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我侭重なり

 そんな自分自身の脳裏に浮かんだ言葉が、オレは悔しかった。

 助けを叫ぶ灯里様の声にも奮起も出来ず、怒りを顕わにした大和が繰る妖を止める事も出来ず。

 ただ、地べたに、惨めに、這い蹲るしか出来ない……

 ついさっきまで、本家の主に抗ったはずの気持ちも、共に背負うと誓った言葉も何もかもが、空しい。

 オレには、何も出来ない。守ると約束したことも守れない――最悪だ。

「全部、埋め尽くしてあげるよ」

 感情もなく冷たいだけの大和の言葉だけが、妙に耳に残った。

 そうだ、全部……何もかも、闇に堕ちて埋め尽くされてしまえば楽になれる。

 蝶の翻る炎が式紙を焼く為に螺旋を描き、炎の燐を雪のように降らせていく。

 澄んだ金環の打ち合い鳴る音に、赤い螺旋の風が軌跡を変えて白い巨人の腕の一部を燃やそうとしたが、先に解け、蝶を躱していく。

「もうイヤァ、じゅっと、にいさまあぁぁっ! かえるっ、もうかえるの!」

 灯里様の叫び声が一際大きくなった瞬間、雪道を駆け抜け、必死に走った記憶があった。

 あの時はただ、無我夢中で……灯里様と大和と共に帰りたかっただけで。

 ただ、それだけだった。それだけ、だったのだ。

 馬鹿みたいに単純なことだ。いつの間にか自分の中ですり替えてしまっていただけだ。

 大義名分のように重たいものに勝手に、自分の思いを変えていた。

 限りある中で、ただその時まで共に居たい。

  単純。でも、少し……

  十斗、これからこの子をよろしく頼みますね。

  じゅっともにいさまなの?

 ただの我が侭を、覚悟と共にすり替えていただけ。

 それに気がついた途端、震えも何もかも止まっていた。同時に馬鹿馬鹿しくて笑いたくもあった。

「それだけで何が悪いんだ……」

 声に出したら出した分だけ、くっと笑い喉の奥が震えた。

【覚悟が出来たようですね。さあ、あなたの成すべき事をなしなさい】

 空から降る霜月家当主の声に合わせ、落していた刀を拾い上げた。

「紅蓮蓮華ッ」

 背後で燃え上がる赫を感じ、懐に手を差し入れた。

 小さく固い感触を摘み上げながら、未だにこみ上げる笑いを抑える方が必死だった。

 確か、教えてもらった言葉は短かったな。

瞬速(シルファ)!」

 若葉色の光が、掴みあげた石から淡くあふれ出て身体を覆った。

 身体が軽い。なるほど、これが魔魂石本来の使用用途か。

【何故、そのような物をあなたが!】

「オレの兄妹へ手を上げる輩へ、答える義理は無い」

 軽くなった身体で地面を蹴り、灯里を掴んでいる腕へ刀を振り下ろした。

 突き立てた場所から式紙がばらけ、拳を模った場所だけが宙に浮いた。次いで追い駆けてきた紅蓮の蝶が、人型の式紙の体へ向かう最中、零れ落ちた燐粉に触れ、拳を模る式紙が燃え上がった。

【わたくしの式紙が燃えるとは】

 驚く声に、燃えていく式紙はその場から力を失くして、灰になっていったが、最後まで見届ける余裕なんか無かった。

【十斗、あなたは影担いの役目を放棄すると言うのですか!】

 声に耳を貸す気も無く、宙を慌てふためく様に漂う式紙を蹴りつけ方向を変えた。

 目指すのは言わずと、燃える拳の中に閉じ込められた灯里の元。

「う、わあぁぁんっ! じゅっと、じゅっとぉ」

 炎を斬り、伸ばされた小さな手を掴み、乱暴になったが引き上げた。

 一際大きくなった泣き声に、安堵するより感情の波を凍てつかせる為に呼吸を整える。

 生きて帰る。ただそれだけを考えて、こちらに向かって来る炎の蝶を切り払う。

 式紙を全て払うのに、大和の妖を頼りにしていられない。大和も連れて帰る。

「大事なものを勝手に踏み躙られるのだけは、許せないよね」

 歪んだ笑みを浮かべる大和に、思わず頷きかけた。

 式紙と蝶。双方がぶつかる様に逃げながら、徐々に大和への間を詰めていく。

 何か一手が欲しい。この状況を抜け出す為の強い一手が。

 式紙を払い、大和を連れて帰るための何かが欲しい。

「こわいのもう、やあぁぁああっ!」

 ぎゅっとしがみ付かれ、両手で抱く力を込めた。

「泣くな、灯里。ちゃんとみんなで生きて帰るぞ」

 無意識のうちにかけた言葉に、泣き叫ぶ声がひっくと止まり、腕の中でもぞもぞと動く感覚があった。

 見なくてもわかる、必死に頷いて、あの時と同じように顔を埋めて叫ぶのを我慢しているんだ。

 火花を散らし式紙と蝶がぶつかり合う中、大和の无繝双丈が再び涼やかな音を打ち鳴らした。

「十斗。責めないから、その手を離して。僕がちゃんと送ってあげるから」

 闇色に肌を染め、紅い鮮血の瞳だけが浮かび上がったまま、柔らかくいつものような笑みを浮かべていた。

 だが、我が侭な自分は役目も何もかも放り出して、初めてせせら笑い返した。

「冗談じゃない。お前なんぞに殺されてたまるか」

「あれ、そう? 良い顔して言われちゃった。驚いた」

「ついさっき気がついた。オレは頑固で我が侭らしい」

「じゃあ、そのまま一緒でいいよね」

 落胆した様子も無く、にこにこと無邪気な笑みを浮かべて、地面に付けていた刃を切り払うように向けてきた。

「沢山泣いていいよ。最期まで見ていてあげるから」

「折角泣き止んで我慢しているんだ。兄らしくそれを汲んでやれないのか」

 妖は既に大和の意思から離れたのか、それともただ命じられてるままに式紙に向かっているのか。

 飛び散る火花が苛烈さを増していく。

 そして、オレの体を包んでいた若葉色の光が消え失せたとき、大和が鋭く踏み込んできた。

「躊躇い無く狙ったか」

 オレに向けていた切っ先は寸前で、灯里の首元へ切り替えられていた。

 体位を変え真っ直ぐに構えていた刀で、剣線を大きく反らし、そのまま大和の懐へ入った。

 鮮血色の瞳から目を反らさずいたから、見えた迷いの色。

 最期まで見届けると、殺すと宣告しながら、无繝双丈の切っ先は鈍かった。

「例え堕ちたとしても、やはり、大和は大和のままだな」

「ふぇ……にい、しゃま?」

 オレの声に反応してか、灯里がきょとんとした菫色の瞳を開いて、気がついているのか、それとも気がついていないのか、飛びつくように大和の首元へしがみ付いた。

「え、なんで。やめてよッ! 十斗、君まで!」

「にいしゃまっ、こわかったぁ」

「あ……あ、灯里……」

 狼狽する大和だったが、完全に抱きついてオレの手から離れた……放したともいえるが、灯里を落すまいとその体を抱きとめ直した。

 不思議に思うけれど、守りたいと思っていても助けられ、守られているのは何時もオレたちの方だろうな。

 あれほど異形とも取れる闇に覆われていた大和の姿は、あっという間に、いつもと変わりない姿に戻っていた。

【そんな……荒神に呑まれたはずなのに、ありえない】

「知るか。オレたちは、此処から生きて帰らせてもらう。ただそれだけだ」

「ああ、十斗ってば……恐いモノ知らずなんだから」

 いつもより頬を緩めてくつくつと笑う大和の声に、応と短く返した。

「でもね、僕も无繝双丈(これ)を出してしまったからね……本当に持つかわからないよ」

「構わん。お前は何一つ変わっていなかったのだからな」

「もう、こんなとこイヤッ!」

 三人の気持ちが一つになっていた。本当に“こんな処は嫌だ。さっさと帰りたい”と。

 灯里は大和の首元にぎゅっとしがみ付いて、頬をぷくっと膨らませていた。

「こんな一大事な場面なのに……」

 こそりとオレに届くような小さな声で、一つ区切った。それに合わせて无繝双丈が小さく鳴った。

「それでも僕は、僕たちに何があろうと、灯里だけでも生きて帰って欲しいと望んでしまっている」

「なるほど、それはそれでよく分かるな」

 妖に燃やされていない式紙が、人の形を成すことをやめ、個々に飛来してきた。

 願わくば天司神よ……今一度、その力をお貸し下さい。

瞬速(シルファ)!」

 魔魂石の光が先ほどより増した気がした。鋭く輝く閃光のように。

 だが、そんなことはどうでも良い。少しでも速く式紙を無力化させ、大和から妖を切り離すことだけだ。

「爆砕翅洞ッ」

 今度は涼やかな音ではなく、激しく金環がぶつかり合う乱暴な音が聞こえた。

 炎の蝶が横に広がり次々に、まるで花火のように爆ぜていった。

 その爆炎から逃れた残りの式紙を切り裂くため刀を振るえば、始めに苦戦したのが嘘のように容易く切り裂けた。

「……?」

 一瞬、切っ先に雷のような閃光が走った気がした。

「十斗、こういう手合いの式紙も、要になるものがあるよ!」

「応!」

 大和は既にそれを見つけているのだろう。その要の式紙を追い込むように爆発が曲がり、向かってくる。

 はじめて見た荒神とは違う、他との違いなど何も見当たらない式紙。

 良くぞ、これを見つけたものだな。

 感心しながら一刀。だが僅かに掠っただけで、式紙たちがより必死に、逃げているのが分かる。

 そして、やはり気のせいではなかった。

 刀身を覆う白い光は、雷。

 天司神の加護を賜ることが出来たらしい。

 魔魂石の加護と合わさってか、それとも大和の絶妙な補助のお陰か、妖を足場にして逃げる式紙に追いつく。

「破ッ!」

 白い軌跡が式紙を真っ二つに横切ったのを確かめてから、落下したまま体を捻り、体勢を入れ替えた。

「潰すぞ!」

 大和へ向かい叫び、返事は無くとも承諾の気配を受け取った。

「閃光迅雷っ!」

 自然と叫んだ言葉と、振るった先から落雷の光と轟音が爆ぜた。

 それは一瞬のうちで直ぐに視界が戻った。

 地面へ着地し、ふっと息を吐く。

 闇も何もない、ただの洞窟の中……ガシャンと不協和音を立てて无繝双丈が落ち闇の中へ溶けた。

「大和!」

 振り返れば地面に膝を付き、蹲る大和の姿。

「あぁ……もう、やだ!」

 突然地面に転がり叫んだかと思えば、顔を両手で覆う。

「ホント、もうやだ! 僕としたことが、もう!」

「大和……」

 取り乱し、此処まで喚く理由が分からなかった。

「十斗の莫迦っ。ホントに、馬鹿正直者! どうして、あのまま堪えてくれなかったのさ! それに絶対イヤだって言ってたのに!」

「や、大和、意味がわからん。それに、灯里は……」

「自分で考えてよ! 莫迦十斗!」

 ひとしきり叫んで勝手に気持ちが落ち着いたのか、勢い良く起き上がり、体についた埃を払いのけ始めた。

「もう帰る」

「おい、大和!」

 何がなんだか、本当にわからない。

 慌てて大和の背を追いかけ、洞窟を抜け出た。

 洞窟を抜ければ、屋敷から少し離れた雑木林の中だった。

 ざくざくと足音を立てて、先を歩く大和に歩みを合わせ、混乱している頭を落ち着かせようと先ほどの事を振り返っては、ずっしりと圧し掛かる後悔の念に潰されたかった。

 簡単に折れてしまった事実が、悔しくて……過ぎる度に目頭が滲みそうになっていた。

「十斗、鬱陶しい」

「……すまん」

「それも。何で謝るの? だいたい、君の馬鹿さ加減を見誤ったうえ、あの人の手管も見抜けなかっただけの事だよ」

 何時もより言葉の棘が耳に痛い。しかし、言い返せる要素も何も見つかる気がしない……

 感情に任せて霜月本家当主に楯突いたのだ。オレだけならまだしも、后守のみならず、お館様へも多大なるご迷惑を掛けてしまった……いや、きっとそれ以上の事かも知れん。

「だから、鬱陶しいってば。それに、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ。多分」

「どういう事だ?」

「さあ、何となくそう思っただけ。あぁ、早く会いたい……」

 完全な溜息と共に呟いた言葉に、思い出して体が強張った。

 大和曰く、あの場にいた灯里は本人ではなく精神体だけのようなモノだと言う。怪我などはしてないはずだろうが、大和の足が緩むことはなく、一層の速さを持って歩いていた。

 屋敷へ戻れば、輝政殿が神妙な面持ちのまま、庭先に立っていた。

「翁」

「おお、二人とも無事だったか」

 重たい瞳が僅かに見開かれたが、直ぐに元に戻ってしまった。

「話は後にしよう。ついて来なされ」

 先に歩き出した輝政殿の後について行けば、そこは灯里の部屋だった。

「何があったか儂には分からぬが……先ほど姫様と環様が倒れられた」

「そう……」

 取り乱すこともなく、少しばかり突き放した言葉に大和は一声かけて、部屋の中へ入った。

「あぁ、彦様っ。申し訳ありませぬ! 私が付いておりながら姫様が」

「いいよ。みちる、下がって。翁も悪いのだけれど、僕らだけにして」

 演者のように普段通りの様相で人を払うと、苦しそうに汗を浮かべて横たわる灯里の側に膝をついた。

「ただいま、灯里」

 優しく頬に触れて声をかける大和に、オレは側に用意されていた手拭を水で濡らして、浮かぶ汗を拭った。

「灯里様、オレたちは此処に居りますよ」

「……にぃしゃま、じゅっと」

 薄く開いた瞳が彷徨い、オレたちを探す。

 大和は灯里の手を握り、罰が悪そうな曖昧な笑みを浮かべた。

「怖い夢を見た?」

 大和の問い掛けに、灯里は弱々しく頷き、もう片方の手がオレの方に伸ばされた。

「じゅっととにいしゃまが、一緒にいてくれたの。だから、もうこわくないよ」

 にこりと笑い、握り返した手がまた少し強く握られた。

 その途端、不思議そうに呟かれた言葉に、オレたちは慌てた。

「なんで、ふたりとも、ないてうの?」

「ああ、ごめん。何でもないよ、何でも……ないから」

「えぇ……灯里様、ご心配をおかけしました」

 オレの胸中は、やはり悔しさと後悔が占めていた。大和は、どうだったのだろうか……わからないが、ぐずつく鼻を誤魔化したのは見えた。

「じゅっと、灯里のにぃしゃまなんだから、灯里ってよんで。ゆめの中でも、よんでくれてて、うれしかったのに」

 にこりと熱で紅くなった顔で笑い、大和へ菫色の瞳を向けた。

「でもね、ホントはゆめの中のにいしゃまも、泣いてたの。もう、へいき?」

「平気だよ。平気に決まってるじゃない。そんなに、夢の中の僕は、泣いてたの?」

「んー……ちょっとだけ。今のほうが、ゆめの中よりないてるよ」

 くすくすと笑うが、咳き込んでしまい苦しそうだった。

「灯里には、敵わないな」

「灯里様、今はゆっくりとお休みくださいませ」

「むぅ、やだ……ちゃんと、いったのにぃ」

 頬を膨らませ、ぷいと大和の方にしがみ付いてしまった。

「本人がそう言うんだから、良いんじゃないの。十斗兄さん」

「お前はやめてくれ……灯里、今はゆっくりと休め」

「はーぃ」

 にまっと笑う二人に、オレは屋敷に戻った時、紀代隆様へどう言い訳するか、考えてしまっていた。

 灯里はそんな事もお構いなしに瞳を閉じると、糸が切れたように、すうすうと寝息を立て始めた。

「十斗、頼む」

「ああ」

 汗を拭いたばかりの手拭を水桶の淵にかけて、外で待つ二人に声をかけた。

 


 結局、灯里の熱が下がるまで逗留させてもらったが、その後、環様にも祁玲殿にも一度もお会いすることが無かった。

 旅の出は揚々としたものだったが、いざ帰路に着くとなれば足取りが重たいものになっていた。

 帰り支度が終わり、後は出立するのみと言う段階で、祁玲殿が部屋を訪れた。

「大和、ちょっと十斗借りるね」

「どうぞ」

 主の軽い許可を得て、祁玲殿の後を付いて行く。

 中庭を通り、若草色の活き活きとした樹木を横目に見ながら、先を歩いていく。

「祁玲殿、どちらへ」

「ん、もう直ぐ」

 歩調を変える事もなく屋敷の奥へ入り、その最奥で祁玲殿が静かに傅いた。

「祁玲です。失礼いたします」

 返事も待たずに閉まっていた戸を開け、奥へ招かれた。

 御簾に遮られて、顔は見えなかったが、誰が招いたのかが直ぐに分かった。

「驚かないでね……」

 小声で告げた祁玲殿が、御簾を外しその方の傍らに付いた。

「ほほっ、本当にあなたは正直ですね」

「環、様……でございますか」

 布団の上で身を起こし、柔らかく笑う老婆。

 初めて会った時の神々しさも、何も感じられない。容易く折れてしまいそうな枯れ木のような姿に、思わず問い直していた。

「ええ。その驚きようでは、あなたにはもっと、別の姿で見えていたようですね」

「別の姿、と申しますのは」

「あなたが屋敷に来てから一つ、咒を掛けさせて貰っていたのよ。幻術の中とはいえ、祁玲の幻術を見破ったや良し。しかしなれど、わたくしの呪を破れぬのでは、大和の側にいるのは危うい」

 静かに告げられた言葉に、眉根が寄ったのが分かった。

「……もし、お呼びたてのご用が主に関しての事であれば、これにて失礼させて頂きたい」

「まあ、そう早合点されるのも致し方ないこと。ですが、わたくしには、もう何も出来はしないでしょう。あなたを呼んだのは、最後の忠告をするため……いえ、ただの与太話になるかもしれないわね。祁玲」

「はい」

 側にいた祁玲殿が静かに、オレを向き合うように、環様の背を支えて膝掛けを掛け直していた。

 向けられた黒い瞳は、やはり疲れを滲ませていたが一度伏せ、合わさった時には、凛とした強さで向けられた。

「あなたはそう遠くないうちに、大切なものを失うほどの、大きな決断を迫られるでしょう。それでも、躊躇わず、後悔の無い様にいきなさい」

 その言葉に何か言葉を返すことも出来ず、ただ頭を下げるだけだった。

 尋ねても返る言葉が無いと思えたからかも知れない。

 大切なものを失う。その言葉だけがしこりの様に胸に残っていた。

 最後に滞在の間の礼を述べ、オレは部屋を後にした。だから――


「だからこそ討って欲しかったけれど……彼らの言うようになってしまいましたね」

「覚悟の上と窺っています」

「因習を断てるのなら、また違うのでしょうけれどね」


 聞くことも無かった二人の言葉。

 オレはその時を、躊躇わなかったのか、後悔していないのか……結局わからないまま迎えることになる。

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