迷子橋の傍らで
幸い低い位置で巻き込まれた為、駆け上がる風に、直ぐに空に放り出されていた。だが……
古竹さん共々、笛でそれぞれを呼び寄せるが、やはり混乱しているのか近くの木の上の方に、二羽とも別々に止まってしまった。
「もう少しだったのに!」
「草刈殿っ」
叫び、もう一度術に掛かる草刈殿の手を、思わず止めさせていた。
彼女の母なら、こんな事はしなかった。
「な、なによ……鳥なんだから、あたしがやらないと、ダメなんでしょ」
「その通りですが――ヤタと響まで巻き込んで、どうするんですかッ!」
思わず言ってしまった言葉に、何かを振り解くように大きく手を振るい、牽制をして来た。
「あんたに言われなくても分かってるわよっ。無事だったんだから良いじゃない!」
「二人とも!」
険悪になってしまっていたオレ達の間に入ったのは、十重殿ではなく、古竹さんだった。
何時になく強い口調で止められ、わだかまりを抱えたまま、オレは鷹笛をまた吹いた。
やはり……戻ってこない。
音が聞こえていないわけではないだろうが、首を捻り、翼を繕い、必死に自分を宥めていた。
「冬臥さん、イブキを呼んでください」
古竹さんが重たい溜息を吐いて云われたので、それに従った。
三羽目の呼び寄せは、鷹舎にいる者に非常事態として伝わる。
狩り鷹として未熟なイブキを呼ぶ事に、まだ躊躇う気持ちもあったが……仕方ない。
古竹さんの鷹は、頭領使いの鷹が多いしな。
「イブキ、連戦だが任せていいな」
普通の鷹狩りも、妖狩りも共に初陣となるのは良いが、疲れてしまっているんだろうな。
鳴く事も無いが、腕に止まり、あらぬ方向へ首を向けたまま、目を瞬かせていた。
「古竹さん……」
「大丈夫ですよ。イブキ、頼みますよ」
思わず不安になっていたオレに古竹さんが頷き、イブキの頭から羽まで何度か撫でると、不思議な事にすっとその姿勢を正した。
“いつでも行ける”そう言うようにイブキの目が獲物を捉え、羽撃きはじめた。
「行けッ」
距離を取り直すために、一度離れていくハヤドリに合わせ、イブキを飛ばす。
鷹狩りの時よりも、ずっと勢い良く滑空し、獲物を追いかける。
「やはり、イブキは妖狩り向きですねぇ」
取り押さえる事が出来ずに一度、腕に戻ってきたイブキに古竹さんが面白そうに呟いていた。
「冬臥さん、イブキの飛びたい様に飛ばせてあげて下さい。響の笛を」
「分かりました」
そう返事を返し、再びイブキを飛ばし響の鷹笛を返す。
「香月、焦るなよ」
残念ながら明り番になってしまっている十重殿が、先の一件から草刈殿の傍で指示を出している。
流石の彼女も、十重殿相手には文句も控えて集中しているか。
イブキを巻き込むような無茶な術を控え、はぐれたハヤドリを打ち落とすように、風を飛ばしていた。
「冬臥さん」
「はい?」
古竹さんの軽い声で呼ばれ、返事を返してみれば、静かに指先で空を見るように示された。
見ればイブキがハヤドリを追い、旋回しているが、余りにも大きく回りこんでいる。
「先程からイブキがああやって、挑発を繰り返しているんですよね」
くすくすと笑いながら動いた指先を追えば、いつの間にか、木の高い位置に居たはずのヤタと響が、下へ下へと、移動していた。
だからと言って、妖化したハヤドリがいつまでも逃げているわけもなく、方向を変え、二手に分かれてこちらとイブキに向かい直った。
ハヤドリから逃げながら、時折鋭く滑空し、幾匹かを引き連れてイブキが戻ってくる。
白雛を振るい、追いかけて来たものを切り落とすが、空に舞い戻るイブキを追うハヤドリ達には、オレは何も出来ない。
「冬臥さん、イブキをこちらに戻して下さい」
「え……はい!」
指示され、左手に白雛を移し、笛を吹いた。
イブキは笛に合わせたのか大きく旋回し、ヤタと響がいる木の傍を掠め飛び、続くハヤドリが勢いを殺しきれず、樹にぶつかり、低い悲鳴を上げて落ちていった。
無事だった残りのハヤドリは、変わらずイブキを追いかけ、こちらに来る。
「香月、いまだ!」
「まっかせてよ、風滝!」
十重殿の声より、僅かに早く草刈殿の声が発せられた。
打ち上げる風に直撃したハヤドリは倒せたが、一体何匹いるのか……数が減ったのはわかるが、小さくなりながらも、まだ群れを成している。
イブキを腕に止める為に一度、足を止めて腕を差し出せば、満足気に翼を広げて止まった。
「偉いぞ、イブキ」
自分で掛けた声だが、吹き上げた轟音にあっという間に千切れた気がした。
そのせいで、褒めろと催促する鳴声がまた響く。
「冬臥さん、イブキをあちらに飛ばしてください」
「任せたぞっ」
古竹さんに指示されたのは、草刈殿の風をまともに受け、散り散りになったハヤドリが居る方向とは真逆。
それでも飛ばせば、イブキは翼を打ち鋭く空を駆けて行く。
「イブキの負けず嫌いには、本当に感謝しますよ」
古竹さんはくすりと笑う声で呟いた後、強く高い音で笛を吹き鳴らしていた。
その音に応じる鷹の鳴声も、鳴らされた笛同様に強かった。
二羽の鷹が思い思いに、散ったハヤドリを追い立てに飛ぶ。
「後は、ヤタだけですね。十重さん、明りをこちらにお願いできますか」
呼ばれた声に、十重殿が明りを古竹さんの姿を照らすように掲げた。
暗い闇の中で、古竹さんの姿だけがくっきりと浮かび上がる。
何時もの訓練の時と同じように真っ直ぐに、ヤタに向けて笛を吹く。
周りに響く羽撃きの音も、ハヤドリの威嚇する鳴き声も全く意に介さず、何時もと変わらず、ただ一羽に向けていた。
まるでヤタと会話をしているように、真っ直ぐに向いている。
二羽に追い立てられるハヤドリの群れの中から外れて、無防備に立つ古竹さんを狙うものは切り伏せる。
小さくても、迅いものでも、真っ直ぐに突っ込んでくるのだ。斬り損なってなどいられるか。
「はい、大丈夫ですからね」
視界の端で見えたのは、巣立つ雛鳥を見守るような、温かな眼差しを向けていた古竹さん。
そっと咥えた笛の音は先ほど、響を呼び戻した時とは違う、柔らかな音。
数が減ったハヤドリがまた追い立てられ、一つの塊に戻ったとき、イブキと響が塊から離れた。
「いまなら」
「まだだ!」
詠唱に入った草刈殿に、思わず声を投げていた。
「わ、分かってるわよ! 邪魔しないでよ!」
返ってきた言葉に併せてか、風向きが変わった。
ハヤドリは、二羽が離れたのを見て、再び分かれて急旋回しようとしたが、音も無くその中央を割って入ったヤタの足が、獲物を掴み下りてくる。
ヤタが掴んだ獲物は十重殿の近くに投げ落とされ、白い翼を大きく打ちつけ、ハヤドリの群れの中に戻っていった。
「イブキ、響!」
古竹さんの声に少し遅れてオレも笛を吹く。
鷹達は宙で大きく旋回し、下からハヤドリを追いたて、此方に向けて連れて来る。
三羽は巧みに妖を纏め上げ、一際強く木々を揺らした風の音に、翼を打ち空に舞い上がった。
オレ達の居る方向へ誘導され、三羽が完全に離れたハヤドリの群れに、止めをと願い、草刈殿へ視線を皆が向けていた。
「風、滝!」
気合を込めすぎて、少し途切れた力ある言葉に、振り下ろされた風の爪にハヤドリたちが霧散して消えた。
「どうよ……あんたに、なんか、わっ!」
力を入れすぎたのか両膝に手をつき、荒く肩で息を整える草刈殿の傍を掠め、イブキがオレの足元に下りてきた。
足元にはヂィヂィ鳴くハヤドリ。
「良くやった」
取りこぼしていた妖を斬り、イブキを腕に乗せれば、ふんぞり返っていた。
ひとまず、ハヤドリ以外の妖の姿も無いことを確かめていれば、最中にもう一組の影担い達が三羽目の知らせで来た。
草刈殿はその事を知らず、合流した方達に自慢げに話をしていたが、割って入ったのは十重殿だった。
「冬臥さんが行く必要は無いですよ」
無用な労力を掛けた事に、詫びを入れる十重殿の傍らに行こうとしたオレを、古竹さんがやんわりと引き止めてきた。
「教える者と纏める者は、今は違うのですから。勿論、同じ事が無いことを願いますが」
「……申し訳ありません」
「けれど、気に病むことはありませんよ」




