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送り火

 重たい空気の中、草刈殿や他の亡くなった后守たちの遺体を、山から降ろした。

 こんなにも人が居たのかと思いたくなる行列は、静かに、銀色の炎を先導にしてゆっくりと下りていく。

 向かっているのは何処か、正直よく分かっていなかったが、暫く歩き続けて、道の途中に打ち捨てられていたような佇まいの古寺の中に入っていった。

 住職たちが居る気配も無い、無人とも思える古寺の更に奥は、広く切り開かれていた焼場があった。

 頭領の姿はもう無い。イシュを飛ばした後、早々に数人を連れて何処かへ行ってしまったから。

 他の后守たちは、既に手分けをして、焼場に手を入れ始めていたけど、オレ達は休めと云われてしまい、十重殿たちと一緒に、ご遺体の側に居た。

 一応、休めないと零したオレに十重殿は「妖が全く出ないわけじゃない」と言う、御題目を付け加えていた。

 心の奥が、麻痺したように痺れを訴えていた事に気が付いたのは、駆けつけた足音と共、に叫ばれた声を聞いてからだった。

 夜明けが訪れそうな、ほんの僅かな変化を感じる空の中、彼女は案内をした人間を振り払う勢いで、一際目立つ十重殿の体にぶつかっていた。

「十重さん、なんでっ、何でお母さんが!」 

 母親に縋りつくことも許されず、地面に泣き崩れていくのは、草刈殿が良く話してくれた娘の香月殿。

 清めたと言っても、娘に見せるには悲惨な姿で、幾人かが持ち寄った布を被せてあり、その顔だけを確かめてもらい、直ぐに十重殿が引きずる様に離していた。

 その一連の流れを見ていても、他の人たちとは、どこか違うように無感情に立っていた気がする。

「帰って来るって言ったんだよ!」

 十重殿の胸に顔を埋め、振り上げた拳を何度も叩き付けているのを、彼は何も言わずに受け止めていた。

「ようやく、一緒に暮らせる……はず、だったのに」

「すまん。香月……」

 力の無くなった最後の拳を初めて掌で受け止めて、その背中を抱いていた。

「十重さん……誰が、やったの」

 涙に濡れた声が暗く堕ちていた。その声に、オレは彼女の側に近づき膝をつけた。

「坊ちゃんッ」

 引き止める声に目も向けず、見知らぬ人間の声にまるで時が止まったように、微動だにしていない香月殿へそのまま続けた。

「貴女の母上に助けられ、オレは今、此処に居る」

 虚ろに向けられた顔は、真っ赤に泣き腫らして、振り乱した髪が顔に張り付いていて、その姿は何処か幽鬼を髣髴とさせた。

「草刈殿の側に居たのに、何も出来なかった」

「なによそれ……」

「香月、よせ!」

 握り締められた彼女の拳は、振り下ろされなかった。

「あんたじゃ無くったって、お母さんは絶対に助けてたわよ!」

 落ちた拳に反しての絶叫に、胸が詰まっていた。

「今日じゃないと思った! もっと、もっと、ずっと先になると思った、ただそれだけよ!」

 両手で顔を覆い、再び涙を溢れさせた香月は、そのまま地面に伏せた。

「皆さん、準備が出来ましたよ」

 古竹さんの声に、二人の男が草刈殿の体を持ち上げて、焼場の上に静かに乗せた。

「最期となります。草刈さん、宜しいですか」

 駆け付けた遺族は彼女ただ一人で、他の遺族の方々には、埋葬後に報として知らされるのみと言う。

 直ぐに駆けつけられるからと言うだけではない。影担いとしての母親を知っていたからだ。

「香月、立てるか」

「……どうぞ、手を」

 伸ばした手は、思い切り弾かれた。

「そんな汚い手なんか、いらないわよ」

 しゃくりあげながら、十重殿の手を借りて立ち上がった彼女は、少しよろめきながらも前に進み、しっかりとその背を伸ばしてから頭を下げた。

「お願いします」

「では」

 炎を携えていた男たちが、彼女の視線が母に注がれるのを待ってから、炎を傾け灯した。

「天司神よ、邦前神よ今あなた達の元に、我らの同胞が参ります。どうか、彼らに永久の平穏を授けたまえ」

 祈りの言葉に、上がる炎は銀色から橙色へ変わり高く燃えていた。

「冬臥さん、向こうに水を汲んできたのでどうぞ」

「ありがとうございます」

 促された言葉と燃え上がる炎の明かりで、自分が如何に、酷い有様で居たのか気づかされた。

 泥汚れだけならよくあるが、両手の皮膚を引き攣らせていたのは、乾いて、黒ずんだ血だった。

 どうして気が付かなかったんだろうな。

 こんな手を差し伸べられても、誰も取ることなんかないのにな。

「平気ですか、冬臥さん」

「何がですか」

 返してみて、それが少しおかしい気がした。

「手を」

 ざぶっと汲み上げていた水桶に手拭を浸して、濡れた手のまま古竹さんが差し出してきた。

「大丈夫ですよ。自分で、このくらい……」

 袖を捲り上げ、水桶の側にしゃがみ込もうとしたら、力が抜けて膝から落ちた。

「誰も、平気なはずが無いんですよ。簡単に割り切れるものでも無いですからね」

 座るように促され、手を取られた。

 年季の入った掌の皮膚が硬くて、普段から見えている表情とは違う、寂しさも含ませていたのか。

 それでも、水に濡れた冷たさより、触れられる肌の暖かさと柔らかさが……生きている人に触れられていると教えてくれた。

「私の時は、頭領が手を拭いてくれたんですよ。十重さんや他の仲間達の手も、頭領が駆けつけてくれた時には一人ずつ、拭いてくれたんですよ。でも、冬に雪でするのだけは止めて欲しかったですけれどね」

 苦笑しながら言う彼に、少しだけ羨望の眼差しを向けてしまっていたかも知れない。

「結さんの時だけは、香月さんがしましたけどね」

 思い出話の一つだと言いながら、血泥で汚れた手拭をまた、水桶に沈めて軽く濯ぐ。

「旦那さんが妖堕ちしてしまい、娘を守るために。結さんが后守という影担いの道を選んだのも、その時でした」

「草刈殿は、随分と思い切りの良い事をされたのですね」

「ええ。でも、大事な事ですよ。本当に守りたいものを選ぶのは、時として、非情な選択を迫られているかも知れないのですから」

 いつの間にか反対側の手も拭われ、見た目だけは綺麗になっていた。

「冬臥さん、自分を責めすぎないでください。伊那依は人で在って、人に在らざる者です。あなたは后守を背負って行かなくては、ならないのですから」

「……はい」

「さて、私は少し休ませてもらいますかね」

 立ち上がり水桶を持って、古竹さんはこの場を後にした。

 長かった夜がようやく明けると、零したのが聞こえた。

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