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昨今日

「ひっどい顔だねぇ」

「……自覚はしている。だから、それ以上言うな」

 舞稽古のため、大和を迎えに来ての開口一番。

 くすくす笑う大和に、碌な返事を返す気力も沸かない。

 師にも、朝稽古のとき「よく、それで起きれたな」と言われたし、稽古も殆どせず体を解すだけに終始していた気がする。

「曉さんも、もう少し手加減してあげれば良いのに」

「酒を覚えろと……最初から潰す宣言された」

「あぁ、それはご愁傷様。それで灯里には近づかないでね」

「そんなに酒臭いか?」

 二日酔いという嫌な言葉は覚えていたが、頭痛や気持ち悪さだけじゃないようだなぁ。

 先日の大和の方が二日酔いも殆ど見せずにいたが、朝稽古の時間はずらしただけ、奴の方が強いかもしれないな。

 もちろん自分自身、汗を掻いて酒は大分抜けたし、起き抜けの不調も、大分楽になっているが、朝よりマシという程度だ。

「匂いは別に。ただ灯里がお酒なんて覚えようとした日には、全力で阻止するから。近い君がそんな有様じゃ困るの」

 真面目に言っているが確か……いや、やめておこう。下手に進言すれば割を食いそうだ。

「そうか」

「気になる棒読み具合だね」

「気のせいだろ」

「素直に白状しないと、思いっきり揺さぶるよ?」

「……気のせいだ」

「父上に注意しておこう」

 零しながら、出掛ける段になったとき思わぬ方向から、体当たり気味に飛びつかれて、よろけてしまった。

 何時もなら耐えられる衝撃だが、油断と二日酔いとが相まって、踏ん張りが利かなかった。

「じゅっと、おはよー!」

「おはようございます、灯里様」

 灯里様の元気な声が僅かに頭に響くが、言われた側から冷たい視線を浴びせられていては世話も無い。

「灯里ダメだよ。ほら離れて離れて」

「ふぇ?」

 何時もと違う様相のオレたちに、灯里様は遠慮なく困惑した表情を向けてきた。

「今日一日、彼に近づいたらダメだよ。変な見本は見せられません」

「おい……」

「にゅぅ? じゅっと、どっか変なの?」

 灯里様の無邪気な質問に、軽く心が折れかけた。

「そうそう、十斗変だから近づいちゃダメだよ」

 語弊のある言い方を、敢えてする大和の背中を軽く突いて、抗議だけはしておく。

「そろそろ行こう」

「全く。僕たちもう稽古に行かないといけないから、また帰ってきてからね」

「ぶぅぅ……いいなぁ、にいさまたちお外でれて」

「もう少しの我慢だから。良い子にしてな」

 ぽすっと優しく灯里様の頭の上に手を置いて、何時もより短く撫でている。

「行こうか」

 その言葉を皮切りに、オレ達は家を出た。


 大和が稽古をしている間、オレは久方ぶりに用事もなく、空いた時間をどうするか、考えもなくふらりと歩いていた。

 何時もなら師から座学の教えを頂くが、頭領からの用事を受け朝稽古の後には屋敷を発っていた。

 さて、どうしようかと思いながらも、鷹舎へと向かっていた。

 少し遠くなってしまうが、町を出てかなり歩くというわけでもない。

 鷹舎は町外れに程近い場所にある。

 鳴声や臭いなどもあるし、かといって町から遠すぎては、呼び寄せるのにも時間が掛かってしまう。

 それ故に適度に離れているのだが。

 鷹舎に入る前に、外にいた人に声をかけた。

「こんにちは」

「はい。あぁ、十斗さん――じゃなかったですね。もう冬臥さんとお呼びしなければなりませんでしたね」

「どちらでも構いませんよ。どちらかと言えばまだ、冬臥の名に慣れていませんし」

 振り返り名前で困惑したように、慌てたのは鷹匠の古竹さんだ。

 何十年と鷹を飼育していて、珀慧も彼に世話をして頂いている。

「珀慧なら今訓練中ですよ。見ていかれますか?」

「ええ。前から大分空いてしまい、申し訳ありません」

 珀慧の世話で本当はもっと顔を出しておきたかったが、大分任せっきりになってしまっていた。

「いやいや。呱々慧(ここえ)珀慧(ひゃくえ)も手間の掛からない子ですよ。それだけに、呆気ない最期だったと思ってしまいますがね」

 そうか、呱々慧を看取ってくれたのも、古竹さんだったのか。

「頭領はなんと」

「曉さんですか。いやぁ、あの方は御自身がお忙しい中、良く来て頂きましたよ。まあ、新しい鷹の育成にはあまり興味が無いようですが」

 苦笑交じりに言われ、オレは頭を下げた。

「いやいや、頭を上げてください。后守の頭領ともなれば幾匹も鷹達を扱う。呱々慧だけに執着している訳にもいかない。それは分かっていますから」

 言いながらも、古竹さんは寂しそうだった。

「さあさあ、呼びましょうかねぇ」

 そう言って胸元に下げていた笛を吹いた。鷹に知らせる為の笛とは違う、普通の笛を強く。

 他の訓練中の仲間への合図だ。

 それが鳴り終ってから、オレも自分の鷹笛を吹き鳴らした。

 話しながら、えがけと呼ばれる厚い皮手袋を付けておいた。

 姿勢を取り、少し待てば風が真横で舞い上がり、上げた羽の強さを感じた。

「珀慧、久しぶりだな」

 声をかけ餌を与える。ほんの少量与えて、古竹さんの目線を感じて直ぐに隠す。

 耳元で催促するように高く鳴くが、体重を下手に増やしては仕事が出来ない。

「しばらくは狩りの訓練が多いものでしてね。届けの訓練は継続されますか」

「お願いします。届けは大変だろうが、頼むぞ」

 珀慧たちの種類は他の鷹狩りの鷹とは違う、土地を覚えて行き来するのに苦労しない、渡り鳥に近い種類。

 鷹舎とオレの間を行き来するにはもう慣れているが、他の届けの訓練はまだまだ覚束ないと言うことらしい。

 季節問わずで飛ばなくてはいけないし、到着地点を覚えなくてはいけない。

 少しの間、珀慧の狩りの訓練に参加してから、大和を迎えに行く時間には少し早いが、鷹舎を後にした。

 ほんの少しだけ……期待してしまっていた。

 まあ、昨日の今日という具合で届くわけは無いな。

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