霜月への道(5)門前道
「十斗、少し良い」
霜月本家まで後僅かという処で立ち寄った宿場町。その町中の茶店で、皆で一服していた処に、大和が手招きをしてきた。
灯里様に一言、声を掛けて席を立ち大和の側へと行くが、そのまま店を出て幾らか歩き、人通りの少ない開けた道で立ち止まった。
「どうした?」
「うん、翁に相談してたんだけど、君に灯里を連れて、先に本家に入って貰おうと思って」
「何だ? 一緒に行くのに何か不都合があるのか」
何気なく問い掛ければ、深い溜息をついて肩を落としていた。
「前に言っただろ。本家は聖域……僕が普通に入れるわけがない。少し手筈を踏まないといけないんだよ」
「そ、そうだったか?」
一瞬、思い出せなかったが、確かに初めて霜月分家に行ったとき、言われたような。
しかし、あの時は特に何もせずして入っていったと思ったが。
「でも、それだけじゃない」
呟くように言いながら辺りを見回し、誰もいないことを確かめるとオレの両肩に手を乗せ見上げてきた。
真直ぐに向けられた大和の瞳は鮮やかな紅を湛えていたが、不思議といつもの穏やかな雰囲気を纏っていた。
「何かあれば絶対に助けて。約束、覚えてるよね?」
「大和……」
あまりに真剣な表情だったが、オレはふと笑っていた。
そうすればもちろん鼻を鳴らすように、機嫌を悪くしてしまったんだが。
「いくら頼りないとはいえ、自ら誓ったことを破る気は無い」
そう言う頃には、大和は手を離して大きく伸びをしていた。
微かに見えた表情は、遠くを見ているように思えた。
「予想通りの答え、ありがと」
「褒め言葉としてとっておこう」
霜月の家は蓬莱山の裾野にあるのだが、屋敷までの道が予想以上に長い。
輝政殿は竹林を目の前にもう直ぐだと言い、オレと灯里様を先に追いやるように、大和とみちる殿と共に見送ってくれたのが、既に半刻前。
長く蛇行する道に沿い、灯里様と手を繋ぎながら歩いていく。
一応、林の切れ間に屋敷の一部が見えるのだが、坂の上と言えるらしく苔むした石垣から微かに屋根が見える程度だ。
「じゅっと、あるくのつかれた……」
明かにしょげている灯里様を抱き抱え、再び歩き始め、そして違和感に気がついた。
「どーしたの?」
「いえ、何でもありません」
心配を掛けないようにしながら、いつの間にか下っていた道と後ろの道を見比べた。
どちらを向いても同じように林が続く。屋敷の位置も遠ざかっているのがわかった。
ざぁ……と流れる風の冷たさに、身震いした灯里様がしがみついてきた。
ただ、それが怯えにも似ている気がした。
「……こあいの、いる」
首元にぎゅっとしがみ付かれ、その手をやんわりと放した。
「大丈夫ですよ。この場に妖など居るわけありません」
そうでなくては困る。というのが本音だ。
聖域と謳われるこの地に妖がいるなど、在ってはならない。そう信じていたいだけの事だった。
しかし、灯里様は「居る」と今にも泣きそうな顔で、気になっている方向へと視線を向けた。
「あそこ、いるんだもん……」
視線を追いかけ、示された場所を見たが竹の緑が広がるだけ。
「何も、居りませんが」
「いるもん! おんなのひと、こっちくる……やあだぁ!」
暴れる灯里様には悪いが、オレには全く変わらない風景が広がっていた。
しかし、現にこうも泣かれたら仕方ない。
来た道を戻るように、幾らか後ろに下がるとピタリと泣き止むが、相変わらず泣きそうな表情のままだった。
「灯里様?」
「……ここ、こあい。きらい!」
「オレが傍に居ります。灯里様、その方はまだ傍に居られますか?」
訊ねれば、ふるふると首を振った。
「じゅっと、みえてないの? まだ、こっちみてるよ」
「申し訳ありません。どうやらオレには見えないようで……」
「ふぇ……えぇ」
怖さからか、またぽろぽろと大粒の涙を零し、しがみ付く。
「大丈夫ですよ。きっと屋敷の人間以外が珍しいので、様子を見に来られたのでしょう」
軽く背中を撫で言うと、灯里様は握り締めていた手から力を抜いて見上げてきた。
「ホント?」
「灯里様だって、はたはたを見つけたとき、珍しくて付いて行かれたのでしょう? しかも、屋敷の外まで」
「はぅ、だって! はたはたケガしてたんだもん!」
「ほら。そのお方も、その時の灯里様のように興味が引かれたのでしょう。オレには分かりませんが、それでも怖いと思うのなら、このまま、しがみ付いていて下さい。赤子のように思われ笑われるかも知れませんがね」
些か意地が悪いとは思うが、そう言うと灯里様は頬をこれでもかと膨らませて、ジタバタと暴れ始めた。
「赤ちゃんじゃないもん! ちゃんと、あるくもん!」
「左様でございますか? では、どうぞ」
「……じゅっとのいぢわる!」
まさか、このまま降ろされるとは思っていなかったらしいが、この庭にも、何か特殊な呪いが仕掛けられているのだろう。
灯里様には悪いが、せめて片手ぐらいは空けておきたい。




