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伊那依(4)ひとひらおち

「周りを良く見て」

 促された声と共に、いつの間にか草刈殿に渡されていた松明の明かりが、周囲を照らしていた。

 明かりによって影を濃くしたのは、人の骸だった。

 引き裂かれ、潰され……そのどれもが無残な状態で、正視するには耐えられず、視線を草刈殿へ逸らし向けていた。

「北の后守たちよ」

 恐らく、互いに青い顔をしていただろう。草刈殿の言葉に目を伏せ、短く祈る。

「坊ちゃん、結!」

 叫ばれた声に、咄嗟にオレ達は動けなかった。

 オオトカゲの千切れ跳んだ尻尾が、地面に落ちると同時に、頭を生やし此方に襲い掛かって来ていた。

 これは、避けきれないかっ。

「冬臥君!」

「ぐっ……」

 飛び掛ってくる一瞬、草刈殿の上に倒れ来みどうにか躱すが、背中に熱く酷い痛みを覚えた。

 だが、そのまま蹲っている余裕は無い。

 立ち上がり、白雛を構え、地面を蹴りつけた。

「破ァッ!」

 抜刀と共に横薙ぎに払い、方向を変えようとしていたオオトカゲの足を斬り飛ばす。

 四肢の平行感を失くし、ドッと倒れたが尻尾を大きく振りつけ、残った足で再び、今度は赤い大口を開けて迫ってきた。

 その開かれた口から、駆け上るように広がった血の臭いと腐臭に、思わず顔を顰め、返す刀でその口を斬りつけた。

「何という……」

 斬ったはずなのに、躊躇うことも無く尚、オレ達を喰らおうと突進してくる恐ろしい生命力に、冷たいものが駆けたのを感じた。

「こんのぉっ!」

 後ろから聞こえた声に、草刈殿が手にしていた松明を、その大口の中に放り投げた。

 見事な直線を描き、オオトカゲの口が閉じられると、じゅっという音と共に辺りがまた闇に沈んだ。

「結ぃッ!」

「あ……ごめんっ!」

 十重殿の怒声に、それ以上の声は掛けられなかった。

 唯一の光源であったが、口の中を焼かれ、悶えるオオトカゲの隙を突く。

 体をのた打ち回らせ上を向いた一瞬、がら空きになった喉を目掛けて袈裟斬に振り抜いた。

「ひぃッ!」

 剣線を走らせた先から、男の慄く声が聞こえた。

 だが、今はそれに構う余裕もなく再度、オオトカゲに向き直る。

「い、やじゃ、嫌じゃ! おれは、母ちゃんとこに帰るんじゃッ!」

 震えながら叫び、取り乱したまま投げつけられる砂や石が、オレにも容赦なく降り注ぐ。

 怪我人が居るというのが、これほどにやり難いものとは。

「冬臥君、避けて!」

 正面から草刈殿が風を纏い、駆け抜けてくる。

 足に纏う風で、オオトカゲの体を踏むように駆ける草刈殿にあわせて、風の刃がオオトカゲの体を切り刻む。

 痛みと異物を払おうと尻尾で暴れ、オレはその尾を受け止めきれず、跳ね飛ばされた。

 そして草刈殿は生まれた一瞬を利用して、そのまま前に跳躍した。

「草刈殿!」

 鋭い嘶きの声と共に秋牙がまるで、男を挟み草刈殿を正面から狙うように急降下してきた。

「せぇえいやああっ!」

「いやじゃああ、死にとうなあああいっ!」

 男の叫んだ声に、オオトカゲの体から飛針が無数に打ち上げられていた。

「結!」

「結さん!」

 叫ばれた声に、闇の中で鮮血が舞った。

 側に居たから見えていた。

 躊躇うように蹴りつけるはずの速度が鈍ったのが。同時に、秋牙が両の翼を大きく開き、伸ばした足で男の顔を引っかきつけようとしていた。

 なのに、落ちた飛針に貫かれて止まっていた。

「草刈殿!」

 我に返り、近づこうとしたが、地面に打ち付けられた飛針がその行く手を阻んでいた。

 男とオレ達の間に広がった飛針の黒い床の上に、草刈殿と秋牙が縫い付けられ、それ以上進めない。

 十重殿たちに窺う余裕なんて無く、草刈殿たちの側に行く為の道を探そうとした時、背後で、閃光が今までになく弾けた。

 閃光の光で飛針の一部が消え失せ、重たい音を立てて、彼女達の体が地面に跳ねた。

 叫びたかった。けれど、十重殿たちが並び立ち、息を潜めたのが分かって唇を噛んで堪えた。 

「な、なんなんじゃ! お前らは!」

 男が後退り悲鳴を上げれば、そう遠く無い場所で何かが動いた。

「坊ちゃん、伊那依はあの男だ」

「…………」

「結さんを、彼らのようにしないであげてください」

「はい」

 十重殿の言葉に項垂れる様に頷き返し、古竹さんの言葉にようやく声を出せた。


     人の皮を被り人を喰らうが荒神。

 分かってないッ! お前はどれだけそんな人間を見てきたッ!

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