沿え沿わぬもの
「遅いわよ!」
「申し訳ありません……」
結局いつもの集合に大分遅れ、遠目から草刈殿を叫ばしてしまった。
「まあまあ、気合が入っているのは良い事ですが、無理をして体を壊してしまう方が怖いですよ」
「そ、そうかも知れないけど、でも、小半刻近くも遅れてくるのはどうかと思うって言っただけですよ」
「香月。今日の鍋美味かっただろう?」
「う、うん。久しぶりにトット食べれたし……でも、それとこれとは関係ないでしょ」
唇を尖らせて、何故自分が怒られているのか分からないと云う草刈殿に、流石に申し訳なく思う。
「だって、獲って来てくれたの古竹さんでしょ?」
「確かに、私が持って行きましたねぇ。ですが、鷹匠の皆で狩りに出たと、お伝えしたではないですか」
くすりと笑いこちらを見て窺う古竹さんに、草刈殿は途端に嫌そうな目を向けてきてくれた。
……何処まで、嫌われてしまったんだろうかなぁ。
「あいつも一緒だったの……」
「香月」
「あ、あの。遅れてきたオレが言うのもあれですが、行きましょう」
草刈殿の口撃を諌めようとしてくれた十重殿を制しつつ言えば、十重殿は大げさに咳払いをしてから頷いた。
「この所、大楚川付近で妖の目撃情報がある」
「えっ、でも、あの辺りって、どっかの偉い人の結界があるんでしょ?」
「まあ、そうだが……坊ちゃん、代わりに説明お願いして良いですか」
十重殿に譲られたがオレとなれば、やはり彼女は良い顔を向けてはくれない。
草刈殿は歩き始めた十重殿に釣られる様に、後を追って隣を歩こうとしたが、後ろに行くよう指示を下していた。
その代わりにオレが呼ばれ、十重殿の隣に付いた。
草刈殿の母上が健在だった時と、同じ並び位置。そして、十重殿に説明を頼むと促されて、頷き返した。
「一部の影担いを除き、伝えて無い物があります」
そう前置けば聞いてくれるかと思ったが、草刈殿は視線をやはり、隣の十重殿へと向けた。
「十重さんは知ってるんでしょ? なら、十重さんが教えてくれても良いじゃない」
「俺に聞くな。坊ちゃんに聞け」
「でも……私は頭領から監視しておけって言われただけだもん」
完全に不貞腐れた口調に、流石に溜息を隠せなかった。
「じゃあ、古竹さん教えて下さい」
「ダメですよ。頭領は冬臥さんに、貴女を任せると仰っておりましたでしょう」
変わらず柔らかな笑みだが、草刈殿だけでなくオレも諌められる視線を頂いてしまった。
「守護三家については語らずとも良いでしょうが、大楚川には町を守る要石が存在します。それが妖の呪いに染まれば……荒御魂の石に成ってしまいます」
その要石は大小と点在し、その位置は守護三家と影担いの一部の者のみしか伝えていない。
聞いているかは別として、草刈殿に向かい告げれば、興味の無さそうな視線が返ってきた。
「……小さな石なら良いですが、もし巨石になれば、その封印が大変になるんですよ」
前を向き直し、闇の中に水の流れる音が聞こえてきた。
今朝の雨で増水しているらしく、水の音がやけに大きく聞こえる。
「足元が見えにくいですねぇ。皆さん気をつけて下さいね」
「大丈夫よ。昼間に散々歩いてるんだから位置くらい」
「香月、明りを持ってろ」
「え、でも……」
重ねて大丈夫だと言おうとしたのだろうが、十重殿が持っていた明りを草刈殿の手に押し付けて歩き始めた。
川からかなり距離を測り歩くが、川辺が見えた時には、流石に草刈殿からも緊張した空気が伝わって来た。
いつもなら土手下に広がる川辺が見えるのだが、雨で増水し、思った以上の水嵩があった。
「この分じゃ弓張橋は駄目だろうな」
土手の半分近くまで水飛沫を上げる大楚川を見ながら呟かれ、オレも同じように頷いた。
要石は大楚川の向こう側に組まれている上に、弓張橋は霜月分家へ赴くのに一番近くにある、あの欄干の無い橋。
「あぁ、流れ橋の向こうにあるんだぁ」
落胆したように言葉を繋いだ草刈殿が、辺りを確かめるように明りを周囲に向けた。
つられて追うが、見える範囲には何も見えない。
「ともかく確かめなくてはな」
川下に向かい再び歩き始め、下流にあるもう一つの橋に辿り着く。
橋の手前に建立石がしっかりと立っているが、橋の名前は幾重にも張られた半紙に隠され、迷子石として其処に在った。
「雨で泥々になっちゃったのねぇ」
明りを翳し、ふっと愁いを帯びた瞳で、墨が流れ、読めなくなってしまった尋ね人や預かり人の書かれた紙を眺めていた。
「皆、渡るぞ」
弓張橋とは異なり、此方の橋の作りはかなり頑丈だ。町から町へ運ぶ荷台を通す為に作られ、この辺りでも珍しい石造りの釜蔵橋なのだが、今では其の名前より、見た通りに迷子橋と呼ぶ人の方が多い。
真っ暗な橋の上を、明り一つで渡る分には問題は何もないが、どこに妖が潜んでいるのか分からないのが怖いな。
ともかく、迷子橋を渡りきり、同じく反対側の迷子石を確かめる。
「当然だけど、こっちも酷い有様ね」
「明日にはまた新しく張り出されるだろうさ。坊ちゃん、行きましょう」
「はい」
促された声に応じて、今度は川を遡るように歩き始めた。
そう云えば、あの時は大泣きしたりして、酷かったな……
「あ、いえ……何でもありません」
思い出して苦笑いを堪えたオレに、十重殿が視線を向けて来てくれたが、云えるわけが無い。
流石に、あの時のようなことは、もう二度はせんしな。
歩きながら他の要石を確かめ、弓張橋に戻りついた。橋は増水した川の飛沫を受け、時折水音が際立つ。
「この辺りじゃないって事かぁ」
十重殿が安堵したような、詰まらないとも言うような溜息を吐き出し、頭をガシガシと掻いた。
「え、え? 要石って奴、もうあったの?」
「はい。もう確認しましたよ」
何でも無いという具合に言う古竹さんに、草刈殿は今来た道を振り返り「どれがそうだったの?」と尋ねていた。
勿論、古竹さんは秘密ですよと笑って教えてはいなかったが。
「早寺橋にも行かれますか?」
「ですな」
提案に更に歩けば、空気が変わったのを感じた。
「……何か、いますね」
同じ夜の道なのだが、先が一層暗く重たい雰囲気を醸し出していた。
耳を傾けても、水音に邪魔されて掴めない。
「古竹」
名前を呼ばれただけで、彼は然るべき笛を吹き、呼び寄せていた。
一行から少し下がった場所で、古竹さんが差し出した腕に一羽の梟が音も無く止まった。
「ヤタ、お願いしますよ」
静かに腕を振れば、来た時同様に音も無く空へと舞い上がり、白梟のヤタは川上の方へと向かっていった。
それを追いかけながら先へ進むが、何も、それらしいものは見当たらない。
「なによ、勘違いだったわけ」
相も変わらず棘のある言葉で言われるが、誰もそれに返事を返す事は無かった。
歩みを遅くしながら、それでも先に進めば、羽ばたく音が聞こえた。
戻って来るにしては歪な音に、自然と白雛に手を掛け、音のした方を見上げた。
「戻ってきます!」
何かから逃げるように必死で翼を打ち、縦横無尽に駆けながら戻ってくるヤタの姿が見えた。
「鳥型か、厄介だな」
ヤタの後ろをせっつく妖は、一番厄介な鳥。
「香月、お前頼りになるな。ヤタを守れるな?」
「もちろん! お母さん譲りは伊達じゃないわよ」
十重殿に明りを押し付けるように手渡して、一瞬だけ鋭い視線がこちらに向けられた。
“良く見ていろ”とも、“何も出来ないくせに”とも取れるような視線。
「風滝ッ」
逃げるヤタが一番低く滑空し、オレ達の傍を横切った瞬間、地面から吹き上がる風が追手の妖を弾いた。
「ハヤドリです!」
草刈殿の風に阻まれ、見えた姿に叫ぶ。
川の中にいる虫を主食とする小鳥が本来だが、妖化した今は、弓矢よりも素早く、何より家壁に使われる木材もその身で簡単に貫く。
本来なら、高く鳴く声が歌にされるほど綺麗なのに、今は低く蛙のような鳴声を上げて、襲い掛かってくる。
数が多いくせに刀を抜き振るっても、到底掠る事も無い。
「冬臥さん、響を呼んでください」
ヤタを据えたまま、呼ばれて渡された笛を強く吹く。
その間に手拭を右腕に巻きつけ、えがけ代りにする。
「十重さんは――まあ、怪我の無いようにお願いしますよ」
「くっ、これだから鳥は嫌いなんだ」
まるで地団駄を踏むように言い捨てた十重殿に、古竹さんが隠さず笑っていた。
「明りだけは気をつけて下さいね」
「分かっている!」
半ば自棄気味に叫んだ十重殿は、それでも襲い来るハヤドリを払い飛ばしていた。
「ヤタ、頼みましたよ」
「響、頼む!」
手早く響の足に細い紐を掛け渡し、空に放つ。
本来のハヤドリは梟のヤタはともかく、鷹の響は天敵。
闇の中で天敵の鳴声を聞いたハヤドリが慌てふためき、空に散ろうとした。
其処をヤタが回りこみ道を塞ぎ、響が後ろから一匹を掴みこんだ。
流石に狩り慣れしている鷹は違うな。
ハヤドリを躱しながら響の姿を探し、闇の中でヂィヂィ鳴く声を頼りに見つけ出せば、響は翼を広げてハヤドリを完全に押さえ込んでいた。
そのハヤドリは白雛で仕留め、響を再び飛ばす。
「ま――れないんだから!」
草刈殿の声に風が変化を起こす。
「香月待てッ!」
巻き上がる風の流れに、ハヤドリが気が付いたように、翼を巧みに操り荒れた風を回避したが、ヤタと響の二羽が巻き込まれた。




