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新たに結ぶもの

「坊ちゃん。幾らなんでも、正直に話しすぎです」

「死の間際を見ていたのはオレです。其れを歪めてしまうのが、嫌だったんです」

 火葬の間、香月殿は母の死の間際の事を尋ね、其れをオレが答えた。

 顛末含めて全て。

「表役目にも支障が出るような様相に成られて、全く……頭領が見ていたら笑うでしょうな」

「そうでしょうね……全く、否定できません」

 苦笑いを浮かべて、頬に濡らした手拭を当てる。

「結の娘らしい、良い拳だったでしょう」

 懐かしみ悼む声音で問われ、頷いた。

「草刈殿……結殿にも稽古を付けて貰うべきでした」

「ありゃ教えるには不向きだ。変な癖が付いちまう」

 互いに苦笑しながら、ふっと途切れた会話の切れ目に、十重殿が立ち上がった。

「さて皆さん、帰りましょうか」

 両手を打ち鳴らして、古竹さんが先んじて歩き始めていた。

「そうさな、帰るか」

「ですね」

 何時もの集合場所で、一人欠けたまま挨拶を交わして、解散した。

 ああ、すっかり日が昇り始めて明るいな。

 独りで歩く道は陽川神社へ続く道。

 人の出が少ないから、箒の掃く音が良く聞こえる。参道から入ればやはり、箒をかけている人がいた。

 しかし周りを清めていたのは、宮司や巫女では無く子供だった。この時間帯からも良く頑張っているが、しかし、こんな姿で早朝の参拝客と言うのは流石に怪しまれるだろうかな。

 いつもなら、まだ日も昇る前に帰り、厄払いを兼ねてお参りしていたんだが、驚かせる前に帰る方が良いな。

 鳥居だけくぐり、社に向かい会釈だけ交わす。後で改めて来よう。

「あり、冬臥さん?」

 ざっざっと規則正しく動いていた箒の音が止まり、道を清めていた子供が振り返れば、それは上遠だった。

「ってー! 冬臥さん、大丈夫なの!」

 こいつ、目も良いな。それとも、朝日の下では一層に酷い有様なのかオレは。

 箒を投げ出して駆け寄ってきた上遠に、思わず近付くなと制止の声を上げていた。

 五感の麻痺に慣れてしまっていた。

 こんな血だらけの酷い有様で、近付けさせられない。

「何言ってんだよ! ああ、もうこっち、早くこっち!」

「お、おい! 引っ張るな!」

 止めた声も無視され、強引に手を掴まれ連れて行かれたのは、陽川神社の更に東側にある長屋敷だった。

 上遠はそのうちの一つに入りかけて、思い出した様に立ち止まった。

「ちょっと、待ってて」

 そう残して、上遠は部屋の中に入り、直ぐに小さな壺を持って戻ってきた。

「穢れ晴れ給え」

 壺の中身を手に握り、祝詞を紡ぎ、ぱっとオレの方に振りかけた。

「清め塩か。すまん」

「いいよ。とにかく早く中に入って入って!」

 開け放たれた戸に押し込むように、背中を押されて家の中に入った。

 初めて長屋に入ったが……

「狭くて驚いた? 大体、他の家もこんな感じだよ」

「そ、そう言う訳では無いのだが」

「良いって。普段、冬臥さんはお屋敷に居るんでしょ? 其れと比べたら物置並みだろ」

 そうか、普通はこういう家なのだな……と、思わず見回せば、まだ敷かれたままの布団が見えた。

「妹のアキだよ。ちょっとやそっとじゃ起きないから大丈夫だよ。あ、見っけ!」

 言いながら上遠が行李から引っ張り出して来たのは、渋栗色の単着物だった。

「これなら多分、冬臥さんも着れるはずだよ」

「そんな勝手に借りられるか」

「そんなボロボロじゃ、問答無用で役人に連れて行かれるよ」

 寝ている相手が居ると言われて小声で返すが、言われてしまった言葉に次の句がでなかった。

「一回脱いでみたら。肩とか背中とか、怪我ひどいよ」

「……そんなにか?」

「うん」

 真顔で言われた上、直ぐに頷かれてしまったので、羽織だけ脱いでみれば……解れどころじゃなく、斬れて、染め抜きの小紋まで血で赤くなっていた。

「ね? そんな、人斬りみたいに誤解されそうな姿じゃ危ないでしょ」

 けたりと笑っていたが、指摘されたことは事実だ。

「すまん。気持ちだけ受け取っておく――屋敷に戻る」

「だーから、気にしないで良いのに。それに、そろそろ役人達の朝回りの時間だよ。町の事は、おれの方が知ってるんだからさ」

 躊躇うこともなく屈託無く笑い、着物をずいっと前に出してきた。

 駄目だ。やはり、無関係な上遠を、后守の役目に引き入れることは出来ない。紀代隆様のように表裏を知り、それでも付いて行くと言えるのなら、また違うのかも知れんが。

 オレはあの人のように成る事など出来ない。元より、歩く道も違えている。

 そんなオレに何が教えられる。何を以てして、同じ道を歩めと言える……無理だ。

 断する事が正義だったとしても、人を斬る事は悪だ。

「冬臥さん……?」

 不思議そうな瞳から、不安な色が浮かんだのが見えた。

「荒神相手とは言え、オレは人を殺めた。だから、お前の申し出共々、白紙に戻す。これ以上関わるな」

 道場へ赴くのもやめるべきだ。

 如何な理由があれど、頭領のように覆い隠すことなど出来ないのなら、関わらない方が良い。

 こんなオレなんかに付いて来いなど言えない。

「待って!」

 強く引かれた袖を解こうと振り返れば、挑む目を持って、見上げてきていた。

「紀代隆師範代から、少しだけど、教えてもらったから知ってるよ。影の后守の事。だから、おれは、冬臥さんに教えて貰いたいんだ」

「どういう事だ」

「大した話しじゃないけど、とにかく着替えてよ。もう流石に、他の人たちも外に出始めてるみたいだし」

 朝回りの時を告げる声が聞こえて、改めて差し出された着物を受け取った。

 水の用意を始めた上遠に背を向け、胴衣を脱ごうとすれば乾いた傷口に張り付いて……かなり痛かった。

 脱いだ胴衣もあちこち解れてしまっている上、酷い血の匂いがした。

 清めてもらった腕にも、まだ血の匂いが付いている。

「うわぁ……痛そう。座って、背中拭くよ」

「恩に着る」

「弟子が師匠の世話をするのは当たり前だろ。気にしない気にしない!」

「考慮すると、言っただけのはずだが」

 いつの間にか師匠に仕立て上げられていたので、幾らか突き放すように返した。

「えー。あっ、そうか……えっと、弟子が師匠のお世話をするのは当たり前の事ですから、お気になさらずに居てください」

「はは、覚えていたか」

 背中を拭かれながら、言い直された言葉に、思わず笑ってしまった。

 こいつは何で、臆さずに向かってこれるんだろうか――普通なら、避けるだろうに。

 前の傷はさほど無いがそれでも、赤く痣になっているところがあった。そんな小さな傷に薬をつけて手当てを進めている間に、上遠の気配が硬くなっているのが分かった。

「師匠にはきちんと、お話ししておきます。おれ……じゃない、私は」

「上遠。言いたくない事なら無理をするな」

 しどろもどろに話し始めたが、余りにも考えすぎていて、声音が不可思議な揺れを見せていた。

「そんなんじゃ、無いです。ただ、その」

「なら普通に話して構わん。しかし、話を聞いたからと言って、お前の申し出を受けるかどうかは別だ」

「うん。分かってます、ただ、どう話して良いのか、分かんなくなっちゃってたから」

 バサリと立った音に、上遠の小さい手が離れた。

 妹が寝返りをうって、蹴り飛ばされた掛け布団を直して「これも、よくやるんだ」と言って戻ってきた。

「后守って元々は影の事なんだよね? だから、披露目式のときに冬臥さんを見て、六も七も離れてない人が、后守の次期頭領になるんだなって知ったんだ」

「成れるかどうかは分からんがな」

 成りたいとも、今は思わない……そんな事は勿論、言わなかったが心の内で呟いておく。

 背中に張り合わせられる湿布に塗られた薬が、刺すように冷たい。堪えようにも堪えられなかった震えに、上遠が少し慌てた素振りで謝ってきた。

 それで、ほんの少しだけ緊張が解れたのか、改めて湿布を張られた。

「おれ達、アキが生まれたばっかりの頃は、常盤って所に住んでたんだ。場所って知ってる?」

「西玄関の常盤港だろう。訪ねた事は無いが知っている」

「さすが冬臥さん」

 蘇叉には東西分かつ天嶮蓬莱山がある。東西共に行き来するには迂回する為の船が必要だ。

 常盤港は西の玄関口、東は葉桜港。双方共に東西物流の要にもなっている。

「父ちゃんが漁師でさ、良く葉桜に来てたんだ。それで、何時だったかなぁ……アキが、はいはいし始めた頃だったかな、父ちゃんが城見物に行こうって言ったんだ。陽乃環城ってすっごく、大っきくってさ、城下町も色んなモンがあって、楽しかった」

 一息零した上遠の声に、鼻を啜る音が混じったが、手当ての手は止められていなかった。

「でも、さあ常盤の家に帰ろうって時、荒神に襲われちゃったんだよねぇ」

 誤魔化すように笑う声があったが、乾いて嘆息めいていた。

「……そうか」

「驚いて、怖くてよく覚えて無いんだけど、御伽噺に出て来る龍みたいな、真っ黒くて大っきい蛇っぽいヤツだった。父ちゃんは其れで、死んじゃったんだ……」

 そこで再び、言葉を途切れさせた。

 巻かれた包帯は、所々ズレていたりキツかったりして、少し自分で手直しをしてみた。

 訪れた沈黙は少し長く感じ、それでも下手な相槌など打てなかった。

「それでお終いだったらまだ、良かったんだけど……父ちゃん、妖落ちしたんだ。おれ達を守ってくれたはずなのに、次には化け物になって殺そうとしてきたんだ。それで……それで、おれ」

 背中を、俯いただろう上遠の髪の毛が撫ぜて、少しくすぐったくて向き直った。

 真っ赤に顔を染めて、ぼろぼろ落とす涙は、良く分かる。

 恐怖と後悔に併せた悔し涙だ。

 汚れた袴の上だったが、頭を落としてやれば思い切り布地を掴んで堪えようとしていた。

「アキを置いて、逃げた……」

 声を殺して泣く上遠に、何時かの自分が重なっていた。

「おれ、兄ちゃんなのに、逃げたんだッ」 

 大和と二人で霜月分家からの帰り道。あの時、本当は逃げたかった……

 一緒に、では無く独りで、でも……だ。

 踏み止まれたのは、やはり大和が側に居て「逃げろ」と叫んでくれたことだ。

 泣きじゃくり、少し落ち着いてからまた話し出した。

「一人で逃げて、逃げて……その時、カナデねーちゃんに助けてもらったんだ。葉桜港に良く来てて、おれ、一人でそんな所まで逃げてた」

「だが、妹は今もこうして、一緒に居るのだろう」

「……うん。師範たちに助けてもらってたみたい。二三日はおれ、怖くて、全部イヤで、カナデねーちゃんの家から出なかったから」

「無理も無い」

 影担いとなった今は、特に妖の存在が身近になったが、以前はまだどこか、自分とは縁の無い遠い所の存在だった。

「師範が、おれを見つけてくれたんだ……」

 俯いたまま、一層強く握るせいで震える拳が、長い沈黙を経て、飲み込んだ溜息と共に緩められた。

「師範が、アキを返してくれた……」

 ぐすっと音を立てて鼻を啜り、離れた時には、汚れた顔を両手で乱暴に擦った。

 見上げてきた目は真っ直ぐだった。

「おれ、アキを守りたい」

「それで、影担いに成りたいと言う訳か」

「うん。もう、逃げたくないんだ――それに、やっぱり披露目式の冬臥さんも、連稽古のときの冬臥さんも両方すげーって思ったんだ」

 力を込めて言われた言葉は少し、くすぐったいものだったが、向けられた瞳には決意が見えた。

 だが、これがあの人の差し金だとしたら恐ろしい。まるで神の掌で踊る猿の気分だ。

 本人が躊躇い飲み込んだもの。幾らオレでも、それに違和感を覚えないわけが無い。

「上遠。確認してもいいか」

「ん、なに?」

 人に話してスッキリしたという顔で見上げてきた。僅かに浮かぶ期待の目を前に、問うのは一つだけ。

「妖落ちした相手を――討てるのか」

 そこらに漂う妖を相手取るだけがどれだけ気が楽か、イヤと言うほど思い知った。

 震えて、泣いて、隠れることもしないと決めた。折れたときの事など、もう考えたくも無いが……

 問い掛けに、明らかに狼狽した上遠の泳ぐ視線が答えを示したが、次いで泣きそうな形で寄せられた眉根と瞳が床に落ちた。

「それは、わかんない。おれ、考えるの苦手だからさぁ、そん時にならないと分かんないよ」

「そうか……まあ、普通はそうだな」

「でもさ、わかんないけど、自分の大事なものくらいは、自分で守りたいよ。それじゃダメなの?」

「分からん。だが、言えることはあるな」

 どんな視線を向けたのか、上遠の体がビクリと跳ねたのが見えた。

「お前が妖落ちしたとき、オレの大事なものに手をかけるのなら、遠慮なく刀を振り下ろす」

「じょ、上等! おれだって、冬臥さんが妖落ちしたとき、アキやカナデねーちゃんを傷つけるようなら、ぶっ飛ばす!」

「そうか、其れで良いんじゃないのか」

 余りにも良い威勢で言われて、思わず笑いかけた。

 多分、そういう所が似ているんだろうな。

「お前は真っ直ぐに変な奴だな」

「冬臥さん、ひっでぇ!」

「そんな筈は無いと思うがな。まあ、これから一つ宜しく頼むな、久弥」

「え、あ、うん! じゃない、よろしくお願いします!」

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