表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/142

稽古

「随分と吹っ切れた顔をしているね」

 稽古を初回から遅れてしまった詫びを入れに、大和の部屋に訪れた時の第一声だった。

「お館様に、我が侭を押し付けてきた」

 我ながらさらりと言葉が出てきて可笑しかったが、それ以上に大和が暗紅色の目を開いて見つめ返してきた。

「本家に行ってから随分と変わったね」

「そうかも知れないな。だが、今言わなければならなかった」

「そう。君が満足したなら良いんじゃないの」

 まるで、自分には関係ないと続けそうな口振りだな。まあ、むやみに言うべき事柄でもない。

「夕餉までの時間、何の本読んでようかな」

「大和。灯里様を待たせていて良いのか? オレのせいではあるが、嬉しそうに道場へと走っていったぞ」

「性格まで悪くなったようで何より」

「褒め言葉として受け止めておこう」

 腰の重たい主と共に、道場へ向かうと、板張りの床の、一部を占めるように敷かれた畳の上に灯里様が師と共にいた。

 胴衣姿で小さな体を精一杯、畳に押し付けるように伸びている。

「遅くなりまして申し訳ありません」

 礼をして道場へ入れば、灯里様が勢い良く体を上げようとして、師に制されていた。

「怪我を成されては、元も子もありませぬよ」

「はぁい」

「十斗、彦様も怪我の無いように」

 オレには戒めを含めて、告げられた。

 遅れはしたが、しっかりと体を解して、大和へ木刀を渡した。

「初の手合わせだねぇ。手加減してよ」

「承知しようもないですが、一つよろしくお願いいたします」

「姫様はこの場から動かれぬように。二人の組み手を良く、ご覧になってください」

「うん」

 手合わせの礼を交わし、木刀を納めたまま、切っ先が触れ合うだろう距離でもう一度礼をする。

「師匠。合図をお願い致します」

「ああ。では、合わせっ。はじめ!」

 合わせの声に互いに構える。基本の中段に構えたオレに対して、大和は守りに入りやすい下段か。

 そして、下る号令にオレから仕掛ける。

 手合わせの名を借りた型試合。もちろん、大和にそんなことを言うつもりは無い。

 中段からやや大きく振り上げて、大和がいなし易い速度を探して振り下ろす。

 乾いた音にオレの木刀が軌道を逸らされ、予想していたよりも早く、右腕に向かい大和の木刀が返ってきた。

 脚運びを変えて、剣線を下げたまま躱す。

 視線がオレにではなく、剣先にあるのが見えた。下げた剣線を横に反らし、上に乗せ変えれば慌しく離れていった。

 大和の、やや乱れた息を隠すように短い息継ぎを確かめて、大きな踏み込み音と共に、真っ直ぐに木刀を突き出した。

「にいさまっ!」

 音と勢いに驚かせたか、灯里様が立ち上がろうとしたのが、視界の隅に見えた。

 避けれるはずの突きを躱さず、目の前で止めた。

 何か文句を言いたそうな顔だったが、知らぬ顔をして下がり、構え直す。

 大和の目線が灯里様へちらりと向けられ、今度はオレの目を見据えてきた。

 先程と同じように、下段に構えを取るかと思ったが、半円を描くように下げた切っ先が、踏み込みと同時に横から飛んできた。

 木刀でそれを受け止め、鍔迫り合いに持ち込む。

「手加減してとは言ったけど、あからさま過ぎて困るんだけど」

「それで心配させてどうする?」

「もちろん、良いところは見せたいよ」

「そうか。それならもう少し早くしよう」

 師にも聞こえないように気をつけながら、鍔迫り合いを大和から放れるように弾く。

 本来なら距離と構えを直して、打ち合いを仕切りなおすが、それをせずに次ぎ足で追い駆けつつ、上段へ構えを取った。

 上背はオレの方がある。そんなオレの上段から振り下ろされる剣線は、初めて稽古を見る灯里様にはすこぶる具合の悪いもので「ダメッ」と叫ぶ声が響いた。

 先程よりか幾らか振り下ろしを早めたが、大和はしっかりと追いついてきた。

 峰で受け止め、往なし払う。

 力は軽いが、最後に払う力をしっかりと込め、軌道を逸らされ、弾かれた。

 これで返しの一本が来れば良いが、それ以上に付いて来れない奴自身の体も、分かっているつもりだ。

 突きを狙ってくれば良いものを、手首を返し、胴を狙ってくる。

 まあ、これが良いところを見せたいと云うところからだろうな。

 体を開く速度を抑え、胴衣を掠る音が耳に届いた。

「それまで!」

 師の声に大和から距離をとり、切っ先を互いに後ろに下げて開始位置に戻る。

 もう一度構えを直し、改めて木刀を納めて一礼。

「じゅっと、だいじょーぶ?」

 最後の一撃を気にしてくれたのか、トコトコと駆け寄って来てくれた灯里様に、いつもの様に平気だと返した。

「にいさまは?」

「僕は十斗の次なのね。寂しいな」

 冗談なのか本気なのか、判断しにくい呟きと恨みがましい視線に、どう返せと言うんだ。

「だって、じゅっと、お腹にあたってたよ」

「大丈夫ですよ。ちゃんと躱し……手加減してもらいましたから」

「うわー、棒読み。いいよ、どうせ僕はこっち向きじゃないんだからさ」

「う?」

 拗ねた口振りで文句を言う大和に、灯里様が不思議そうな視線を向けてきたが、余計な事は言わず、苦笑いを浮かべて誤魔化した。

「さて、十斗どうする。姫様への模範がてらに俺と組み手するか。手加減はしてやるぞ」

 手加減の匙加減はさておき、紀代隆様からの提案を受けたが、オレは夜稽古に受けることを選んだ。

「灯里、基礎は十斗に教えてもらいなよ。紀代隆、良かったら僕と組み手してもらって良い」

「良いのか?」

「いいよ。安心して胸を借りれる相手の方がやり易いもの」

「そう来たか」

 大和の提案に師もそう云う事ならと、灯里様を畳から下ろした。

「では灯里様、本日からご指導させていただきます」

「うん。よろしくおねがいします」

 ぺこりと頭を下げた灯里様を見届けてからか、大和と師の組み手練習が始まった。

「まずは、立ち方と形を教えましょう」

 真っ直ぐに立ってもらえば、不思議そうな視線が追いかけてくる。

「型を覚えれば所作も奇麗に見えますから、覚えてください」

「うん!」

「それと、言葉使いも……時によっては、みちる殿より厳しくいきますよ」

「ふぇぇ……」

 勝手に引き合いに出すのは申し訳ないが、灯里様は嫌そうな顔を隠さずに不満を表した。

「此れから先、灯里様が外に出られる機会が増えるでしょう。その時、外の人間は皆、灯里様を通して御剣という家をご覧になります。今までのような所作振る舞いでは罷り通りません」

「ふにゅぅ……」

「お館様や兄上にまで、灯里様を外に出せぬ子だと、思われてしまいますよ」

「それはやっ! ちゃんとできれば、外にでれるの?」

 灯里様の、外への憧れは霜月本家を訪れた後、益々強くなっていた。

 しかし、今はまた、敷地外への外出は厳禁されている。

「かも知れませぬ。それを踏まえた上で、一層、勉強稽古に励まれますようお願い申し上げます」

「うんっ! あ、えと、はい!」

 元気な返事の後に言い直したのは、まあ見逃すべきだな。

「あっ、そしたら、じゅっともだよ!」

 突然思い出しかのように上げれた声に、オレは思い当たることが無く、首を捻った。

「きょう、言ったよ。けいこの時はちゃんと、なまえでよんでくれるって」

 幾らか柳眉をきりりと持ち上げて言う姿に、危うく忘れかけていた事を思い出した。

 大和は良いと言ったが、師に窺うように目を向ければ、好きにしたら良いと言う具合に笑い返されただけだった。

 当人達からの願いと許可は貰っているが、本当に良いのか少し考えてしまった。

 しかし、変な所で妙な強情さを見せられてしまい、これ以上機嫌を損ねられる前に頷いた。

「分かった。では始めるぞ、灯里」

 一通りの形を教えて行くうちに、改めて思う。

 灯里は悪い意味で、オレと同じだな。

 座って何かに取り組むより、体を動かして取り組む方が早く覚える性質だ。

 この加減間違えると、夜の勉強に支障きたしそうだ。

 みちる殿にも相談して、稽古を組むようにしないと、怒られるだろうな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ