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伊那依(7)苦楽は成さず

 夜と同じ静かな沈黙だったが、十重殿が先にそれを破った。

「結が死んだのは、ワシの失策。坊ちゃんはあまり、気にせずにいて下さい」

「そんな……最初にオレがもっと気をつけていれば」

 そう言うしか出来なかった。誰のせいかと言えば、きちんと話を聞こうとしなかった自分のせいだ。でも、二人ともそれを責めない。

 ぎゅっと両手を握り締め、引き締めるようにしていないと、震えが来る。

「坊ちゃん。ワシらだって誰も失わずに、此処まで来れたわけじゃない。ただ、こんな所で立ち止まる方が、結や先立った連中に申し訳立たない」

 慰めるにしては強い掌が背中を打ち、少しだけ咽るように空気が肺から押し出された。

 震えはまだ収まらないけど、頷き返す事だけは出来た。

「土地に住まう者みんな全て守るのは難しいが、直ぐ側の大事な者を守るため、立ち上がれりゃあ、それで十分だ。坊ちゃんはまた、ちぃとばかし、ワシらと戦う理由は違うだろうが、頭領みたいにいつか為って成ってくれりゃあ、有り難いなぁ」

 何の気兼ねもなく言われた言葉に、形だけ頭を下げていた。

 いつの間にか、とんでもない嘘吐きになっているな。

 こんなオレなんかに、十重殿の理想は重たい。

「おーい、誰か居るかぁ」

 遠くから聞こえた声に、銀色の明かりが揺らめいて見えた。

「よっこらせっと。応援の連中も着いたようだな」

 立ち上がり真っ直ぐに、その明かりの方へ十重殿は歩き始めた。

 そうか……ようやく、終わったのか。

 安堵の息をようやく、吐き出せた気がする。

「来て見ればこんな様か。十斗」

 目の前に立ち、少しずつ呼ぶ人が減っていった名前で呼ばれ、地面に落していた視線を持ち上げた。

 冷ややかな声に、痛々しく吊り下げられた右腕を抱えながら、頭領が立っていた。

「随分と腑抜けた顔をしているな。まあ、俺としてはその方が有り難いがな」

「何を……ぅわっ」

 いきなり左手が伸びてきたかと思えば、頭を掴まれて、グシャグシャにされた。

「そのままずっと腑抜けていてくれれば、お前に刃を向けることは無いだろうが……まあ、それでも覚悟はしてるようだな」

 言いながら延々とグシャグシャにされ、放された時に頭領が目を向けていたのは、あの伊那依と呼ばれた男の遺骸だった。

「十斗。お前はこの先、独りで耐えて行けるのか。俺と画した以上、お前は異端だ……何処まで欺いて行ける」

 問い掛けは、あまりに優しい父のそれだ。

 本当に、酷い人を知っていると、オレは先の男に告げられるな。

「頭領も大概ひん曲がった性格しておりますね。そうやって遠回しにオレを折りにくる」

「それは良い褒め言葉だな」

 応援で来た仲間たちの手によって、それぞれの遺体を包み、山を降りるための準備を始めていた。

 けれど、伊那依の男はそのまま。

「この所よく、大和に嘘吐きだと笑って言われる様になりました。何処までと問われるのなら、オレが死ぬまでとしか言えません」

「そうか」

「頭領! 西の使いが来ました」

 誰かの呼ぶ声に、頭領は盛大な舌打ちをして、呼ばれた方に向かい歩き出した。

「冬臥、お前も来い」

 頭領に直接呼ばれ、慌てて側に行く。

 使いといっても、訪れていたのは人間ではなく、鳥だった。

「あのやろっ、とんでもないモンで送りつけやがって」

 歯軋りの音が聞こえそうなほど口元を歪めた頭領に、誰もが不思議そうな視線を向けていた。

 見る限り、確かに珍しい鳥なのが分かる。

 頭頂部は紅く、胴体は黒く、羽先は黄色。腹の部分は白いらしいが、兎に角、この辺りでは見かけたことの無い綺麗な鳥で、足元には手紙筒が付いていた。

「古竹居るか!」

 殆ど怒声に近い声で、古竹さんを呼びつければ、彼もまた「おやおや、また凄い鳥ですねぇ」と呆れたような口振りで答えた。

「先に言っておくぞ冬臥、何があってもあの鳥に触れるな。それと俺のやることに文句を言うな」

 いきなり言われた言葉に訳も分からず、曖昧に頷き返して、少しだけその側から離れた。

「秋牙の清めは済んでるのか」

「はい」

「すまんがアイツに喰わせる訳にはいかん」

「はい……」

 二人の表情を思わず見比べ、古竹さんの手を掴んだ。

「何を、する気なのですか」

「秋牙を、シクイドリの餌にします」

 穏やかに教えようとしたはずだったんだろうけど、掴んでいたから、その手に力が入っていたのが良く分かった。

「古竹、頼む」

 急かせる頭領に振り返ったとき、振り上げた拳を受け止められていた。

「ならお前が、代わりに死んで、アレの餌になるか」

「冬臥さんっ。ありがとうございます」

 無感情に向けられた視線と、古竹さんの言葉に、思い切り掴まれていた手を振り払った。

 西から使わされた鳥は、オレも名前だけは知っていた。

 死肉喰らい。鮮やかな外見とは裏腹に、雑食性で特に好むのは腐肉という、とんでもない鳥だ。

 汚れていればいるほど、それに寄って来る。また、その嘴か羽かは忘れたが毒もあるという。

 自分が育てた鷹を、あんな物の餌にする事になるなんて……

「古竹さん、オレがやります」

 あんな物を好んで寄こした輩に苛立ちが募る一方で、躊躇いもなくそれを命じた頭領にも、少なからず同じ思いを抱いた。

「いえ、これも私の仕事ですから。ねえ、頭領……」

「やりたいと言うのならやらせりゃ良い。早くしないと向こう方の思う壺だ」

 怒りの矛先こそ違えど、頭領自身も西の使いに表情を歪めていた。

「頭領ご自身だって、辛くないわけ無いんですよ。それだけは冬臥さんも覚えて置いてあげてください」

「でもっ……珀慧がもし同じ事になれば、オレは言えないっ」

 落ち着いていたはずの震えがまた、襲ってくる。

 折角綺麗になったはずの秋牙を、血で汚れた地面の土で汚していく。

「ありがとうございます。それでも、やはり人を鳥の餌に等してはいけないんですよ。

 秋牙を育てる時だって、やはり他の生き物の命を与えていました。人の手を介すとは言え、これもまた食物連鎖の一環と思えば、ねえ」

 最後の言葉は濁して、古竹さんは短刀を取り出して荒く捌いていた。

「さて、これで良いでしょうかね。冬臥さん、下がりましょう」

 立ち上がり、その場を退いた古竹さんの表情は見えなかった。

 オレ達が離れたのを見てからか、木の上で悠々と毛繕いをしていたシクイドリが秋牙の側に降り立った。

 ようやく与えられた餌を嬉しそうに啄ばむシクイドリの姿と、手塩に掛けて育てたはずの秋牙。

 頭領は右腕を吊るす包帯を外して、それで食事に夢中になっていたシクイドリの体を掴みあげた。

 包帯を巧く使い嘴が直接触れないようにして、足に付いた手紙筒を外して、地面に落とした。

「冬臥、読んでみろ」

「……はい」

 シクイドリを放さず言われ、落とされた手紙筒を拾い上げて、中身を取り出した。

「“東の后守。伊那依がまた逃げた報を受けた。死者が増えているのが良い証拠だ、いい加減に先日の返事を寄こせ”以上、ですね」

「この有様じゃ何も言い返せんな」

 自嘲気味に零しながら、立ち込めた気配は怒りだった。

 握りこまれたままのシクイドリが、逃げようと暴れているようだったが、悲鳴が上がらなかった。

「声も潰されたのか。なら意趣返しと行こうか」

 背を向けていたから見えなかったが、あの声音は笑っている。

 古竹さんも頭領に同意したのか分からないが、秋牙を包んでいた風呂敷を裏返してシクイドリをその中に収めた。

 最初は暴れていたが、次第に落ち着いていた。

 そういえばと思い、伊那依の男の方へ目を向ければ、いつの間にか銀色の松明を持った人々に囲まれていた。

 傍らにはまた別の男たちが、穴を深く掘っているのが見えた。

「冬臥、色紐は全色持っているか」

「あります」

「赤と青を寄こせ」

 言われて、仕込んでいた紐一式の中から言われた色を抜き出して、渡した。

 その瞬間、ちりんと鈴が鳴って落ちた。

「何だ、お前そんなもの持ってたのか?」

「ええ」

 耳聡く聞き咎められ、曖昧に頷き返しながら、拾い上げようとしたら組紐の一番上の部分が切れていた。

 幸い鈴も水晶も揃ってあったから、白雛の鞘に括り付けた。

「見たこと無いお守りだな。なんだ、誰かからの贈り物か?」

「……今、それは大事な事なのですか」

 からかう声音にそう返して、鷹の鳴声に、頭領の変わりに腕を伸ばした。

 えがけもないから、手を切らないように袖の中に隠して止まらせれば軽かった。

 見れば、珀慧たちとも違う別の種類の鳥だ。鷹のような細く長い顔だが、嘴は真っ直ぐに短くて、白い梟のようにふわっとした毛だが、広げた翼はオレの知る鳥の中ではかなり長く大きい。

「お前は初めて見るか。イシュという渡り鳥だ。名は峰樹(ほうじゅ)と言ってな……」

 言いながら峰樹の足に紐を結びつけた。

「蓬莱本家に頼むぞ」

 餌をあげるでもなく、行き先を告げて、まるで猫を喜ばすように喉元を掻いてやっていた。

「飛ばしていいぞ」

「は、はいっ」

 事も無げに言われ、飛ばす瞬間が少しずれたが、勢いをつけてやれば風を巻き上げて、あっという間にその姿を消してしまった。

「しかし、呱々慧と秋牙の二匹が逝くとはな……しばらくは無理か」

 誰に向けた言葉でもなかったんだろうが、傍に居たから聞こえてしまった。

「見張りは一組で良い。茂、お前達は引き上げていい。十斗、後で話しがある。時間が出来たなら珀慧を寄こせ」

 気落ちした声は直ぐに消えて、頭領として率いる者の声だったのにな。

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