相似て歩む
町に戻ったときは、茜色が空に差し掛かり始めた頃だった。
早く帰りたい刻に限り、お目付け役に会ってしまうか。
「あら冬臥さん、お出掛けしてたんですか?」
「少しばかりですが」
「道場で久弥が待ちわびてましたよ」
「あぁ、すっかり言うのを忘れていました」
非番で輝政殿に会いに行く事ばかりに頭が行っていて、本気で言うのを忘れていた。
同時に向けられた言葉を反芻する。これは……
「あの、時川殿……」
「まだ待ってると思いますよ。機嫌の直し方はご自身で考えてくださいね、冬臥先生」
ですよね……
「有難うございます。後の時間、久弥をお借りいたします」
きっと、不貞腐れているだろう久弥の姿を互いに思い浮かべて、時川殿はにやにやと悪い笑みを浮かべ、オレは溜息を隠した。
「良いですよ。それと、今までどこに行ってたか後で教えて下さいね。紀代さんに言いつけておくんで」
「散歩、ですよ」
「普段着てない黒羽織を着てですか」
「……目聡いですね」
「分かり易過ぎですよ」
「紀代隆様には、茶の湯に呼ばれたと言えば、分かって下さいます」
「まあ、自分は追及しませんけどね。それじゃあまた」
何時ものようにふいっと手を振って、時川殿が去っていった。
帰る道を諦めて、道場へ向かう道を選び歩く。
夕日の落ちる頃まで、道場は開いている。好きなように門下生が練習できるように。
それで居て、指導に当たる者はそれぞれの時間を持ち、入れ替わりながら行う。
道場に着けば気合の声もまだ聞こえ、練習している大人たちに混じり、久弥の姿があった。
「久坊、何時までやるんだぁ?」
目に見えて疲れている久弥に声が掛かる。
「終るまでやる! もう一本!」
「お前、ホントに底なし体力だなぁ」
買い物の後からずっと、道場で稽古をつけていたのか。
それでも、久弥は兄弟子の和一殿を掴まえて、組み手に励む。
小さな体で、自分の背丈の倍はある大人に挑む姿は、傍から見てやはり無理があるとしか思えないが……人の事を言えない事をして居たんだよなと思えば、何とも口を紡ぐしかない。
拳を繰り出しても、狙いたい場所は遙か上。足刀を使えど体重差で動く事も無い。
それでも疲れた体を押して、前へ、前へと出て行く。
傍から見て居て、違うと言いたい。それで崩すには繋ぎが悪いと言いたい。
でも、それが型の流れになってしまえば、相手に付け入る隙を与えるだけになる。
「せやっ!」
威勢の良い掛け声に、足刀が和一殿の腕を捉えた。
「……っと、お、おわぁわわっ!」
だが、がっちりと受け止められて見事に、床に転がされていた。
「いってぇ……」
「随分と派手に転がったな」
「あー! ようやく来たぁ!」
「冬臥さん、コイツ何とかしてくださいよぉ。延々と絡んでくるんだもん」
同時に向き直られ、言われた言葉に笑うしかない。
「すみません。所用があって来られない事を言うのを、忘れていました」
「なんで、連れて行ってくれなかったんですかぁ!」
思い切り頬を膨らませて言う仕草に、思わず灯里を思い重ねて、更に吹き出してしまった。
「お前を連れて行ける場所ではないからだ。皆さん、済みませんでした、後は引き受けます」
「あぁ、そうしてくれよ。ようやく帰れる」
久弥に付き合わされていた他の兄弟子達も、思い思いに体を伸ばして、帰り支度を始めていた。
「久弥、一度家に戻るぞ」
「え! 稽古付けてくれるんじゃないの?」
「いいから戻るぞ。ほら、早く立て」
散々、体を動かしていて疲れ切っているのに、よく言えるものだな。
「はぁい。っと、と……あ、あれ?」
立ち上がるのも侭ならない程になっていたか。
「先に戻っているぞ」
「あっ、待ってよ」
「なら追いつくんだな」
それだけを残して、本当に先に歩き始めた。
立てないからと言って、手を差し伸べるべき相手でもないしな。
など考えれば、きっと紀代隆様も最初の頃は、同じように考えていたのかもしれないな。
まあ、あの時のオレは、山の中で一人にされる方が怖くて、必死に追いかけただけだったが。
結局、久弥がオレに追いついたのは、家についてから少しした後だ。
その間に、着替え、目を通すものには通しておいた。
茶屋で釣銭と一緒にもらった物。
大和からの手紙――
屋敷を離れて直ぐ、輝政殿と茶屋の主人の協力を経て、密かに連絡は取れている。
だから、余計な気を回さずに居られる。
「う、うぅ……冬臥先生、ひでぇ……来ると思ってたのに来ないし、来たと思ったら置いて行くし!」
「山の中で放り出されるよりマシだろう」
考えれば、人に恵まれているな。
古竹さん然り、紀代隆様然り……黙認され、見逃されている。
「さて、行くか」
「……えぇッ?」
「ちゃんと言ったぞ。一度家に戻ると」
先まで着ていたものだけは、汚せんからな。
吐きたくなる溜息を横に置いて、何時もの通り白雛を持って外に出る。
「そう言えば、アキは今、時川殿のところか?」
「う、うん」
質問に、躊躇いを見せて頷いたな。
あんな幼い子を家に一人残してきているのか、それとも誰か面倒を見てくれる人が近所に居るのか。
「それなら良いが、少し遅い帰りになる。心配なら連れて行くつもりだったが」
「ど、何処に行くんですか?」
「安心しろ、町の中を少し散歩するだけだ」
付け加えれば安堵の表情を見せて、大丈夫だと返してきた。
散歩するのは普段からしている事だが、今回の散歩に下心が無いわけではない。
先日の一件を含め、範囲を広げて歩く。
周る道順は久弥に決めさせて、少し範囲を広げて歩くだけ。
普段居る町中の事だ。少しでも知っている範囲を広げておけば、手掛かりの一つくらい入るだろう。
そう思ったが、結果は新しい道を覚えたくらいだった。




