花火
人里離れた本家だからか、それとも天嶮の恩恵か。
澄んだ空気は少し冷たさを増していたが、夜空に見える星の数が凄く多い。
普段なら、町の明かりで消されてしまうような、小さな星の輝きまで見える。
「お星さまいっぱい~」
いつもなら大和かオレの傍にぴたりと寄り添う灯里様は、本当に祁玲殿に懐いたようで、彼女の傍から離れず、その隣に座って手を繋いでいた。
まあ、そのおかげで大和の機嫌が些か斜めってるが、気にしないでおこう。
みちる殿や、他の侍女たちが持って来てくれた茶を配りながら居れば、オレ達を庭先で待つように伝えた輝政殿が環様と共にやってきた。
「おお、すまんな。待たせたか」
「そんなには待ってないけれど、翁は一体何をしてきてたの」
侍女たちが地面に敷き布を引き、そのまま二人分の折り畳み式の椅子を用意していた。
そちらに環様が先に座り、輝政殿も続いて座った。
「なに、ちょいとつまむ物をな」
そう言って軽く笑い、侍女たちも同じように笑みを零しながら、二人から離れた場所に風除けをしっかりと施した蝋燭を置いてその後ろ側に、たくさんの花火を置いていた。
「花火だぁっ」
やはり一番嬉しそうに反応を返したのは灯里様だ。
祁玲殿の手を引いて、一番に駆け寄っていた。
「お前さん方も楽しんでこい」
「ちょっと、早い気もするけれどね」
そう言いながらも、大和は祁玲殿に点してもらった花火を持つ灯里様の後ろから、拾い上げた一つの花火をくっつけていた。
「十斗も来なよ」
「大量にあるよ~」
大和と祁玲殿の二人が呼ぶ声に、地面に置いたままの盆を拾い上げた。遊ぶにしても片付け位はしておかないとな。
「后守殿。後はわたくしがやりますのでどうぞ」
みちる殿が片付けていたオレの手から、盆を代わりに持ち上げてくれていた。
「にゅぅ、おわっちゃった」
最初の花火が終わったらしく、砂利の上において次の花火をいくつか取りそれを持って、オレや輝政殿、環様へと手渡していた。
どころか、他の侍女達にまで配り歩き始めていた。
「みんなでやる方が、たのしいよ」
「これはこれは、姫様からのお誘いとあれば」
「あらあら、ではご一緒させて頂きましょうかしら」
花火の色に染められた横顔に連れられ、先に火を灯した花火の束を持っていた祁玲殿が、その中からまた一つを灯里様へ渡していたが……
「怒られるとわかっちゃいても、やりたくなるんだよねぇ」
物騒な言葉が聞こえた。
「ちょっ! 祁玲、灯里が真似するからやめてよっ」
一足遅い大和の声に、耳を閉ざして二人に追いかけられる、主の姿を眺めていた。
「意外か……」
ぽつりと零した輝政殿の言葉に、オレは素直に頷いた。
「元々祁玲は物怖じせぬからな。それが大和にとっては今も気兼ねせずにいられるのだろう」
「祁玲殿は、オレよりもずっと昔から大和のことを知っているのですね」
消えた花火を置いてもう一つ、手に取り火を点す。
銀色の炎から次第に橙色の炎へ移るのを、ぼんやりと眺めていた。
「そうだな。気になるか?」
「いえ。気にしたところで仕方ないと思っておりますから」
持っていた花火の束から炎が全て消えてしまい、残念そうに声を出していた祁玲殿に文句を言っている大和を見ながら、オレは思わず笑っていた。
「そうか……大和の内に在るものを知りながら、本当にそう言えておるのか?」
言葉自体はどこか冷たく感じたが、それでも優しく憂う瞳に試されていると感じた。
だからか、失礼とは思いながらも、オレはそのまま視線を合わせることなく、先程のように詰まることもなく返していた。
「一時旅路を共にしても、そう思われますか?」
答えはなく、そのまま軽い笑い声だけが返ってきた。
「十斗、勝負しよー!」
「勝負って、花火で何をどうする気ですか」
祁玲殿の声に呼ばれそのまま近づけば、同じ形の花火をそれぞれ人数分持っていた。
「誰が長く持つか、勝負!」
「勝てば何かあるの?」
「まけたらどーするの?」
くだらないと笑う大和だが、その実、オレともども負けず嫌いだ。
灯里様も同様、“負けたら”と尋ねているが勝つ気満々な目を向けていた。
「そーだねぇ」
「負けた者にはこちらの片付け手伝い、勝った者には大陸のお菓子を差し上げましょうかしら」
特に考えてなかったらしい祁玲殿に代わって答えたのは、環様だった。
しかも、その手には同じ花火があった。
「えーー、環様も参加するんですか?」
「ええ。わたくしが勝った場合には祁玲、貴女に一つお願いを聞いてもらおうかしら」
静かに微笑んだその瞳は楽しそうにしていて、同時に祁玲殿はしまったと言うようにぎゅっと目を閉じて天を仰いだが、直ぐに掛かった輝政殿の号令に併せ全員で花火に火を点していた。
「あ、灯里ちゃんそれちょっと待って!」
「またないっ!」
この勝負、線香花火ではない。
それ故にか灯里様は激しく噴出す炎を、問答無用で一番近くにいた祁玲殿の花火の本体へと向けていた。
「お菓子に完全に釣られてるね」
「良いんじゃないのか。オレも実物は見てみたい気はする」
「そう?」
「見たことが無いから気になるってところだ」
灯里様を真似てこちらの手元へ火を向けてきた大和をかわせば、今度は祁玲殿から向けられてきた。
「二人だけの方が、二人とも楽しそうに見えるわね」
「そうかな」
「そうですか」
祁玲殿の声に同時に返してしまい、大和が軽く肩を下げた。
「暇潰す相手には、丁度良いよ」
「なら、その間は灯里ちゃんを独り占めさせていただきましょうかね」
「祁玲ッ」
意地悪く返したつもりが、祁玲殿から思わぬ返しを受け、そのまま灯里様を環様と挟むようにしてしゃがみ込んでいた。
「良いように遊ばれてるな」
「……いい迷惑だよ」
ため息をついてこそいたが、口元は柔らかい弧を描いたままだった。
そして、手元の火が消えたのを図ったかのように、空に大火の花が咲いた。
「ほわぁっ、すごーい!」
腹の底に響く音が次々と降ってくる。
空の花火に見入る灯里様の手から、大和がもう火の消えた燃えかすを放し、抱き上げた。
「気に入ったようで良かったわ」
後ろから掛けられた環様の声に、オレは深く頭を下げた。
「有難うございます」
「いいのよ。楽しい思い出はすぐに忘れてしまうのだから……」
微かに呟くように、笑う声の影になったその意味は、その刻を前にして解るのだろう。
花火の終わり、祁玲殿と片付けを手伝い、既にうとうととしていた灯里様は、大和の首にしっかりとしがみ付いていた。
「輝政、祁玲。あとでわたくしの部屋へ。十斗、片付けなどせずとも良いですから、みな、今日はもうゆっくりと部屋で休みなさい」
二人の返事だけを聞き、環様は侍女を一人連れて、先にこの場を後にした。
とはいえ一通りの片付けを任せっきりにするのは気が引けて、そのまま最後まで手伝っていた。
翌朝、いつもよりか遅くに目が覚めた。
日の高さに、屋敷であったのなら師にどやされてる所だろう。
まあ、それでも大和へ声を掛けに行けば熟睡中だったが。
いつものように起こすが、旅道中と代わらず重たい瞼に難儀しているようだ。
「あ~……もう少し横になってるよ」
「何だ、本当に旅疲れでも出てきたか?」
人の事はあまり言えぬが、目元を擦りながら大欠伸をする大和に、仕度していた手を止めた。
「これ、意外と体力気力と使うみたい……」
そう言って、示したのは自分の瞳。
また、強い紅が差し込んでいた。
水手拭で顔を拭き、少しは目が覚めたようだが布団から出てくる気配は無い。
「分かった。輝政殿にそう伝えてこよう」
「……頼むね」
いつに無く弱々しい笑みに、オレは見当違いな事を思ったまま部屋を後にした。
輝政殿の部屋に訪れ、オレと大和の分の朝餉だけ別に貰い受け、一日中ほとんど何もせずにいた。
まあ、暇すぎるので環様から許可を頂き、散歩させてもらったりしたが。
本当に広いうえに、敷地内に迷い込む人がいるのか、所々の場所に道標が立ててあったり、雨を凌げるように屋根のついた休憩処があった。
もちろん、峠の茶屋のようなものではなく、腰下しの長椅子が一脚と手水所があるだけ。
しかも、所々に小さな祠や何か石像があった。
聖域といわれる由縁は流石というべきか。見かけた幾つかは風雨に晒されて、元の形が分からないものが多かった。
そんな散歩を終え、大和の様子を見に行けば、こちらも変わらず退屈そうにしていたが、瞳の色は落ち着きを見せていた。
腕の方も、やはり同じように色薄くあるだけだが、持ってきていたはずの本は既に二週目に入っているようだ。
それでも、灯里様の様子が気になるようで、傍に居るくらいなら見て来いと言われるが、朝餉の膳を持ち寄る際に、みちる殿から勉強させたいと釘を刺されている。
他愛ない話は時折止まり、またどちらからとも無く交わしていく。
「失礼いたします。后守殿はこちらに居られるでしょうか」
「はい、こちらに」
猫間障子に座る影が映り、返事を返した。
「輝政様がお呼びでございます。お時間よろしいでしょうか」
障子越しのままの言葉に、オレはなんとなしに大和を振り返った。
「翁から? いいよ。気にしないで行っておいで」
「すまん」
あまり外に聞こえないようにしながら返事を返して、部屋を出た。
面を上げた侍女の顔に見覚えがある。
「昨日は有難うございました」
皐広延殿が居られる離れまでの案内をして頂いた侍女だ。
そのことに頭を下げると、彼女は柔らかい表情のまま先に立ち歩き始めた。
輝政殿と言っていたが、違うのは部屋を出てすぐに分かった。
少しばかり困惑した表情を浮かべていたから。
長い廊下を歩き、今朝も立ち寄った広間を通り過ぎ、更に庭を回るように廊下を歩いた。
手入れの行き届いた庭の木々の合間に、草や蔦が巻き付くものが混じり始めたとき、おもむろに侍女は歩みを止めて膝を落とした。
「環様、后守殿をお連れいたしました」
オレの本当の呼び主は環様らしい。
侍女の発した声の余韻が消えると、内側からすっと戸が開いた。
誰も居ない。けれど、閉ざされていた戸が勝手に開いていく。
「どうぞ。奥で環様がお待ちしております」
「失礼いたします」
奥に届くように少しだけ声に力を込めて、中へと入った。
ほんの数歩と先を歩けば今度は、後ろの戸がまた勝手に、緩く閉ざされた。
閉められた戸を三つ数えたとき、今度は人の手で静かに閉じられ視線を落とせば、雪の紋が淡く浮かんでいる着物の祁玲殿が頭を深く下げたままいた。
「祁玲、下がりなさい」
「はい……失礼いたします」
傍らには、点てるつもりだったろう茶の用意があった。
それらと共に、祁玲殿は部屋を後にしたが、交わった瞬間は昨夜の席と同様に哀しいものが見えた。
「どうぞこちらへ。楽に座りなさい」
呼ばれた声に従い、黙礼の後に用意されていた座布団に着いた。
「いきなりで驚かしてしまいましたかしら……」
「いえ……先の通り、主にも暇なら歩いて来いと言われておりました」
「そう。御剣やあなたの家と比べて何も無いところで、退屈でしょう……」
口元を隠して声を立てずに笑えば、後ろから斜めにさす陽光が、外の葉の陰影を落として環様を撫ぜていく。
「そのような事はございません。庭山の散歩など、普段では出来ませんから」
「あなたは幼いながらに、立派に后守の勤めを果たして居るのですね」
その言葉には答えずただ目を伏せ、頭を下げた。
「曉よりもずっと真面目と言われませぬか?」
「……父をご存知なのですか」
「ええ。彼も綾之峰と共にこの地を訪れましたから」
ころころと笑いながら、その詳細は語られなかったが、そうか……父上もこの地に訪れたことがあったのか。
そう思うと些か不思議な気持ちだったが、次の言葉も無く、じっと見つめられていたことに気がついた。




