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連稽古 応需

 素早く、勢いのある正拳を受け払おうとしたが、その一撃が重たく、足が一瞬浮いて胸元に拳が迫った。

 ならばと、その一打は捨て床に着いた足で蹴り払いに掛かる。

 足元を疎かにしていた訳ではなかったのだろうが、簡単に入った一蹴で、揺れた上体に更に、追撃の回し蹴りの要領で振り下ろし、それで一打取り返す。

 襟を取るか取られるかの攻防もあり、指先に引っかかった袖を基点に巻きつくように懐に入り込み、背中で押し、倒れこむようにもう一打。

 上がる息を少しでも宥めつつ、最後の方とはどれくらい、互いに一打も取れずに睨み合っていたか。

 時間制限もないから余計に、身体が重たくなったのを感じる。

「破ッ!」

 先を仕掛けるのは得意ではないが、睨み合いを続けていても仕方ない。

 構えている腕を取りに仕掛けたが、相手は落ち着いて躱して、手首を掴まえられた。

 振り払えない。半端な掴み方をされていない証拠だ。

 掴まえられた手を持ち上げられ、そこからが早かった。引っ張り上げられ完全に宙を舞い、受身を取る。

 強いな。

 再びの膠着状態。互いに互いを躱して、取れそうな一瞬も見事に外される。

 上手い誘いに思わず手が出る。気がつく前に反射的に弾くが、袖を取られたが先ほどより甘かった。

 外せる。そう思った時、足元に違和感を覚えた。

 気が逸れたのを見逃すはずもなく、改めて腕を取られた。

 首から押さえられまた一つ取られた。

「最後ですから、直してください」

 起き上がり際に言われた言葉に、無言で頭を下げた。

 胴衣をもう一度整え直し、位置につく。

 一打も取れずに終わるのは……悔しいな。

「最後。お願いいたします」

 ゆっくりと言葉に出しながら、呼吸を整え、構える。

 間合いを互いに探り合う。腕を払いあい、時折、足元での攻防。

 何度か繰り返すが、相手から仕掛けてくるのは悪まで、誘いの隙を見せるだけ。

 こちらの誘いは全く見向きもしない、完全に待ちの構えという事か。

 なら、仕掛けるまでか。

 正面よりも、やや左側寄りに手刀を振り下ろし、止める。

 完全な誘いに、乗ってくれた。

 掴みかけた手を取り、背中から回りこみ、押し倒すように投げ飛ばしたかった。

 しかし踏み堪えられて、完全に軸を崩された。そう気がついた時には足元を刈り取られ、天井を仰いでいた。

「そこまで!」

 師の終了の合図に、互いに位置に戻り深く頭を下げた。

 くそっ、最後は見事に負けた。

「ありがとうございました」

 純粋に悔しいとしか思えなかった。

 完全に待ちに徹すると言う相手は初めてだったのもあるが、緩急の付け方が上手かった。

「中々に危うい仕掛け方をしたな」

 師の下に付けば開口一番で指摘された。だからと言って、咎められている訳ではないのはその口調で分かる。

「完全に待ちの相手と言うのは初めてでした。物凄く、やり難い方でした」

「冬臥さんすげー! カナデねーちゃん以外、全員から一打取ってたよ!」

「久弥」

 師の嗜める声よりも何よりも、上遠の言葉を反芻して首を傾げた。

「ああ。最後、お前の相手をしたのは同じ師範代の時川カナデだ。彼女がほぼ、この道場の面倒を見てくれている」

「あれ、冬臥さん?」

「ちゃんと覚えて、礼を言っておけよ」

「紀代隆師範代。冬臥さん固まってるようにしか見えないんだけど?」


 以前リコ殿に対しても強いと思ったが、こんな身近な所でこうも強い女性に出会うとは思わなかった。

「なんだ、落ち込んでいるのか」

「いえ、それは無いですが」

 他の練習に参加させてもらいながら、師から、からかうように言われた。

「冬臥さーん、そっちばっかでずるい! こっちも教えて下さい!」

 連続稽古の反省会と言った具合に、問われた返し方を説明していた最中に、遠慮の無い上遠の声が上がった。

「久弥。あんた、自分じゃ不満ってわけね」

「カナデねーちゃんには、いつでも聞けるから、良いんだって」

「だから、ねーちゃんって言うな」

 不機嫌そうに言う声音に、何か引っかかりを覚えた。

「なー、冬臥さん。いいだろー」

 余りに遠慮の無い言い方に、周囲の方がざわめきを覚えていた。

 仕方ないか。

 師と共に今話をしていた方へ中座の挨拶を交わし、上遠の方へ向かった。

「ほら、冬臥さんも平気みたいだよ」

 上機嫌で言う上遠だったが、オレは時川殿に向き頭を下げた。

 話しの横から手を出す。そういう意味を込めてだ。

 其れを解してくれたのか、時川殿は胸の前で組んでいた手先だけで「どうぞ」と示してくれた。

「上遠。仮にも教えを請う相手に、そのような振る舞いで良いと思っているのか」

「え……でも、昨日、良いって言ってくれたよね」

「言いはしたが、それは悪まで教える立場にも無かったからだ。しかし、時川殿は違う。師範代としてお前に術を授けられているお方だ。そのような方にまで、その振る舞いを続けるのであれば、到底、オレはお前の申し出を受け入れるわけには行かない」

 見る間に表情を曇らせて俯いてしまうが、引くべき線は引いて置かなければならない。

「后守さん。それ以上、久弥を……上遠を叱らないでやって下さい」

「冬臥で構いません。ですが、先日、上遠は自らオレに教えを乞いに来ました。苦手なのは構いませんが、努力を怠るのであれば、それは問題外です」

 それに、道場のみならずで付いてくる気なら、この有様で大和やお館様に会わせられない。

 仲裁に入った時川殿だったが、その言葉に何度か頷いた。

「なるほど。そう言う事ならその通りだわ。冬臥さん、お手数お掛け致しました。でも、そう言う事情なら、完全に火が付いたと思いますよ。この子、かなりしつこいから気をつけて下さい」

 不敵に笑った時川殿の表情は、大和と対照的で男性然としている。

 強い笑みだが、ふっと興味が失せたように表情が消えた。

「どうせだから、ついでに見て行ってあげて下さい。ちょっと紀代さん借りますね」

 ふいっと振られた手と、此方の意も問わず、言われた言葉に、ふと思い出した。

 時川殿とは大和の披露目式で、屋敷で会っている。

 まあ、顔も合わせずにいたのを、会っていると言うのかどうかは、些か疑問ではあるが。

「冬臥さん」

 上目遣いに窺う上遠に目を向け直せば、落ち込んでいた風情は何処に消えたのか。

 これがつい今し方言われた“火が付いた状態”と言うことか。

「おれ、ちゃんと頑張れば……じゃない、努力すれば宜しいんでしょうか!」

「何度も言うが、オレはそんなに、人に上手く教えられる技量は無い。それでも良いなら……考慮させてもらおう」

「いよっしゃぁ! それでも良いです、おれ、頑張ります!」

 真っ直ぐに喜ぶ上遠に、打算を含めて折れた自分自身が少し後ろめたい。

 ともかく、中座してしまった方の元に戻れば、いつもの事だと言われた。

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