憧憬眼差し
大和の舞稽古の終わりより少し早く着き、覗き見ることが出来た。
男舞いより女舞いの方が似合うのは、気のせいじゃないだろう。
今日は男舞いの力強さを求められる舞を舞っていたが、他の踊り手と比べてしまうと迫力に欠けてしまう。
後はまあ、体つきの違いも否めないのだろうな。
終わりの号令に、途中からオレに気が付いていた大和が、そのままこちらにやってきた。
「随分早く来たよね」
「ああ。紀代隆様が外出中でな。久方ぶりに珀慧の訓練に行ってきた」
「そう。道理で良い顔してるわけだ」
「そうか? 確かに、朝よりは大分マシだと思うが」
「勉強嫌いは灯里だけで十分だよって話し」
「なるほど」
知らない知識を入れるのは嫌いではないが、偏りを見せているのは悟られている様だ。
「着替えてくるから待ってて。どうせなら一服してから帰ろう」
「分かった。門の外で待っている」
そう言って、先に門の外で待ちながら鷹舎のある空へ目を向ければ、鷹が何かを追っていたのか急旋回したのが見えた。
珀慧かどうかまでは遠すぎて分からないけど、ああいった訓練もしているんだろうな。
「あの、すみません」
「はい?」
空を見ていたせいで、声を掛けられた方向を定めきれず、探してしまった。
直ぐにその相手は見つかったが、子供というには余り歳が離れているようには見えない少年だった。
胴衣姿で手には荷袋を提げていた。短く刈り込んだ黒髪に大きな瞳がくるりと、オレを確かめるように動いた。
「后守冬臥さんだ……ですよね」
「そうですが、君は?」
「良かった! ボク、后守流護身術の門下生で上遠久弥って言います!」
「あぁ、道場の」
こんな少年と何か、接点があったかと疑問に思ったが直ぐに解決した。
「師範代から、良く迎えに来てるって聞い……あ、お伺いしたので」
「左様でしたか。して、オレに何か御用ですか」
慣れない敬語を止めるのも如何なものかと思い、敢えてそのまま受け流しておこう。
「えぇと、あの……敬語苦手なんで良いですか?」
「ええ、構いません。して、どのような御用でしょうか?」
人を待つ身としては、些か早くその用件を聞いて置いてしまいたかった。
余り険の立たないように気をつけながら、敢えて丁寧に質問を返した。
「冬臥さんは道場には来ないんですか? おれ、お披露目式で師範の無茶振りを成功させたの見て、それで教えてもらいたくって!」
「オレに?」
この子は一体何を言い出すんだと、かなり怪訝な表情を浮かべたのは間違いない。
「その気持ちは有り難いと思いますが。多数の人に教えられるほどオレはまだ技術が無い。今までのように師範たちに教えを頂くほうが余程身に付くと思いますよ」
「冬臥、お待たせって……誰、その子?」
「ああ。道場の門下生だ。先の披露目式に来ていてくれたようでな」
何気なく合流して、何気なく聞かれたので、何気なく返事をしたが、上遠と名乗った少年はじっと大和を見つめた。
「何かな?」
「お前こそ誰だよ。冬臥先生に馴れ馴れしいな!」
「それはお前だっ!」
先程と同じ台詞が頭をよぎった。この子は一体何を言い出すんだ!
突然の大声に、上遠も驚いたようにオレに目を向けてきて、大和は大和でそんな風に言われた事も無かっただろうから驚いて、ついでにいつの間にか先生と呼んでいた事にも驚いていたようだ。
「上遠と言ったな、こちらの方は御剣双也様だ。オレが仕える主だ」
「えぇっ! こんな女みたいなのが双也様! ウソだぁ……」
「口を慎め!」
「いいよ、素直な感想ありがとう」
怒る瞬間を逃して、苦笑するしかないといった風情の大和に、オレは肩を思い切り下げた。
「とりあえず、オレは君の先生なんぞなれん。言ったように、人に教えられるほどの技術も余裕も無い。キツイ指導が欲しいなら師範に声を掛けろ。遠慮なくしてくれるはずだ。行きましょう」
「えっ!」
一息で一気に言い切り、大和を促して歩き出した。
しかし歩き始めれば諦めるかとも思ったが……
「うん。あの子遠慮なく付いて来てるね」
「くそぉ、披露目の時に変な意地を張らず、断っておけばよかった」
「でも曉さんに言われたら、断れないでしょ?」
見透かされた言い方に言葉を詰まらせながら、寄りたかった茶屋の前を通り過ぎた。
「僕まで付き合わされるとはねぇ」
「だからと言って、あの子を隣に置いてゆっくり茶など飲めるか」
「うん。無理だね。一発で追い返す方法はあるけど、禁じ手って事でダメだしねぇ」
「当たり前だ。とりあえず巻いてくる。先に帰るなら、近くまでは行けるが」
「面白そうだから付き合うよ」
「面白がらないでくれ」
少しずつ歩く速度を上げていたが、割合普通についてくる。屋敷に入れば諦めるだろうが……かと言って、通る道を覚えられても困る。
人混みに紛れるか。
これが一番早くて確実だろう。
そう思って人の多い通りへ向かい始めた。沢山の店が立ち並ぶ店屋通り。
「普通なら途中で諦めそうだけど」
「純粋な教え子としてなら、優秀な分類に入るんだろうがな」
人通りの多い中、人を盾に盾にしながら、時折小道から大通りに戻った。
流石に少し走っていたが、中々諦めず、よく付いて来る。
「僕の方が先に息上がりそう」
疲れた表情を見せた大和は確かにもう、呼吸が乱れ始めていた。
「あれ、紀代隆じゃない?」
先の道にある酒屋から出てきたのは、確かに師だった。
「丁度良いや、僕はもう無理って事で。紀代隆!」
面白そうといっておきながら、声をかけて注意を引くと、そのまま走って近くへ行ってしまった。
「おや、双也様。冬臥もどうしたのですか?」
「師匠。恐れ入りますが事情は後ほど。双也をお願いします。失礼致します」
殆ど早口でまくし立て、二人から離れたら上遠は迷いを見せてからやはり、オレの方を追ってきた。
「もう少し本気で巻くか」
ちらりと見やれば、小走りで追いかけてきてた。
人混みの中で走り始めれば、何事かと振り返る人もいたが気にしてはいられない。
稽古だけのものなら、そんなに速さが大事とは思わなかったが、妖を本格的に相手にし始めれば、オレは足で切り抜ける方が良いらしいと覚えた。
体力の問題も有るが、傷を受けて何かあるよりずっとマシだ。
それ故に、遠くへ離れていく上遠の気配が完全に外れ、立ち止まった時は陽川神社の近くまで来ていた。
我ながら、ここまで走ってくる羽目になるとは思わなかったな。
少し、落ち着いてから屋敷に行こう。
走って、熱くなった体をゆっくりと木陰を歩いて冷ます。
どうせだと神社の手水所に立ち寄り、水を少し頂いて……少しばかり、驚いていた。
「追いついたー!」
膝に手を付いて荒い息のまま、叫ばれた。
「へへ、おれも足に自信あるんだよね!」
にかっと笑い、汗で濡れた鼻下を擦り上げて自慢げに言う。
「その元気さがあれば尚、オレより頭領に教えを請うべきだ……あの人は、オレよりもっと良い稽古を付けてくれるぞ」
「だって師範、滅多に来ないんだもん。それに、紀代隆師範代も同じで滅多に来ないし」
「オレは暇そうだと思ったか」
「そう言うわけじゃないよ! だって、師範が“教わりたければ声かけてみろ”って言ったから」
人に投げっぱなしにしてあの人は……自分の門下生だろう。
「何度も言うが、オレは人に教えられるほどの技術は無い。これ以上は構うな」
今度は本気で走ってその場を後にした。
屋敷が見えた頃合で、その速度を落とし呼吸を整えながら、門を潜り、師の部屋に直接向かった。
向き合い勧められた座布団の上で、姿勢を正して先ほどの不躾な願いを聞き入れて頂いたことにお礼を言う。
「そうか、久弥に追いかけられていたのか」
笑いながら崩せといわれたので、ありがたく足を崩させてもらった。
「頭領や師匠に願うなら分かりますが、何故にオレを選んだのか……正直分かりかねます」
「いい加減立ち位置も変わったのだ。師匠と呼ぶのはこれっきりにしろ」
「ですが……」
「通り名を授けるまで、外で俺の名前を呼ばせるなと、言われていただけだからな。もう良いだろう」
「そうだったのですか」
「ああ。お前も双也様も共に新たな名を授かったのだ。これを機会に久弥の件ともども一考してくれ」
重ねて言われた両方の事柄に対して、なんだか突き放されたような気がして、むくれたように視線が落ちてしまった。
「……灯里様への指導もまだ手探りなのに、正直、自信がありません」
灯里様の稽古もまだ姿勢や型を教えるだけで、何処まで手を出して良いのか悩んでいるのに。
「確かに、作法の手習い程度の物に成ってしまったがな。それでも、御剣の人間として必要最低限の護身術は教えねばなるまい」
「はい……」
「お前も人に教えるのは不慣れなのだ。ならいっそ久弥を相手に練習してみてはどうだ?」
「ですが、それでは、いくらなんでも上遠に失礼かと……」
思ってもいなかった言葉に、そういう手段も有りかと思ったが……人に教える為の練習台になれと言うのは、どうなんだ。
「冬臥。披露目式の後に頭領から話しは覚えてないのか? まあ、頭領も面白がって、お前を潰したんだろうから覚えてなかったとしても、無理は無さそうだが」
最後のほうの言葉は、明らかに視線を逸らされていた。
「自信はありませんが……“助けになるものを探してこい”と」
「流石、頭領の息子だな。潰されても記憶は飛んでなかったか?」
苦笑交じりに言われた言葉に、オレは密かに体を強張らせてしまった。
それを見ていただろうが、紀代隆様は触れずに続けていた。
「久弥がそうなれるかはお前次第だろうが、俺も似たようなものだったな」
懐かしむように細められた瞳と共に、少しだけ話してくれた。




