慟哭纏い ―裾影の一端―
その日の夕餉時、大和の部屋に灯里様が訪れた。
「あれぇ、じゅっとだ」
「ええ。今日はお屋敷の部屋を、お借りいたしまして」
不思議そうな表情を浮かべていた灯里様に、挨拶と共に簡単に告げた。
「じゃあ、じゅっときょうは、にいさまといっしょなの?」
「そうなるかな。灯里、今日はごめんね。本読むのはまた、明日でも良いかな。少し十斗と話しがあるから」
「えぇっ……」
「申し訳ありません、灯里様」
手にしていた本が灯里様の用件を物語っていた。しかし、大和は部屋に入ろうとしていた灯里様を制して珍しく、侍女を呼び、連れて帰らせた。
「良いのか」
「丁度いい機会だから、君と少し、話しをしたかったんだ」
「オレは構わないが、夜稽古ももう直ぐじゃなかったのか」
「紀代隆には曉さんの方に行ってもらってる。噂話程度じゃ詳しいこと分からないし、お見舞い兼ねて頼んだよ。ついでに、体調が芳しくないって言うのもつけて置いた」
「人払い済みと言うことか」
些か穏やかじゃないが、それは言わず、食事の終わった膳を下げて、オレの部屋でと言う事になったので、茶の用意をして部屋に戻った。
部屋の荷物は実家に殆ど持ち帰ったから、あるのは侍女たちが用意してくれた布団くらいだったが、やはり見る景色は懐かしい。
「ありがとう」
用意した茶を渡して、互いに向き合うように座り直す。
「話しは以前預かった件の事。覚えてるよね?」
「灯里を誘拐しようとした男共の件だな」
瞳に混じる紅い影を見つめながら、オレは忘れてなど居ないと言う風に、即座に返した。
「翁に頼んで、少し情報を集めてもらって置いた」
「そうか、面倒を掛けた」
何時の間に頼んでおいたのか、それも驚いたが自分で調べられなかった事が、申し訳なかった。
「君の側には紀代隆か、もしくは他の后守が居るからね。元から下手に動けないのなんか織り込み済みだよ」
「それでも、オレは何も出来ていなかった。それが事実だ」
「言っちゃ悪いけど、そう言う意味では、君は良い囮になっていたよ。君が外に居る間、僕の方へ向けられる監視の目は薄かったみたいだから」
含んで笑う大和だったが、袖口から鶴に折られた折紙を取り出した。
零しながら、折鶴を掌に乗せたまま目を閉じた。
「翁の式紙だよ」
そう言って、ふわりと折鶴がオレの前へ飛んできて、独りでに解けた。
「翁には山を逃げた男達の行方を調べてもらったよ。荒神に喰われたのなら、妖となった可能性が高かったからね」
「拝見する」
読み落しの無いように、少しばかりゆっくりと読み進めた内容は、云われた通りのものだった。
灯里の略取未遂の一件に関わった男達は、あの場でほぼ死亡し、妖に堕ちた骸もあった。
では、あの時……神社で遭った男達は何故に、オレを知っていたのか。
其の疑問はひどく簡単に解けた。
「哭纏。それが、あいつらの一派と言うことらしいよ」
読み終えたのを見計らっての一言は、底冷えするほど冷たいものだった。
「そうか」
「灯里をかどわかそうとするなんて、身の程知らずも良いところだよ」
「大和。落ち着け」
あの時の怒りを再燃させかけていた大和を見て、逆に落ち着いていた。
だからか、余計に鮮明に思い出していた。
裏山での一件と神社での一件。
共通する点は“哭纏”と言うならず者集団。いや、もう一つあったな。
金の為に、人を売ることに躊躇いを持たない連中。
「オレが勝手をするにはまだ、目は厳しいと思うか」
向き合えば、予想通り、苛烈な鮮血色を浮かべていた大和の姿があった。
そのせいか、問い掛けに答えが返って来るまで、かなりの間があった。
「多分ね。正直に言えば、今だって誰かが、僕たちを監視しているかも知れない。君は、僕にとっても厄介な人を敵に回してくれたからね」
ふっと笑みを向けられ、思い浮かんだのは、頭領だった。
あの人は、大和の中にあるモノを知っている。そして、お館様――綾之峰様の命があれば、躊躇わず其の刃を振り抜くだろう。
「あの人の耳の早さは異常な上、それを繰る術はオレが持ち合わせない物だからな」
「其の術を授かってから、反抗すればよかったのに」
「それを言うな」
嫌な笑みに浮かべ変え、言われ、緩く首を振るしか出来なかった。
まあ、其の術を授かれたとしても、活用する腕に自信は無いがな。
「でも気にはなるよね。翁が調べられたくらいだから、曉さんや父上が知らないわけが無いと思うんだけどね……」
不満気に途切れた言葉に、口を付けていた湯飲みを少し離して置いた。
「何もしていない可能性がある」
神社での一件は正月の最中だった。それからどれだけ日が経ったか。
其の上で紀代隆様は何も教えてくれる素振りは無いし、それをただ待つだけはしたくなかった。
影担いの勤めの間にも、尋ねた事はあったが、全てはぐらかされていた気がする。
「何、それ……」
再び低くなった大和の声に、オレは気圧されぬ様に息を整える。
「可能性の話だ。あの時の夜、紀代隆様や頭領を問い詰めたが“知る必要は無い”と云われ、オレの身を案じての事だとも云われた。一つの物事に囚われ過ぎるなともな。
だが、今日こうして話をしていて思う。仮にも新たな名前を授かったにも拘らず、頭領からは、一切、其の話が触れられなかった。だから、お館様たちの中で其の件は既に片付いたか、何もしていないと思うわけだ」
「そう。どちらにしても家捜ししてみるかな」
「ならオレはその哭纏という奴らを調べよう。時間は掛かるかも知れんがな」
「それでもお願いするよ」
茶を高く、煽るように飲み干して、畳の上に置かれた。
「ねえ、十斗……ずっと考えてた事があるんだけどさ」
前置きをしながら、茶の代わりを催促してきたので応じて、湯飲みに注ぐ。
「僕たちがこのまま大人になれるのなら、父上たちとは違う伝を持たないとダメだと思うんだ」
「そうかも知れないな」
考えたことも無かったが、確かに今のままなら頭領たちの元に動く者達しかいない。
今は肩を並べさせて貰えているが、時として相対する事になるだろう。
「君達のように大掛かりなモノじゃなくて良いから、こういう様な事態のときに、情報を集められるようにしたい。
何も知らず、誰が味方なのかも分からないまま、殺されたくないし」
「確かにな。苦手だが、情報を統べる技を学ぶようにしよう。ただ、どれほどの時間が掛かるかも分からんからな」
「上等。僕も言い出したからには、やるよ。だからその分、君も気をつけてね。僕は僕に敵対するモノも、容赦する気無いから」
「仕留めに掛かって勘違いだった。なんて事はしないでくれよ」
冗談めかして釘を刺しておく。
「まあ、そんな事に成らない様に祈っておいて」
笑い方が少しだけ変わったように見えた。
相も変わらず他人に向ける笑みは人形のように綺麗だが、時折、灯里のように綻ばせる。
兄妹で笑い方が似てきた気がした。




