線の悔
「ねえ、十斗。少しの間また、屋敷に戻って来る気無い」
二日振りのお役目として、稽古以外で大和の部屋を訪れていた時、出し抜けに言われた。
今日は灯里様と共に、新しい着物を拵える為、馴染みの呉服店の方が見えられるまでの間、今までの物と見比べたいと言うので、仕舞っていた着物を含め、引っ張り出している最中だ。
「一体どういう風の吹き回しだ」
「偶然、父上と曉さんの話しを聞いてさ。どうせ君の事だから、家にいても居心地悪いんじゃないの」
「否定はしない。だが、琴世様から勉強を教えてもらうにはやはり、家が一番楽だ」
「ほら、そうやって頑なな線を引く。僕からしたら、相当痛ましいとしか見えないんだよ……血の繋がった親子なのに、一方が拒絶してる。そういう風にしか見えないよ」
「悪いが、幾ら主殿と云えど此方の事情だ。立ち入られたくない」
「あの日以来、まともに曉さんに会って無いんでしょ」
着物を見ながらも遠慮なく踏み込んで来た大和に、オレは……悪いが本当に、溜息をついて拒絶を表した。
「どう思おうと踏み込むよ。だって君、曉さんが今療養中って事も知らないでしょ」
大和の棘の含んだ視線に、天袋に入れていた行李を掴み損ね落した。
「やっぱりね。曉さんが君に遠慮して、家に戻らず町中を転々としてるのを聞いたんだよ。怪我が治るまでの間、家で休ませてあげなよ。部屋なら、前の場所、そのまま空いてるから」
影担いとしての役目の最中でも、頭領に会うことは確かに無かった。
殆ど、鷹か紀代隆様を通して、情報のやり取りなどしていた。
一体いつから……
「父上にはもう話は通してあるから。君が来るなら、今からでも紀代隆が曉さんを家に連れて帰れる」
「……わかった。悪いが甘えさせてもらう」
先に線を引いたのはオレだ。それ故に、指摘された事が悔しいと思ってしまったし、気が付かなかった自分に苛立ちを覚えていた。
元々、頭領が町中を転々と渡り歩くのは知っていたが、母上まで知らせていないのか。それとも母上にも気を使わせてしまっているのか……多分、気を使わせているんだろうな。
「十斗。その位で良いよ。これ以上は流石に、片付けるのも面倒になりそうだ」
「そうか」
一部屋ほぼ埋め尽くした着物に、流石に大和が制止の声をかけて来た。
互いにそれ以上、今の件には触れなかった。
「見事に渋い色で揃ってるな」
「十斗だって似たような物じゃない」
「想像してみろ。オレが赤とか黄色とか似合う柄か」
「うん。納得した」
一瞬だけ笑いのツボに入りかけたようだったが、堪えて頷くだけになった。
「どうしようかなぁ」
「大体の色は、揃ってはいるんだがな」
一応、季節に応じて使える程度に色は揃っているが、侍女たちには「後四十年くらい経った後になら、今の色がお似合いになるのに」と、言われている。
「晴れの席に出ることも増えるのだろうから、それを踏まえて頼んでおけよ」
「あぁ……それもあったね。灯里のを選ぶのなら楽しいのに」
「何を着ても似合うのだから、良いのではないのか」
「分かって無いね。女の子が綺麗に着飾る姿を見て褒めるのも一つだけど、たまには選んで、ちょっとだけ口を出すのも楽しいんだよ」
「オレには一生縁が無さそうだな」
返しながら、除外されていく着物を夏冬に分けて置いていく。
幾つかの着物は、羽織と組み合わせて考えるために、また羽織だけを引っ張り出す。
「とりあえず、これに合うのを探してもらおう」
「分かった。先に運んでおこう」
今回は、薄く緑がかった藍色羽織に合わせるという事に、決まったようだ。
広げたままの着物の幾つかだけ、足の踏み場を確保する意味で先に畳み、避けておく。
来客用の部屋に向かえば、みちる殿が先にいた。
「失礼いたします」
「后守殿。こちらに若様の衣紋掛を用意してありますので、どうぞお使いください」
「恐れ入ります」
灯里はやはり、その場で比べながら選ぶようだな。
先に運ばれていた行李が、部屋の隅に置いてあった。
その隣に、みちる殿が示した衣紋掛があった。それに、持って着た羽織を通し吊るす。
「若様はまた、その様なお色でお作りになられるのですか」
「一応、此方に合う物で作り願うそうですよ」
「左様でございますか。もう少し、明るいお色も揃えられるようにお伝えくださいませ」
みちる殿にまで言われてしまった。
他の侍女たちからも言われていたが、普段言われない方から言われるのは中々、感慨深く受け止めざるを得ないな。
用意を終え、大和の部屋に戻り片付け始めた折に、呉服店の方々が反物を運び入れ始めた音が聞こえた。
「来たみたいだね。此処でいいから片付け頼むよ」
「ああ。わかった。あ! お館様が居られるのなら、ご挨拶に伺いたい」
「今なら居ると思うよ。先に行くなら付き合うよ」
「すまん」
再び片付けを一時中断し、先を行く大和の後に着いて行った。
許可を受けお館様の部屋に入り、入れ違いになるように大和が退出した。
「して、今日は何用だ」
大和から用件は聞いているはずなのに、敢えてオレから言わせようとする。
言わずに済む様な甘えを与えず、自ら、進んで立った位置を確かめさせられる。
「はい。私事で大変恐縮ではございますが、数日のうち、以前の部屋をお借りいたしたく願いに参りました」
「それは構わぬが、理由は如何様なものだ。それによっては琴世に知らせるにも申し訳立たぬ。言ってみろ」
「お恥ずかしながら、父、曉と些か袂違えを致しまして、お勤めの最中に怪我をしたにも拘らず、一度も母の元に戻っておりません。原因となったオレが居て戻らぬ理由とするなら、一度家を離れたく本日願いに参りました」
言わなければならないのなら、思い切って言ってしまった方がいい。
しかし、改めて言わされると恥じ入り、身体が硬くなる。
「そうか。曉は一度も戻って居らんのだな」
「はい。オレが家に居た限り、その様な気配は一度も」
お館様が、初めて苦渋の表情を見せた。
「全く、お前達親子は揃いも揃って……」
深い溜息を吐き、零された言葉を隠す事なく、承知の旨を告げてもらえた。
「冬臥。今回は双也からの口添えもあり部屋はあるが、これから先も、同じように曉から逃げ回るのか」
「いいえ。その様なつもりはございませんが、これを機に、実家を出ることも考えております。夜分の勤めが増えた今、双也やお館様のご好意に甘え過ぎるわけにも参りません。
ただ、今回は知らなかった事とはいえ、このようにお二方や他の方々へご迷惑をお掛けしてしまうこと、深く反省しております」
「よい。今後、必要な時があれば直接用向きを告げに来い」
「ありがとうございます」




