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意を新たに

 足は自然と、陽川神社へと向かっていた。

 逢えるわけでもないのに何故か無性に、朔耶の顔が浮かんで離れなかった。

 オレの素性も良く知らない彼女に逢えたとしてどうする。

 見っとも無く愚痴を零したいのか……

 自答半分で、ただ何も知らない朔耶の無邪気な顔が見たかった。

 初めての友達と言ってくれて、気が付いた。

 オレも立場なく、友と呼べるのは朔耶たちだけだった。

 神社にたどり着き、遊ぶ町の子供たちの輪を避けるように裏手側に回り込んだ。

 そこには小さな石階段があり、その先は町の路地に通じているいわゆる、裏口のような場所。

 誰も来ない場所で、袖の中にしまっておいた手紙をもう一度、読んでいた。

「最後くらい、会いたかったな」

 同じ感想を此処に来て零していた。

 もう先程までの怒りも落ち着いていた。

「十斗……?」

「え……あ、さ、朔耶!」

 路地の側面側は枝垂れた竹笹で、直ぐに呼びかけてきた声の主の顔は見えなかった。

 それに、もう町を離れてしまったと思っていたから。

 だけど目の前に立っていたのは、初めて会ったときと同じ薄紅色の着物に身を包んでいた朔耶だった。

「良かったぁ、また逢えた」

「ああ、そうだな」

 応じながら、驚いたせいか疼いた胸が少し痛かった。

「隣、いい?」

 そう言って石段に腰を下ろそうとしたから、一度止めて砂を払い手拭を敷いて座らせた。

「手紙、読んだ?」

「ああ」

 会話が続かない。けど、綻ばせた表情が見れただけ、ずっと良かった。

「お姉ちゃんは、その手紙渡した翌日に行っちゃったんだ」

「そうか」

「私も、明日……朝一に出るんだって」

「そうか……」

 話しながら、手紙を書いた経緯が聞けた。

 リコ殿は元から朔耶を、今の薬問屋に預けに来たと言うこと。

 そしてその薬問屋の主は、己の子供夫婦の奨めを受け、店を手放して行くことを決めたと言うこと。

 それがオレ達がはたはたを探して出会った翌日に告げられ、何度か二人で陽川神社へ足を運んでいてくれたらしい。

 その折に紀代隆様に会い、オレの不在を聞いたため手紙を託したそうだったが、薬問屋を閉めるにも色々、ご用達にしてくれていた人々への挨拶回りなどで時間が掛かった……そのお陰で、今日会えたわけだった。

「十斗、これ、お姉ちゃんから貰ったの。渡せて良かった」

 細い指先で手をとられ、思わずその場所から熱を持ったのを覚えた。

 大陸育ちの女性は余り頓着をしないのか……そんな事が頭をよぎったが、静かに掌に収められた物の音に目を向けた。

「鈴?」

「うん。お姉ちゃんが、作ってくれたんだ」

 渡されたのは色の綺麗な組紐で、鈴と水晶が付いていた。

 蒼・白・黄色の三色で組まれた物がオレので、朔耶が見せてくれたのは赤・黄色・緑で組まれたものだった。

 ついでに聞けばリコ殿の色は紫・青・黄色だという。何気に揃いの組み方だ。

「ちょっと貸して」

 そう言ってお守りを渡せば、袴の帯紐に付けていた。

「まあ、付けかたは簡単だから、あとで好きなものにつけてよ」

 水晶部分が動かせるようで、組紐の輪の中に通せば本当に簡単に落ちない様になっていた。

「しかもこれ、この結びのとこに『お守り強化しとく』って言って水晶つけてくれたんだ。私たち三人だけの限定品なんだよ」

「そうなのか。リコ殿に会えないのが残念だな。所在が分かれば礼の手紙が出せるんだがな」

 嬉しそうに言う朔耶だったが、其の一言で片眉だけ下げて困ったような表情を浮かべた。

「無理だねぇ。流れのハンターだし、だから、ちゃんと物まねしてお礼は言っておいたから!」

「ちょっと待て、今聞き捨てなら無い台詞があったぞ!」

 瞳をむやみやたらに輝かせた、良い笑顔で拳を握って見せる朔耶。

「お姉ちゃんにはウケたよー! “わざわざ、申し訳ありませぬ”って!」

「確かに言うだろうが、それもそんな表情で言うか! オレはそんなに眉間にしわ寄せて生きてるつもりはないぞ!」

「いやいや、あるって」

 高い声で笑われ、そんな訳あるかと返したが、ひとしきり笑った後、朔耶は優しい表情を向けてきた。

「色々ありがとね。楽しかったよ」

「ああ。オレもだ」

 一つ呼吸を互いに整えてから、視線を合わせて頷いた。

「手紙出して良い?」

「それは嬉しいが、手紙届けは高いぞ」

「そうなんだよねぇ。配達屋さんって絶対、ぼったくりだと思う!」

「こら。滅多なことを言うな」

 手紙一つ出すにも金が掛かる。屋敷役目に関することなら使いで費用が出るオレとは違う。

 あとは、鷹を飛ばせばまた別だが……あぁ、そうか。その手があるのか。

「朔耶の新しい家の近くに、鷹舎があれば、そこに出せばいい」

「鷹……?」

「冬臥に頼まれたといえば、大丈夫だろう」

「トーガ?」

「新しく――いや、とりあずそれでオレに届くはずだ」

 通り名の授けは一人前の証しと云われていても、それが一般的かどうか分からないし、ましてや朔耶は蘇叉に来て日が浅い。

 蘇叉の習わしなど知らない可能性もある。

「……もし、無かったら?」

「配達屋に近くの鷹舎宛てに頼んでみてくれ。同じように頼まれたと言えば良い」

「……十斗ってもしかしてお金持ちの家?」

 言われると思った言葉は、やや唇を尖らせて発せられた。その表情だけは意外だったが、予め用意していた答えはあった。

「いや全く。ただ、鷹使いの関係者ではあるからな……もう働いている」

「そうだったんだ」

「ああ、そうだったんだ」

 小さく肩を揺らして笑った仕草をつい、見てしまっていたせいか、「どうしたの?」と言う問い掛けに慌ててしまった。

「いや、朔耶なら……新しい土地でも大丈夫だろうなと、思っただけだ」

「これでも人見知りする方だけどねぇ」

 さっと頬に赤みが走り、袖口で口元を隠して笑っていた。

「んで、元気でた? 見つけた時、結構、暗い顔してたからさぁ」

「それは心配かけたな。それで、そちらはどうだ?」

「うん。頑張ってくるよ。もう少し大人になったら、お姉ちゃんと一緒にガームランドか、もっと遠くの大陸まで行って蘇叉の料理屋開くって約束したんだよね」

「そうか。もっと遠くか、そんなに世界は広いのだな」

「そだよぉ。世界は広いんだよ。西の方じゃ大陸に渡る蘇叉の人たちも居たんだから! そんな人の為に、一息つける場所を作れたらいいなって思ったんだ」

 自慢げにひとしきり笑って、朔耶は勢い良く立ち上がった。それこそ、石段を飛び降りて、着物についた砂を払ってみせるほど。

「私、もう行くね。ホントにありがとう、十斗」

「礼を言うのはこちらの方だ。確かに、落ち込んでいたからな……良いお守りを貰った」

「そっか良かった。じゃあ、またね!」

「元気でな」

 人目が無いことを良い事に、大きく手を振って見せた朔耶に、オレは鈴を持ったままの手を上げて応えた。

 そのまま朔耶の姿が見えなくなるまで、見送っていた。


 逢いたかった人に会えて、一つ気持ちの整理がついて落ち着いていた。

 けれど、問題が解決したわけではない。

 もう一度、オレはお館様にお目通りを願い、時間を頂いた。今度は不躾ながらに、師を通さずに直接願い出た。通してくれたのは、心遣いに他ならないだろう。

 先ほどと変わらず、静かな水面の気配を湛えたままで、先の事など無かったかの様に声を掛けてくださった。

 それを受けた上で、もう一度深く頭を下げ、続いた無礼の侘びの言葉を述べた。

「先ほどの話なら、忘れろと申したはずだが」

「はい。ですが、先ほどは動揺の余り、お伝え忘れていた事がございました」

 その言葉に、重たい「ほう」と言う促す音が聞こえた。

「お話しする前に、確認をさせて頂いてよろしいでしょうか」

 尋ねた声に返事は無かった。だから、かなりの間を置いてからオレから口を開いた。

「霜月本家での一件。その全てを環様及び輝政様より報を受けたと仰られておりましたが、その中には大和の――いえ、双也の覚醒や、灯里様の精神及び御身体への危害があったこと、その全てを含めて、細微にわたり受けていたと云う事で宜しいのでしょうか」

 視線を上げ、お館様の表情、挙動を確かめていた。

 水面に波紋が確かに広がったのを見た。本当の意味で全ては知らなかったと言うことだ。

 しかし、直ぐにその波紋は落ち着き見せ、無言のままオレの先を待っていた。

「先ほど“兇人を討たぬ”と言われましたが、必要な時が来れば討ちましょう」

「……お前の言いたい事は判っているつもりだ。だが、御剣は皇家の刃。その刃が主に向くことなど在ってはならぬこと」

「存じております。そして、露払いを担うのが影と云うことも」

「ではお前の言い分は、矛盾しているな」

「返す言葉もございません。しかしながら、先ほどのご質問に改めてお答えさせて頂きたいのです」

「よかろう」

 許しの言葉を受け、意識をして姿勢を正す。

「オレには灯里様を討つことなど到底出来ません。同時に双也を、大和を討つことも出来ません。ただの我が侭を申し上げていることは自覚しております」

 この方を前にして、上辺だけの言葉など直ぐに見破られる。だから、今のオレが辿り着いた言葉だけを伝えた。

「オレは大和を失うのが怖いです。そして、その大和を失った灯里様を見るのも怖い。皇家のことより、目先の大事なものしか見られない。その上で、お許しいただきたいのです」


 だって僕たちは人間だもの……嘘を付く生き物だよ。


 もし、この場に大和が居たら厭な笑みを浮かべるだろうな。もしくは、軽蔑するか。

「時間を頂きたい。灯里様を傷つける程に堕ちたとき、オレが討ちましょう。ですが、先んじて皇家に仇為す存在となれば、オレごと、お切捨てください。如何様なれど迷いを抱く影など不要でございましょう」

 足りない頭で出た答えなど所詮この程度。

 それでも、あの時、大和は戻った。

 ただその一点の望みを賭けているだけに過ぎないけれど、堕ちない可能性もある。

 甘いと言われても、縋りたい一つの可能性だ。

 言いたい事は言った。自己満足だが、言った分だけ楽になった。

 その分、お館様は重たい沈黙をしていたが、数秒の間、向けられた視線から逸らすことはしなかった。

「あれごと護るというのが、お前の言い分ならば致し方ない。名を授かった意味考え、己を見つめた上で再び返事を待っている。下がってよいぞ」

「はい」

 退室の許しを得て、オレは静かに立ち上がった。

「お前のような子を持った曉たちは、不幸だな」

 静かに零された言葉は、言われて直ぐには判らなかったが、棘もなく優しい言葉だった。

 オレは聞かなかった事として、もう一度頭を下げ部屋を後にした。

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