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道場

 紀代隆様が道場に行くと言う日に併せ、オレも同行させてもらった。

 刀披露目で訪れて以来、初めてだ。

 紀代隆様が指導する日は決まっていて、事前に言ったから今日は門下生の殆どが来ているはずだと言う。

 ただ、紀代隆様が訪れる時間は、稽古開始時刻より遅い。お役目でオレや大和の稽古の後に来るのだから、当然そうなってしまう。

 今日も既に稽古は始まっており、威勢の良い声があちこちから上がっている。

「一同やめ!」

 よく通る師の声に、皆が一様に構えを解いてこちらに注視する。

「あーっ! 冬臥さんだ!」

「久弥。礼はしたのか」

 一瞬起こったざわめきも、上遠の声で静まり、師の声に慌てて、上遠は対戦相手に礼を向けていた。

「披露目式に参加した者なら知っているだろうが、師範のご子息、后守冬臥だ。今までお役目の為、あまり道場に来れなかったが、これから時を見てお前たちに稽古を付けてくれる」

 その言葉に驚いたのは、他の誰でもないオレだ。

 これは、間違いなく頭領の手回しがあったはず。引き攣りかける表情を崩さぬようにしながら、盗み見れば笑う視線と合った。

「俺と師範の仕込み済みだ。生半なやっかみで組めば怪我をするからな。気をつけろよ」

「師匠っ」

 何という紹介だ。思わず声を上げてしまったが、一様に緊張した面持ちが見て取れる。

「些か、不本意な紹介をされましたが、稽古を付けに訪れた訳ではございません。皆様方同様、そして皆様方から稽古を付けて頂きたく参りました。どうか、よろしくお願い致します」

 挨拶で、紹介を何処まで修正できたかは分からないが、良いだろう。

「冬臥、今日はどうする。見て行くだけにするか、それともやって行くか」

「紀代隆師範代! おれ、冬臥さんと組みたいです!」

 道場の後ろの方にいたはずの上遠が、こちらの空気を読んだのか、会話の切れ目を突くように手と声を大きく上げた。

「と、言っているがどうする」

 短く小声で聞かれ、オレは首を横に振った。

「どなたか、近い人と手合わせしてみたいです」

 折角なのだから、体躯や技量が近い人と組んでみたい。そう云う正直な気持ちだった。

「なら折角だ。連続稽古を行う! 元立ちは冬臥、有効三打で全員回せ」

 どちらかが有効打を三つ入れるか、入れられるか。元立ちがオレなのだから、オレは入れられたとしても、そのまま門下生全員を相手にする事になる。

「冬臥、着替えて来い」

「あ、案内しまーす!」

「……久弥。いくら冬臥でも、道場の中くらい把握している」

「あ、そっか」

「説明もまだ終わってはいない。少しは落ち着け」

 師の言葉に、上遠は恥ずかしげもなく、皆からの笑う声を受け、同じものを返していた。

 道場には女性の門下生も居る。尤も、他のお役目を持った女性の后守を示しているんだろうが、その為男女別に着替える部屋がある。

 しかし、普段訪れる時間帯が時間帯だから、ここまで見事に散らかっているのは、流石に初めて見たな。

 荷分け用に幾つか籠は置いてあるが、どれもこれも十人十色できっちり籠に収めているものも居れば、その辺に脱ぎ散らかして隅に寄せているだけの者もいる。

 とりあえず、着替えはさっさと済ませ自分の物は纏めて……隅に置いておこう。

 着替え終わり、改めて道場に戻れば、再びざわりとどよめき立った。

 何か可笑しな点でもあったのか? 一瞬過ぎった不安は、やはり上遠の屈託無い一言で解決した。

「あー、やっぱり紺帯に袴かぁ。いいなぁ。おれも早く茶帯でも良いから成りたいなぁ」

「そう言えば、道場については余り話していなかったな」

 上遠の一言を受け、師から簡単に説明を貰う。

 道場という事もあって、基本帯には“白、黄、茶、紺または鼠、黒”。袴には“白、紺、鼠、黒”。という具合に色がある。

 初心者は白帯から始まり、経験により色が濃くなっていく。白袴は規定は無いが、概ね有段者が演舞の際に着付けるため、練習では避ける傾向にある。

 それに袴は特定級取得者以上からで、色もそれに応じて区別しているらしい。

 正直言えば、道場の門下生と言うわけではなかったオレは、元からこの色だったし、披露目では式用に拵えた晴れ着だった。

 現在のところ黒帯黒袴は師範のみ。今のオレは、胴衣の色だけで言えば師範代の一つ下の段位者と同じと云うことらしい。

「まあ、先も言ったように生半なやっかみは捨ててやれ。冬臥、お前も遠慮しなくていいぞ」

 その言葉を受け、二十数名の前に立ち礼をする。

 最初に立つのは上遠よりも更に年下の子。白帯という事はまだ経験浅いという事か。

 手にした木刀を構える様は緊張より、高揚感も見て取れる。

「互いに礼! はじめ!」

「お願いしますっ」

 木刀を中段にしっかりと構え、開始の合図で威勢の良い声を上げて間合いを詰めてきた。

 有効三打だったな。

 こちらも挨拶を兼ねて行くか。もっとも身長差もあるし、余り高い位置で取るには可哀想か。

「では、失礼します」

 一刀目を躱して、低い体勢を作り速度を落として背負い、投げ飛ばす。

 手にした木刀を最後まで放さずいたのは、凄いな。

 残りも同じようにして、低い位置を取り、足を払い、背中から落したりとする。

 受身も綺麗で、灯里と比べても安心して仕掛けられる。

 続く二人目は礼もなく、緊張がありありと見えた。向かって来るのと同時に、先の子供と同じように一つ目を投げ飛ばし、残りの二打も同じく背中から着かせる。

 三人目は上遠だ。

 彼もまた木刀を持っているが、最初の二人よりも中々、堂に入っている。

「っしゃ! ねがいます!」

 礼代わりの気合の声に、上段か。

 普通の間合いよりも少し遠くても、飛び出せば、届く可能性が高いのが上段の利点。

 上遠はそれを良く分かっている。

 ほんの少し足を運び、一気に床を蹴って振り下ろしてきた。

 だが、意地が悪いと云われそうだが、着いた運び足を払い、前のめりに倒し一打。

「随分思い切りがいいな」

 正直な感想を伝え、二打目へ切り替える。

 構えを変えるかと思ったが変えずに上段。気合の入った眼は、先の二人とは比べ物にならない。

「っしゃぁっ!」

 同じく、少し遠い間合いから踏み込んでくる。

 今度はそれを反らし払い、体勢を立て直そうとしたところに、影からの一打。

 最後の三打目も上段。間合いは先ほどよりも詰めて来たが、逆に一打放つ瞬間がずれたらしい。

 最後は、先ほどの子達よりも高い位置だが、平気だろう。

 伸びた腕を軸にして投げ飛ばす。

「いってえ!」

 派手な音を立てていたが、受身もしっかり取っていた。

「あっざいます!」

 威勢の良い礼を聞いて、脇に下がれば、直ぐに正座をしてこちらを真っ直ぐ注視している。

 四人目も上遠と同じくらいの歳らしい。中段に構え、真っ直ぐに突きを狙ってきた。

 だが、最初の三人ほど真面目では無いようだな。構えも整っていない突きは簡単に芯がぶれる。

 躱して払い一打。悪いが、このまま連続で掛けさせてもらおう。

 二打目の構えを待ち、こちらから初めて仕掛けるために動く。慌てた様子を見ながら、肩を突き倒し背中から付かせるが、受身が甘く腰から落ちた。

 最後は先ほどと同じ、背負い投げ飛ばす。

 続く三人ほどは同じように木刀を持ち来たが、袴を着用した門下生からは空拳だった。

 なるほど。先の者達とは不利条件付きという訳か。そのまま続く数人は呆気ない程に取れてしまった。

 しかし、最後あたりの方達は流石としか言えない。

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