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三の見

「あと二十年くらいしたら、もっと似合いそうだね」

 久弥から借りた単着物は、亡くなった父上の物だ。

 そうか、オレもそういう立ち位置だったのか。

 先日、大和の着物を見繕う際に引っ張り出した着物の色を見て、侍女達が口を揃えて言っていた言葉を思い出したが、オレ自身も含まれていたわけだな。

 しかし、この上胴衣と羽織はもう修復も出来そうに無いな。

 袴はまだ解れを繕えばいいんだろうが、此処まで酷く、血に汚れて切れてしまえば殆ど無理だろうな。

「繕い直すにしても、難しそうだねぇ」

「仕方あるまい。ともかく戻らねばならないからな、手間をかけた」

「気にしないでよ……あぁっ! やばい、掃除ほったらかしにして来たんだ……」

「そう言えばそうだったな」

 今ならまだ、灯里様の稽古時間には間に合わせられるが、仕方ない。

 羽織から鷹笛、色紐、珀慧の餌を探し出して、借りた風呂敷に残りを包んだ。

「それ、なんですか」

「鷹笛と色紐だ。まあ、見たほうが早いだろう」

 表に出れば、向かいの家人が汲んだ水を中に入れるところだった。

 久弥の挨拶の声に続けて礼を交わし、人気の少ないところで笛を強く鳴らした。

「うわっ、すっげぇ音」

「なんだ、お前も聞こえるのか」

 人には聞き取りにくい音だと言われていたが、耳の良い人間は聞き取れる。

「冬臥さんは聞こえないの?」

「お前も、と言ったはずだがな」

「そっか。って事は聞こえない人も居るんだ」

「大人になると聞こえ難くなると言われたのを思い出しただけだ」

 その間に珀慧の羽撃きが聞こえた。何時もなら腕に止まらせるが、今回はそれをせずに近くの木の上に止まったのを見届けた。

「おぉ、鷹だ!」

「久弥。手を貸せ」

 えがけ替わりに、腕に着物の袖を巻きつけ、手拭を重ねる。

「後ろを向いて真っ直ぐ手を出せ」

「こう?」

 珀慧に背中を向けた形で真っ直ぐに己の正面に拳を突き出したので、そのまま横へ、水平にしっかり伸ばして、また鷹笛を咥えた。

「竦めるなよ」

 今度は短く吹けば、珀慧はオレの方へ向かってきたが、何時もと違うと感じたのか、一度通り過ぎて久弥の腕に迂回して止まった。

 何時もなら顔同士並べるようになるが、今回ばかりは対照的になってしまった。

「お、おぉぉ……と、冬臥さん、こ、怖いっ。これ、怖い!」

「珀慧は、かなり大人しい方だぞ」

 だから、古竹さんがオレにと選んでくれた。手紙届けを覚えさせるに向いているし、狩り鷹より扱いやすいだろうと言ってな。

「で、でも怖い!」

「良しっと。珀慧来い」

 色紐を結び終わり、餌を与える為に自分の腕に移した。

 流石に、素手に珀慧の鋭い爪は痛いが、怖がる久弥の腕の上よりマシだろう。

「紀代隆様のところに頼むぞ」

 腕を振るい、勢いをつけてやれば、珀慧は難なく空に舞い上がって、高い位置で一回転をしてから、屋敷の方へ向かって飛んで行った。

「ふえぇ……怖かったぁ」

「鳥が苦手だったか、それなら悪いことをしたな」

「うーん、食べる分には平気なんだけどさあ。あの爪とか嘴って怖くないの?」

「何とも思わないがな。あぁ、あと一つ言えるのは、鷹は格好が良いから好きだ」

 初めて珀慧が腕に止まった時、其れしか思わなかった事を思い出した。

「へぇ、なんか意外。へへっ」

 なにやらよからぬ笑みを見かけたが、気にしないでおこう。

「ともかく、神社に行くのだろう」

「あー、そうだった。アキも連れて行くから、ちょっと待ってて」

 そう言われて待てば、眠たそうに頭を落としている妹を、両手でがっしりと抱き上げて出てきた。

「いつも一緒にカナデねーちゃんとこに行くんだ」

「そうなのか」

「うん。朝一は神社で掃除手伝いして、そのあと、カナデねーちゃんの家で朝飯の支度手伝いに行くんだ」

「そうか。時川殿は面倒見が良いのだな」

「カナデねーちゃんが居なかったら、それこそ、死んでたよ」

 笑う久弥だったが、歩き始めれば少し足元が覚束なかった。

 今なら紀代隆様が心配そうにしてた理由も分かる。灯里様を抱いていた時、オレも同じようにこんなに、フラフラとしていたのだろうな。

「代わるか」

「大丈夫! それに、腕鍛えるのに丁度良いんだよね。って、冬臥さんに言っても仕方ないか」

「そうでも無いぞ。オレも姫様をよく抱いているからな」

「そうなの? アキみたいなお姫さまなんだね」

 また笑いながら、共に陽川神社への道を歩き始めた。

 神社の宮司に謝辞を述べに行けば、全部見ていたと言われてしまった。

 二人で頭を下げて、時川殿の家に行くという久弥とは別れて、屋敷には直ぐ戻らず、一度、実家に寄った。

 玄関からはどうも入り難くなっていて、裏口に回り戸を叩いた。

「は~い。あら、十斗、お帰りなさい」

 戸を開けて見えた笑顔に思わず、一歩だけ、後ろめたさに下がってしまった。

「あ……いえ、戻ったわけではないのです。着替えを取りに」

「そう。それで、あの人に会わずに行くつもりなのかしら」

 会わずに済むのなら、それでやり過ごしたかったのは確かで、見透かされた事に視線を逸らしていた。

「まあ良いわ。曉さんなら、夜中に出て行って、まだ戻ってきて無いから。朝御飯くらい食べていきなさい」

 そう言って肩を竦めた風情は何処か怒っていたが、ぐっと鳴った腹の音を聞き止められた。

「あら、あなた。その色の着物持っていたかしら?」

「いえ。借り物です。昨夜……手酷くやられてしまいまして、上遠と言う、道場の門下生の父親の着物を拝借させて頂きました」

「そうだったのね。後でお礼に行かないと」

「それはオレが行きますから。母上には申し訳ないのですが……」

 久弥の事情は余り口外しない方が良いだろうし、自分で出来ることは自分でしなくてはな。

「そう? まあ、十斗がそう言うのなら良いけれど。洗う荷物なら置いて行ってしまいなさい。今度また取りに来ればいいわ」

「そう出来るのなら甘えたい所ですが、血泥汚れもひどく……羽織も酷く、切れてしまいました。ともかく、先に着替えだけ取って来てしまいます」

 自分の部屋に入り荷物を纏める。胴衣と着物に合わせ、刀の手入れ用具。

 余り長く、お館様のご好意に甘えるわけにも行かないし、何処かで部屋を借りないと。

 そう言えば、家を出たいとは考えたが……今まで、必要以外で金を使った事も、貰ったことも、無いな。

 これは、かなり重要なことを知らなかったと言う事じゃないか。

 思い至り、気がついた事に、だらだらと汗が流れたような気がした。

 だが、これは母上には相談出来ないし、紀代隆様に相談するのも違う気がする。

 頭領に言えば絶対に、そんな事も知らないのかと言われるし、そう思われるのも嫌だ。

 表役目にも影担いの役目にも、支障を与えずこなす事も考えて置かねばならない。

 そう考えると、相談できる相手は一人しか居ないか。

「十斗、出来たわよ」

 呼ばれた声に返事を返して、荷物を持って出た。

 傍らに荷物を置き、ありがたく頂戴する。本当は色々聞きたい事もあるはずなのに黙って、香炉に気をつけるようにだけ告げた。

 今まで付けたことなど無かった香だ。いや、そうでもないか……記憶に余り無いだけで、この匂いは知っている。

 何時だったかと記憶を辿れば、今と同じように、浮かばぬ顔のまま立つ母上の背中を思い出した。

 まだ、灯里様が生まれたばかりで実家にいた時。この残り香が気になって尋ねた事があったな。

 あの時、何と言われたか。

 食事終わりに膳を片付けに土間に降りれば、母上はそれを洗い桶に入れながら、曇らせていた表情を隠して向き直ってきた。

「あなたの為に、ついに香を焚く事になるとはねぇ」

 零された言葉の後に、強く抱きしめられていた。

「あ、あの……」

「お前もあの人も、直ぐに側から離れてしまうのだから。少しくらいは母の我が侭くらい聞きなさいな」

「母上……」

 そう言われてしまえば返せるものなど何も無く、だた、気が済むまで強く締められる温もりに身を預けていた。

「本当に、忘れないでいてね。何を背負ったとしても、お前は私達の子だから……」

「……ありがとう」

 そうだ。ただ、あの時は「帰って来たと思ったら、直ぐに行っちゃったのよ」と笑っていたんだ。

「さあ、食べたのなら、さっさと行ってしまいなさい。くれぐれも親子揃ってお館様方にご迷惑を掛け過ぎないようにね」

 立ち上がった母上はそのまま、香炉の傍らに置いてあった小包を押し付けてきた。

「香の焚き方くらいは知っているわね。後は自分でなさい」

「はい。ご馳走様でした」

「たまには帰ってきなさい。いってらっしゃい」

 見送られた言葉を背に、今度は急ぎ足で屋敷に戻った。


 屋敷の侍女達はもう起きているし、慌てて戻ってきたオレに些か驚いた目を向けてきた人も居た。

 流石に中に入れば、騒々しく走ることはしない。

 部屋に荷物を置いて、洗い場の侍女に雑巾にしてしまうような布を貰い、厨へまた急いで向かった。

 久弥のお陰で大体の傷の手当も汚れ落としも済んだが、白雛の手入れがまだ終ってなく、懐紙と脱脂綿を少し頂いて戻った。

 火葬の間に刃についた汚れは落としたが、きちんと出来ていたかなど自信が無い。

 手早く、しかし、慎重に刃を外してやはり汚れが残っていた部分を見つけて、拭いなおす。

 油を拭い取り直し、汚れがまだ付いて無いかを確かめる。同時に刃毀れしていないかも見る。平気そうだが、後で昇靖殿に確かめてもらおう。

 新しい油を引き直すだけ直して収めた。

 後はもう、着替えて道場へ向かうだけだ。

「おはようございます!」

 道場の中では既に紀代隆様が居り、素振りをしていた。

「戻ったか。見るに、大変だったようだな」

「……はい」

「大丈夫なのか」

 問い掛けに頷いたが、影担いの事を、恐らく分かっていないだろう灯里に会うのは怖い。

 あぁ、そうか……大和がいつも言う「怖い」というのは、正にこの事か。

 似たような立場にならないと、分からないな。

「大丈夫です」

「そうか、良く解しておけよ……と、もう言う立場でもなかったな」

「いえ。今後も是非に願います」

 大和が来る前に、体を温めておかないとな。

 何時もと同じ時間をかけて、体を解している間に、眠そうな欠伸をしながら入ってきた大和がいた。

「十斗、何時の間に戻ってたの」

「先ほどな」

「そう。大変だったみたいだね、ご苦労様」

 吸い寄せられるように向けてきた視線の先は、頬に張ってある湿布にあった。

「さあ、双也様も、しっかりと体を解して下さいませ」

 短い無駄口も、紀代隆様の声でやめた。

 紀代隆様と軽い手合わせをするが、やはり勝てないな。

 時川殿のような待ちの一手とは対照的に、攻め手が多いのに。

「十斗、俺に対して負け癖が付いてるぞ。道場で見せた気合くらい見せろ」

 笑って言う紀代隆様に、手を抜いているつもりは無いと反論しておいた。

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