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霜月への道(4)旅人別れの道

 空が明るさを滲ませるよりも早く目が覚めたと言うより、あれからあまり寝付けなかったと言うのが正しい。

 鈍く頭に響く痛みと、体中を支配する気だるさと戦いながら起き上がった。

 深っと静まり返る明け方の空気が傷に痛みを覚えさせ、頭痛と相まって、もう暫く布団の中にいたいと云う思いがあったが、そうも言ってはいられない。

 目を擦り、大きく伸びをして、隣で寝ている二人を起こさないように布団から抜け出した。

 肩の傷具合は思いのほか良く、激しく動かさなければ平気そうだ。

「んぅ……」

「ぃって」

 もそりと寝返りを打っらしい拍子に、灯里様の小さな手が見事に大和の顔を打ったのは……見なかったことにしよう。

 今から関わっていては仕度に手間取りそうだ。

 いくらか薄情だとは思うが、いつもの事。

 屋敷の中でも灯里様に本を読みながら共に寝ていたなど、しょっちゅうだ。

 部屋の隅に押しやられていた火鉢を少し中央に戻し、火を起こすとみちる殿がゆっくりと起きた。

「おはようございます、みちる殿」

「后守殿……? あぁ、そうでした。おはようございます」

 恐らく寝起きであり、見慣れぬ天井に戸惑ったのだろう。みちる殿は起きると直ぐに布団をたたみ「失礼致します」と小さな荷物を持って、部屋を出て行った。

 それにオレも続き、庭の井戸で顔を洗ってから、ふと思い出したように、宿の外へと回った。

 宿の前は、争った跡とわかるように、積み上げられていたはずの薪があちらこちらに散らばり転がり、道には血を吐いたような跡の残っていた。

「お? 昨日の今日って割りに早いな」

 後ろから何の気配もなくいきなり肩を叩かれ、弾かれたように振り返った。

「どうした、そんな顔して。驚かせちまったか?」

「いえ……ブラド殿も随分とお早いようですが」

 昨夜の一件からあまり時間は経っていなかったが、後ろに立っていたブラド殿は、既に旅支度を終えているように見受けられた。

 そして、どれほど驚いた表情をオレは向けていたのか、苦笑いを浮かべられてもいた。

「寝てないからなぁ。まあ、お前さんから面白い情報を貰ったし、早いうちに確認して、一度くらいは故郷に戻らねぇと嫁さんに逃げられそうなんだわ」

「それは一大事ですね」

「そうそう。ま、そんな訳で早め早めに行っちまおうと思ってな」

 笑いながら防寒用の長羽織りに手を入れ、何かを取り出した。

「やるよ。お前さんの傷も大分良いみたいだし、回復よりかは補助の方が良いかと思ってな。使い方は、知るわけねぇな」

 そう言って差し出されたのは、若草色をした魔魂石だった。

「人伝に聞いたところには、言ってはいけない言葉があるとか」

 以前、魔魂石売りの店主をしていたリコ殿に教えてもらった事を言えば、ブラド殿は頷いた。

「魔力がなくても『瞬速(シルファ)』って言や、速さが上がる。お前さん向きだろう。使い方は単純。ソウルに触れて速くなるイメージ……って分かるか? まあ、アレだ、アレ……」

 聞き慣れない単語に、大和から以前貸してもらった、大陸の読解本の事を思い出したが……思い出しただけで指先をくるくると回しながら、換わりになりそうな言葉を探しているブラド殿と同じようなものだったが、ふっと思いついた。

「想像でしょうか?」

「お、そうそうっ、それだ。想像! それをしっかり持ってれば、後三回くらいは使えるはずだ」

 ブラド殿が言うには、石それぞれに特徴があり、それに対応する鍵となる言葉で効力を発揮すると言う。

 確かに、何も知らずに石の力を解き放てってしまえば、ちょっと怪我をした、ではすまないな。

「本当に大陸の術は凄いですね。此れほど便利な物が数多く存在されるのでしょう?」

「それなんだよなぁ。蘇叉は他の場所と明らかに違うんだよな。ま、そう云ったのを、宝探しついでに見て回ってるんだけどな」

「そうなのですか? やはり世界は広いですね。オレには全然想像がつきません」

「お前さんは若いんだから、大人になったら見に行けば良い。想いってのは口にしたら結構、叶うもんだぞ」

「分かりました。では、大人になった時に必ず、大陸へ渡れる日が来ると信じます」

「そうそう、そう来なくっちゃな」

 ニカッと笑ったブラド殿に改めて礼を述べ見送った後、部屋に戻ると、既に戻って来ていたみちる殿と輝政殿が火の側で話をしていたようだった。

「随分と早かったようだな。もう少しのんびりと寝ておっても良かったのだぞ」

「いえ、そうは云っても大和達より遅く起きるわけには参りません」

「そうか。まあもう直ぐ朝餉の時間じゃろうて、二人を起こして来てはくれんか。儂はその間に朝風呂を楽しんで来るかな」

「はい」

 輝政殿が部屋を出てからオレはまだ互いに張り付くようにして寝ている二人の側に近づいた。

 灯里様の傍らに跪き、灯里様越しに大和の肩を揺すると、面倒くさそうに唸り声を上げてきた。

「ぅ……うぅん……」

 寝ぼけている大和の腕がオレの手を払いのけようとしたが、目測などあるわけもなく簡単に阻止するともう一度声を掛けた。

「大和、そのまま寝返りを打つと灯里様が潰れてしまうぞ」

「……? あ、ぁ……うん」

 この言葉に薄らと目を開けはしたが、まだウトウトしたまま、灯里様の頭を一撫ですると目を閉じた。

 さほど寝起きは悪くはないはずなんだが、昨夜の件が眠気に尾を引いているようだ。

 仕方無しに灯里様を先に起こすが、こちらはまた、寝起きが悪い。

「はぁ……仕方ない」

 二人の掛け布団を引っぺがしてやると、寒さに顔をしかめて灯里様は更に小さく丸まり、大和の懐に張り付いた。

「みゅぅ~、しゃむぃ……」

「おはようございます。皆、もう起きておられますよ」

「ふあぁ~~」

 体を起こしてやりながら声を掛ければ、大きく欠伸をしてから灯里様は観念したように添えた手から離れ、隣でまだ寝息を立てている大和を見つけて、ジロリと睨んできた。

「にいさま、まだねてるぅ……ぶぅっ」

「いえ、大和にはこれから起きてもらいますよ。灯里様はどうぞお先に隣で身支度を整えてくださいませ」

「はぅっ。じゅっと、こあい……」

 どんな表情を浮かべていたのかは、あえて触れないで置こう。

 灯里様は急いで布団から抜け出し、隣の部屋に移動すると、みちる殿に挨拶をしていた。

 灯里様も着替えるだろうから、仕切り戸を閉めておく。

 さて、寝起きの悪い主をどう起こしてくれようか考えながら、寝ぼけつつ、掛け布団を手探りで探していた大和を見て再び嘆息。


「うわっ! ま、まった! おきるっ、起きるから!!」

 叫び声はあえて無視し、離れると大和は些か恨めしそうな視線を向けてから、小さく欠伸を噛み殺した。

「普通そういう起こし方する?」

「何を言うか。加減は当然したし後は大和だけだぞ」

「いつか絶対、仕返ししてやる」

 ポツリと何か物騒な言葉も聞こえたがそれも無視し、布団を片付け始めると、大和は軽く伸びをして顔を洗いに表に出て行った。

 やれやれ、どうにか輝政殿が御戻りになられる前に支度が済んだか。

 朝餉の席で長旅に慣れていない灯里様と、みちる殿の脚の具合を確かめてから、次に泊まる町までの道を確認しておき、そのままの足で宿を後にすることにした。

 町を出てから暫くの道は、同じ宿町に泊まった人間たちが幾人も居たが、道別れでぽつぽつとその姿を彼方へと消して行き、道すがらに一言二言と交わした旅人が手を振り別れて行くと、灯里様は寂しそうに大和とオレの手を握ってきた。

「どうしたの、灯里?」

「んー、もうすこし、おはなししたかったの」

「そうだね。自分の知らない話を聞くのは楽しいよね」

「うんっ」

 前を見つめたまま歩く大和は、少しだけ大きく灯里様の手を振ってみせた。

「そうしたら、今度会えたときに、灯里しか知らないこの蘇叉の事を教えてあげれば良いんじゃないかな?」

「灯里しか、しらないこと?」

「そう。だから、この旅で見た事とか覚えてよう。家の中じゃ見られないものって沢山あるからね」

「うんっ、がんばる!」

 いつものように笑う灯里様に、大和も口元に笑みを浮かべてから、僅かにこちらの方へと視線を向けて来たのに、オレは声を飲み込んでしまった。

「なに。十斗、どうかしたの?」

「い、いや……」

 気取られぬように深呼吸をしてから、大和へ言葉を返しその瞳へ視線を向けた。

 オレの、見間違い……だったんだろう。

「変なの。灯里、疲れたら遠慮なく言いなよ」

 いつものように優しく笑い、もう片方の手で灯里様の頭を軽く撫でていた。

 何故、一瞬でもそう感じたのか……

 オレは灯里様の手を放し、誤魔化すように水を取り出して、灯里様に差し出した。

「少し、飲まれますか?」

「だいじょーぶだよ。ちゃんと、ほしくなったらいうよ?」

 きょとんと、当たり前だが不思議そうな表情で返され、オレはその水を一口だけ含んでまた元に戻した。

 手の平にうっすらと滲んだ汗を水筒をしまいながら拭い、灯里様がまた手を差し出した。

「じゅっと、どーしたの?」

「え……?」

「ううん。だいじょーぶならいいの」

 そう言って灯里様が自らオレの手を強く握って、掌に伝わる小さな暖かさに、安心したように胸を撫で下ろした自分に気が付いた。

 大和の瞳に紅が混じっていたのか、それともただの気のせいか……

 少し気を付けねばなるまい。

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