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小さな背と

 灯里は宣言通り自分から経緯を話し、重ねてオレ達は不手際を詫びて、許しを願った。

「どんな経緯であれ、灯里に火傷を負わせたこと……許せるわけ無いじゃないか」

 小さくても、はっきりと投げつけてきた言葉に、侍女達が小さく息を呑んだ。

「冬臥、お前のその手はどうした」

「……これは」

 綾之峰様の声に答えようとして視線をやれば、左手が弾いた形そのままに赤黒く腫れあがり、突き刺す痛みに思わず顔を顰めてしまった。

「鉄瓶を弾いたので……」

「本当ですお館様っ。でなければ、姫様はもっと酷い火傷を負ってしまわれておりました」

 侍女の助け舟に、大和の口元が微かに開き、その唇を噛んで溜息を零したのが見えた。

「灯里、お前はまず着替えておきなさい。双也、お前も部屋に戻れ」

「とうさまっ、なんで!」

「紀代隆。灯里を連れて行ってくれ」

「姫様、そのままではお風邪を召されます。どうかご一緒に」

 動こうとしない灯里の手を紀代隆様が取ろうとしたが、拒絶の意を示した唸り声を上げ始めた。

「構わん。連れて行け」

「……では姫様、失礼いたします」

「うぅ――とうさまのばかー! とうさまも、きよたかもキライッ」

 命を下され、灯里の小さな体を担ぐように抱き上げ、暴れるのも見事に往なしつつ、足早にこの場を後にした。

「双也、お前も下がれ」

「……失礼致します」

 堪えた言葉に、双也の冷たい視線が残っていた。

 残されたのオレ達はそのまま、綾之峰様の次の言葉を待つしか出来なかった。

「何も処罰無しと言うのでは、双也も納得せんだろうがな。各々、あやつから許しを得てみろ。それと後一刻もせぬうちに客も見える、準備は怠るでないぞ」

 釘を刺して綾之峰様は立ち去り、侍女の一人が手当てを申し出てくれたが、これは残るだろうな。

 痛みを堪えながら手当てを済ませ、片付けは申し訳ないながらに侍女たちに託し、新しい茶の用意を済ませて、灯里の居る離れに向かった。

 離れの縁側は庭から通れば、全てではないが見える。裾元が濃い桃色から上に向かい、淡く染められた花束文柄の着物に身を包みながらも、すっかりしょげ返った様子で座っている灯里の姿もよく見えた。

「灯里様、みちる殿はどちらに」

「かたづけしてる。よんで来るね……」

 そう言って灯里が中へ入り、少ししてからみちる殿が出てきた。

「先ほどはお騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした」

「いえ。確か姫様とお話しと言うことでございましたね。わたくしは暫し買い物に、失礼させていただきます」

「ありがとうございます」

 時間を貰い、縁側にそそくさと腰を下ろした灯里の傍に、用意してきた茶を置き挟んで、オレも座った。

「じゅっと、手、いたくない?」

「少しな。けど大丈夫だから気にするな」

 茶を勧めてみたが、視線を落としたまま灯里は、その手を伸ばさず、それぞれをぎゅっと握り締めていた。

「最後の最後で、傷を負わせてしまったな……痛くないか?」

 座った位置とは反対側の、左肩あたりにあるだろう火傷だが、灯里は小さく首を振っていた。

「だいじょうぶだもん。じゅっとのほうが、もっと、いたいよね……ごめんなさい」

「気にするなと言っただろう。しかし……」

 大和を怒らせてしまったな。などとは言えず、思わず溜息を吐いてしまった。

「じゅっと?」

「あぁ、そうだった。話しておかないといけない事があってな」

 今度は湯呑みごと差し出せば、ようやく受け取り茶を口に含んでくれた。

「熱くないか?」

「うん。だいじょうぶ」

 言いながらも直ぐに置かれた湯呑みから、オレは目の前の庭に視線を移した。

 この庭の手入れを、今は亡き椛様に代わり灯里が行っていると言ったな。花の良し悪しは分からないが、向けたところには枯れていたものは見えなかった。

「また屋敷を離れることになった」

「ふぇ……なんで? いつ?」

「明日には。道場に寄る事も無い」

 端的に伝えれば、何でと問う声も無かったが、しゃくりあげる声が代わりに聞こえてきた。

「灯里が、いつも、わがまま……言ってた、から……?」

「そうじゃないから泣くな。勤めの都合だ。前に実家に戻ると言ったときに話しただろう」

「う、うん……でも、ここにかえって、きたんじゃないの……?」

「すまん」

 安易にまた会えるとも言えず、返せる言葉がなかった。

 そうしたらまた、声を上げて泣き始めてしまった。

「いっちゃやだ、灯里も、いっしょ、行く」

 伸ばしてしまった手を、何時ものようには出来なかったが、二度、頭の上で跳ねさせれば、間に置いてた盆を弾いてまで、しがみ付いて来た。

「オレは、お前を泣かせてばかりいるな」

 泣かせまいと思っていても、振り返れば結局は泣かせてばかりか。

「折角着替えたのに、また汚れてしまうぞ」

「だって、じゅっといなくなるの、ヤだもん! いっしょにいてほしいもんッ」

「……ありがとうな。あぁ、そうだ灯里」

 以前は直ぐに会えると簡単に言えたが、今回はその言葉は言えない。

 袖内を探して、触れたものを確かめ、灯里の背を叩き顔を上げさせる。

「お守り代わりに持っていてくれ。前に大和が贈ったものと色違いだがな」

 もう随分と前に感じてしまうが、霜月本家へ赴く時に、異国の旅人ブラド殿からお守りとしてもらった若葉色の魔魂石。

 本家で……あの時に使ってしまっているから、輝きは殆どなく、ただの色硝子になってしまっていたが、朔耶から貰った組紐の守りと共にいつも持っていた。

「いいの……?」

「ずっとこれにも守ってもらっていた。効果は保障できるぞ」

 小さな掌を掴んで落とさぬよう握らせれば、泣いて赤くなった菫色の瞳を何度か瞬かせて、隙間から覗くように魔魂石を見つめていた。

「ん、ありがと……あっ、なら灯里のとこうかんしよ!」

「いや、気持ちだけ貰っておこう。折角、大和が灯里にと選んだ物だ、オレが持っていてはまた怒られる」

 冗談めかして言えば、むくれたように唇を尖らせたが、また何かを思いついたように、顔を輝かせて部屋の中に入って行った。

 その間に、盆から飛び出て濡れた茶を拭き片している間に、客人たちが着いたのか、俄かに屋敷が慌しくなったのが見えた。

「じゅっと、じゅっと! それならこれあげる!」

 戻ってきた灯里の掌が、ぴったりと体にくっつけられていた。

 手を出してと催促されたので、そのまま片手を出せば両手で隠しながら柔らかに置かれた。

「みちるにおしえてもらったの。灯里が作ったんだよ」

 得意そうに言って渡してくれたのは、薄紫の布地に咲く桜柄で作られたお守り袋。

「オレに良いのか?」

「うん。それに、にいさまには、もうあげたからへーきだよ」

「それなら、ありがたく頂戴しよう」

 懐のお守りが増えたと思えば、嬉しいものだな。

 仕舞うのを灯里に見届けられたが、母屋の廊下を歩く人影を見て、立ち上がった。

「客人も来られたなようだ。オレは先に戻るが、灯里はみちる殿が戻ってこられるまで部屋で待っていろよ」

「うん。またいっしょに、けーこしようね」

 にこっと笑い言われてしまったが、それを直す事が出来なかった。

「后守殿。双也様がお呼びです。お部屋にてお待ちです」

 入れ替わりに戻ってきたみちる殿に言われ、頷き返した。


「さっきは……ごめん。気が動転してたみたい」

 通された部屋の奥で、薄い空色の霞柄の紬を着ながら、背中を向けたまま先に言われてしまった。

 脱ぎ置かれたままの夜着の皺と汚れを払い畳み、仕舞いこんだ。

「オレの不手際のせいで灯里に火傷を負わせてしまった事は事実だ。すまん」

「……キライって言われちゃった」

「本心ではあるまい。そんな事を言ったら、オレは何度言われたことか」

 思い返して言えば、少しだけ大和の肩が笑って揺れた。

「君達を許さないで、灯里に嫌われる方がすっごいイヤだから……ごめん」

「それは有難いな。お前と遺恨を残したまま去ることにならずに済んで、本当に良かった」

「でも覚えてるからね。灯里の肌に火傷跡が残ったら、全力で殴るからね」

「そうか、それで済ませてくれるのなら、有難い」

「つまんない反応だね。まあいいや、そこに香炉があるでしょ。君の松香は香木か何かで貰ってるの?」

「爪で頂いた。必要なのか?」

 今は持っていないと重ねて言えば、直ぐに持ってくるように言われたので、首を捻りながらも一度取りに戻った。

 再び部屋に戻れば大和の姿が見えず、奥の襖が半分閉まり、そちらに姿を置いているようだった。

「灰は暖めてもらってあるから、焚いてって。客間にもう居るって……僕は部屋で待つことにしたからよろしくね」

「お館様が承知済みなら良いが」

「その辺は大丈夫だよ」

「そうか……では、失礼致します」

 話しながら、香木を小さく折って作られた爪を香炉の中に一つ置いて、大和の部屋を後にした。

 その後は直ぐに紀代隆様の部屋に赴き、遅かったなとも言われず、東雲殿と長谷川はとり殿が待つだろう客間に向かった。

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