気なく全力で苛めるぞ!」
「本当に大人気無い事言ってるよこの人っ!」
「お前は良いんだよ。なあ、冬臥さん」
「本当にヒドイよッ、ねぇ、冬臥先生!」
一斉に振り向かれ、同意を求められたが……何を返せと、この二人は言うんだろうか。
「あらやだ、反応薄い! 冬臥さんってば」
「いや、その……一体、何の話ですか?」
間違いなく会話においていかれているので、詰まらなさそうに茶化す和一殿に言えば、ぽかんとした顔をされた。
……久弥にも、だ。
「ホントに? 本気で? 気が付いてないの!」
「うーん、確かにカナデねーちゃん、笑わないし、分かりにくいだろうからなぁ」
何だか良く分からないが、馬鹿にされているんだろうな。
「とりあえず、外に行くぞ!」
「合点だ!」
「えっ、あの、け、稽古はどうするんですかっ」
無理矢理、二人に背中と両の腕を掴まれ、道場の外に連れ出された。
まあ、外と言っても庭だ。一応、人目の薄い処だが、そんな処に人を連れ出しておきながら、和一殿と久弥だけでこそこそと話をしている。
「よし、それじゃあ久坊は戻ってろー!」
「え! ヒドイ、ずるい、おれも聞きたい!」
「後で教えてやるから、チビども面倒見て来い。兄弟子だろ」
何か良く分からないが、二人の間で話はまとまって、久弥だけを追い返していた。
因みに、二人の内緒話が始まった時に、戻ろうとしたら、かなり真剣に待ったを掛けられてしまった。
しぶしぶ稽古場に戻る久弥だが、気になって仕方が無いのが良く分かる。
「冬臥さん――いや、ここは合えて冬臥と呼ばさせてもらおう!」
「まあ、それ自体はどうぞお好きに……」
何だろうか、居丈高に、仁王立ちをされて宣言された。
「なぁ、もうちょっと合わせてくれよ~。そんな冷めた態度とられたら俺一人で寂しいだろ~」
「……いえ、何となく、ロクな話しじゃ無さそうだな、と思いまして」
思わず本音が出てしまった。言ってしまった以上は取り繕っても仕方ないし、その点に関しても和一殿も落ち込むわけでもないし、「ま、良いけどさ~」とも軽く呟いていた。
「て、まあ、あんまり大きな声で話しして、後で殴られるのも嫌だし、本人にも言うなよ」
などと言う、変な前置きをすれば、あっさりと仁王立ちを辞めて、引きずり込むようにしゃがまされた。
「俺達の見立てじゃカナデさん、絶対、師範代に惚れてると思うだよ。じゃない、思うんだよね!」
台詞を噛んだ事も全く無かったように、完全に面白がっている良い笑顔で、ハッキリと言われた。
「あ、あぁ。そう言う」
なので、ようやくさっきの二人の話しの意味が分かった。
「だってさ、普段はあんなそっけないのに、師範代相手には良く笑ってるんだぜ。いつも一緒にいる久坊が言うんだから、そこは間違いない!」
「はぁ……それが、何か問題でも」
紀代隆様は器量が良い。加えて武術の腕前も皆が知っての通り。
正直、修行を始めた頃合まで遡れば、告白してきた女性を、オレも何人か知っている。
オレの修行の合間に、女性と付き合っていたかどうかは分からないが、いつかの籤を引いたときに、周りから身持ちを固めるように言われていて、困った表情を見せたのは覚えている。
まあ、時川殿が紀代隆様に好意を寄せていると聞いても、何の不思議も無いと思ったんだが、和一殿はそうではなかった。
「だから、それが問題なんだよぉっ。相手は師範代なんだよ。勝てる見込みがねぇ……」
続けられた言葉に得心。
身内の欲目というのを差し引いて、比べてみる。
……思わず、落ち込んでいる和一殿の肩に、手を置いてしまった。
「うぅ、やっぱり、冬臥もそういう反応するかぁ」
「ご自身で分かっていらっしゃったんですか」
「俺の薄氷の心を砕いて、楽しい?」
「あ、いえ。そう言うつもりはまったく」
言葉が軽くて、本当に落ち込んでいるのかどうか、全く分からない。とは言え無い。
「ま、良いんだけどさぁ。いや、俺だって師範代の事は尊敬してるよ? でも、それとこれとは別って言うか……冬臥も好きな女の一人や二人いれば分かるだろ」
「別に、オレには」
いない。と言えたのに、浮かんだ顔に血が上った気がした。
「お? なに、その面白い反応!」
「は、あ、いえ。別に! なんでも、無いですよ!」
和一殿に遠慮なく、ずいっと詰め寄られた事で一層、顔が熱くなった気がする。
「おぉ、なんかその初々しい反応見てると、こっちまで照れちゃうなぁ」
「い、いやいやいや! それは何か違いませんか!」
オレに釣られたと言って、赤くなられても困る!
「いやぁ、それにしても皆の噂は本当だったか。魚河岸裏の女の子と、夜な夜な逢瀬を重ねているという!」
「は……? え、あ……」
完全に混乱していたオレに構わず続ける和一殿は、ただ面白がっていて、オレはオレで、その言葉を理解するのにかなり時間を要していた。
「ち、違います! それは誤解です!」
「聞いたときは驚いたもんだよなぁ。小柄だけどキリッとした瞳が子ども子供してなくて、先行きも色々楽しみな感じの――ぶへぁっ!」
埒が明かないので黙らせてみた。
「く、砕けるカトオモタ……」
「誰が言っていたか知りませんが、そういう相手ではありませんし、幾らなんでも草刈殿に対して失礼でしょうに」
「ほぅ! あの娘の名前、草刈って言うのか。んで、本命はその子じゃないって事は、別の誰かってことか」
「もう戻りますッ」
「あぁ、待って! 冬臥ってば待って、悪かったから!」
「からかって、楽しいですか?」
「うん」
……こう言う人だッ。
「あぁ! だから冗談だって!」
「次は無いですよ」
「反省した……」
今、小さく多分、と付け加えたのは、聞き間違いじゃないだろうが、いつまでも、そんな事を引き合いに出したままで会話するのも面倒だ。
「それで、呼ばれた理由がそれだけなら、稽古に戻りますよ」
「そうだな。っと、そうだ、いっこだけ頼んでも良いかい?」
まさしく今思いついたという口振りで引き止められ、続きを待てば、少しだけ意外な言葉が続いた。
「次の時に替わってあげて」
ニカッと明るい笑みを向けて、言われた言葉が分からなくて首を傾げてしまった。
「四日後か五日後あたりに、カナデさん休みで師範代が来る事になってるだろ? そこを、冬臥が替わってあげて、あの二人に時間あげようぜ」
「あぁ、そういう……」
不思議な。と思ってしまった事は言うまい。
「言い方悪いけど、冬臥が来るようになって師範代が揃う日が無いんだよね。だからさ、ちょっとくらいはな」
「調整してみておきます」




