伊那依(2)追跡
秋牙の姿が見えた時、古竹さんは一人、少し下がった場所で鷹を迎えた。
「はい。行きましょう」
「そうだな。大分、時間を喰ってしまったしな」
結局、合流するはずの北の后守達の姿も、連絡用の鳥も訪れなかった。
それぞれ慎重を重ねながら、村に近づき途中で、秋牙を斥候で放した。
月明かりは十分にある。秋牙はかなり高い上空で村の全てを眺めながら、旋回しているようだ。
それに、ここは町中のように家々が近くに固まっているわけではなく、更に先の土地もこの村の所有地らしく、踏みしめ固められた道がしっかりと続いている。
明るい場所で見れば、畑か何か見えたかも知れないが、途中にあったのは井戸と、壊れかけた大八車だ。
「十重さん。他の情報もっとないの。逃げたってだけじゃ、此処か分からないと思うんだけど」
「古竹。頼む」
「はいはい。では私が代わりに」
一人歩く速度を上げて、オレ達から距離を開けた十重殿に代わって、古竹さんが横に並び歩く。
「この村より北西と北東は何があるか、まず考えてみてください」
古竹さんからにこっと笑う様に声を掛けられ、草刈殿は一瞬悩む表情を見せたので、つっと視線がオレに向けられてきた。
「北西は雪稜山地。北東はクネン湖がありますが」
「流石は冬臥さんですね。その通りです」
頷いて頂いたが、逆にオレも草刈殿と同じように首を捻ってしまった。
その両方の土地ともに、ここからは遙かに遠い場所にある。
逃げたのなら、遠くに逃げる方が安全だと思うのだが、違うのだろうか。
「実はですね、雪稜山地は蓬莱山同様に、人の勘を狂わせる土地なんですよ。また、クネン湖は邦前神の土地とされ、荒神を喰らうともさえ謂われるモノが居るそうなんですよ」
「つまり……」
「人の住まわぬ遠くの土地より、近くで負の感情を高められる土地の方が、断然いいじゃないですか」
「古竹さんコワッ!」
草刈殿の言葉に思わず頷きかけた。
穏やかな表情で、不吉な事を言い放つのだから……この方も中々侮り難しだ。
「おい。秋牙が何か見つけたようだ」
先を歩いていた十重殿に促され、空を旋回する秋牙の姿を追った。かと思えば、秋牙が急降下して山陰に隠れ、再び飛び出してきた。
「妖でしょうか」
全員が速度を上げて秋牙の後を追い、深い山道の中へ踏み込んだ。
先ほどまでの道とは違う、道なき道。
背の高い針葉樹の陰に、秋牙の姿を時折、見失いかけたが、そこは古竹さんが誘導してくれた。
「みなさん、気をつけて下さい」
ここに来て、始めて穏やかさを潜めた声で古竹さんが、音に注意を払い始めた。
一度足を止め、慎重に二手に分かれる。
十重殿と草刈殿。オレと古竹さん。
それぞれが左右に分かれ、秋牙を中心にしながら距離をとり、妖を探す。
「冬臥さん。気をつけて下さい。どうやら、囲まれているようですよ」
「はい」
どんな相手か分からないが、白雛に手を添えた
耳を澄ませば虫の声も潜み始め、耳が痛くなりそうな静けさがあった。
何処から来るか分からない、この瞬間が一番緊張する。
葉の擦れる音に、風を切る異音が混じった。
急降下してきた秋牙だ。地面をすれすれに足を伸ばし、獲物を掴み、再び空に上がった。
「見えましたか」
「蜥蜴、でしょうか」
あまりにも早く視界から消え失せたせいで、自信は無かったが、秋牙の足に捕まれていたのは、大降りの枝ほどある胴体を持つ蜥蜴の様に見えた。
「恐らくそうでしょう。来ますよ」
仲間を一匹捕らえられたのを見たせいか、周りを囲うように紅く光る瞳が増えていた。
「タチトカゲですね。行きますよっ」
オレの向く方向と反対側に、古竹さんが光玉を投げ放った。
暗闇に慣れた目に、一瞬だけ昼間のように明るく、辺りが照らしだされる。初めて遭った時の妖は、一体一体が小さく力の無いモノだったから、光球一つでも大分効力を発揮していたが、タチトカゲは其の大きさも全て比較にならない。
明かりによって悲鳴が上がり、古竹さんに向かい飛び掛ってくる。
その一瞬で、オレ達は立ち位置を変え、白雛を抜き放った。
手に重量感、とタチトカゲの体を裂いた感触が伝わってくる。
対妖用に、白雛には輝政殿が得意と言う破邪の咒が掛けられている。
一振りで二匹。体を泣き別れさせたが、半身切れた状態でもタチトカゲは更に、両手で這うように近づいてくるが、オレたちは構うことなく、他の健在のタチトカゲたちを斬る。
「冬臥さん」
背中で聞こえた古竹さんの声に続いてまた、閃光が辺りを覆う。
再び背後と入れ替わり、刀を振るう。
「っああああああぁぁぁぁぁっ!」
突然聞こえた悲鳴に、目の前に飛び掛ってきたタチトカゲを斬り損ねた。
体に張り付かれ、頬に噛み付かれた鋭い痛みを感じた。
「冬臥さんッ」
古竹さんの声に続き、タチトカゲの耳障りな悲鳴を間近で聞いて顔を顰めたが、頬を食い千切られるより数倍マシだった。
「古竹さん、今の悲鳴はッ」
タチトカゲの姿が確実に減ったのを確かめ、聞いてみる。
「分かりません。十重さん達と合流しましょう!」
「分かりました」
オレ自身の分の光玉を使用し、目の前にいるタチトカゲたちへ投げつけた。
動きが鈍くなったのを見逃さず、白雛を走らせ、数を減らすのも忘れない。
十重殿たちとの合流にはやはり、秋牙の案内で合流した。
「皆さん、大丈夫ですかッ」
「古竹ッ。坊ちゃん、無事でしたか!」
互いに姿を確かめて、声を掛け合う。
「うわぁ、イタそー。大丈夫なの?」
「ええ。それより、先ほどの悲鳴は一体……」
痛む頬を手拭で擦り尋ねれば、草刈殿が血止めの薬取り出して塗りつけてくれた。
「冬臥さん、上から秋牙の位置を、確認してもらっても良いですか」
手当てを待ってくれていたのか、古竹さんに言われ、オレは頷いて登りやすそうな木を見定めた。
「十重殿。あちらの樹にお願いします」
この辺りの樹のほとんどが背の高い樹ばかり。単純に登るにも足場が居る。
「坊ちゃん、気をつけて」
「はい」
「どっせい!」
いくらかの距離を助走つけて、身構えていた十重殿の両手を足場に、高く放り投げられる。
其の中の一本。周りの樹よりまだ歳若い樹の枝を足掛かりに登り、その更に上を目指す。
途中で若い樹の枝では頼りなくなり、其の隣の樹に移り、枝葉の切れ目が大きくなるその場所まで一気に登った。
空が近くなり、地面が遠い。うっかり落ちたら死ねるような高さで、平衡感覚を失わないように気をつけて、周囲を見回した。
秋牙の黒い影が、悲鳴のあったらしい位置で旋回していた。
「だ、れか! だれ、があああッ!」
再び上がった悲鳴に秋牙が旋回をやめ、あらぬ方向へ向かった。
悲鳴のお陰と言うのもあれだが、その場所には微かな明かりがあった。
松明のようなハッキリした明かりではないが、微かに橙色の淡く揺れる光が見えた。
其の位置と方向。距離を測り、慎重に地面へ戻った。
「坊ちゃん、如何でしたか」
「少し遠いですが、明かりが見えました」
「秋牙の姿が見えなくなってしまいましたね」
「はい。先ほどの悲鳴に、更に西へ行きました」
見たままの事を伝えれば、古竹さんは頷いただけだった。
「みなさん。行きましょう」
「ああ」
促された声に応じた声。その両方が酷く、硬いものだった。
オレと草刈殿も無言で応じ、十重殿に並ぶように前列を走った。




