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我を通したく

「大和、ちょうど良いところに」

 朝稽古の戻りがけに、大和の姿を見つけて声を掛けた。

「じゅっと、おはよー」

「おはようございます。灯里様」

「おはよ。どうしたの?」

 元気な灯里様とは対照的に眠たそうに目を擦り、向き直る大和にオレは預かっていた手紙を渡した。

「あぁ、翁からね。十斗、あとで僕の部屋に来て」

「はい」

「灯里はー? いっしょはダメ?」

「十斗と話が終わったあとにね。それに勉強しないとダメだろ?」

 大和が窘めると灯里様は「ぷぅ……」と言いながら頬を膨らませた。

 そして、オレを見るが、

「かえ殿と約束されたのでしょう。終わりましたら、はたはたの散歩に参りましょう」

 と、もはや、かえ殿が屋敷を離れた後の決まり文句のように先に答えた。

「うぅ、じゅっとのいぢわるー! にいさまのけちー!」

 ははは、これももう慣れてしまったな。

 それから、朝餉を終えた大和の部屋の中で待っていた。

 目の前で輝政殿からの手紙に目を通し終えた大和が、ふっと溜息をついて顔を上げた。

「少し予定早めるって。明後日には発つから、それまでに準備しておいてくれだって」

「そうか、なら、急ぎ準備をしてこよう」

「頼むね。僕はこれから紀代隆と稽古だし……丁度いいから、灯里と一緒に行ってきたら?」

「あぁ」

 きっと不貞腐れているだろうな。灯里様の勉強嫌いは今に始まった事ではないが……段々と逃げるの上手くなっているようだし。

「では、失礼致します」

 部屋を出ると、はたはたの高い鳴き声と、とたとた走る音が聞こえてきた。

 その音のほうを見れば、まだ包帯の巻いている足も気にした様子も無く、元気に走ってくるはたはた。

 一瞬、その後ろに灯里様がいるかとも思ったがそれもなく、オレの足元でぐるぐると回っていた。

「散歩時間を教えに来たのか」

 似たような時間に散歩に連れ出すせいか、はたはたはひとしきり足元で回った後、ついて来いと言わんばかりに玄関に向かっていった。

 だが、灯里様に声を掛けるのが先。はたはたを抱き上げ、離れへ向かうと、みちる殿の悲鳴に似た怒鳴り声が聞こえた。

 そしていつもと違ったのは、灯里様の泣く声。

「みちる殿、灯里様、如何なされましたか?」

 戸越しに声を掛けると、ますます泣声が大きくなった。

 オレははたはたを地面に座らせてから、戸に手を掛けた。

「十斗です。無礼承知で失礼致します」

「后守殿!」

 許可無き入室は本来、ご法度。だが、二人のままで収まるようには思えなかった。

「うぁああ、じゅっと……あぁあ!」

 部屋に入れば、顔中を涙で汚した灯里様が飛びついてきた。

「如何なさいましたか、みちる殿?」

「いえ、后守殿がお気に止めるような事ではございません」

「しかし、このように泣かれるなど、そう滅多にはありませんが」

 未だに声をあげたまま、しがみ付き、震えている灯里様にオレはあの一件を思い出していた。

「みちぅキライ! キライッ!」

「姫様、今回ばかりは悪戯にしても程がございます! 后守殿も、そう姫様を甘やかしてはなりませぬ!」

「そういうつもりは……」

「この時点で甘やかしていると言っているのです!」

 なにやら今回はみちる殿も、いたくご立腹のようだ。

「では、まずは事情を教えては頂けませぬか? 先の声はおそらく主の耳にも届いおりましょう。灯里様の守人を外れたとはいえ、主に伝える役目がございます」

「まったく、彦様も姫様を甘やかしすぎるから……」

 鼻を鳴らすように肩を揺らしたみちる殿は、床に散らばっていた薄紫色の花の蕾を拾い上げた。

「こちらでございますよ、亡き奥様の御庭から、姫様が手折ってしまった蕾と花たちでございます」

 咲くにはまだまだ先を思わせる硬い蕾。確かに開かれたままの障子の奥に広がる庭にあっただろう花の幾つかが、無くなっていた。

「姫様とて、あの御庭がお館様の大切な場所という事ぐらいは、ご存知でしょう」

「うぅぅ……だって、だって……」

 灯里様はイヤイヤするように首を振って、また声を上げて泣き出してしまった。

「だって、ではありませぬ! お館様になんとお詫びをすればよいのか」

「とうさまなら、へいきだもん! おこらないもん!」

 一瞬、みちる殿へ喰って掛かった灯里様の頬が、いやに赤く見えた。

「何を根拠に……」

「……みちる殿、怒る前に灯里様に何か致しましたか?」

「い、いえ。何も……」

 咄嗟に、胸元で手を合わせたみちる殿に、肯定の意を見つけてしまった。

「灯里様」

「ふぅ、ぇ……ぅっく」

 しゃくり上げながら、しがみ付く灯里様の頬に手を当てた。

「叩かれたのですね?」

 どちらに対して言った訳でもないが、灯里様は小さく頷き、また、しがみ付いてきた。

「灯里様、何故叩かれたのか分かりますか?」

「……だ、だって、みち、ぅ、きらい……なんだもん……」

「そうでしょうか? 灯里様が、お父上様の大事になされている庭の花を手折った事に怒られているのは、わかりますか?」

「ぅ……ん……」

「では何故に灯里様は、花々を手折ってしまわれたのでしょうか?」

 この問い掛けに、灯里様は口元を尖らせて俯き、腕の中で顔を埋めてしまった。

「みちる殿は理由を聞かれましたか?」

 そう言うと、今度はみちる殿も口を噤み、視線を逸らされた。

「理由を問うても姫様は何もお答えになりませんでした。ですから、わたくしもつい……」

「左様でしたか」

 みちる殿の理由はわかったが、肝心の灯里様の理由は未だに分からない。

 聞こうにも、貝殻のように閉じてしまっては、何も答えが聞けるわけも無く、どうしたものかと考えれば、外ではたはたの催促する鳴き声が聞こえた。

「ひとまず灯里様と共にはたはたの散歩へ行ってまいります。後ほど、改めて主よりお話を伺わせて頂くかと思いますが、宜しいですか?」

「はい。構いませぬ……わたくしは花を片付けてから、お館様にお詫びを申し上げに参ります」

「――っや、だめ!」

 みちる殿の深いため息が終わる前に、灯里様が飛び出し、部屋に散らばっていた花の幾つかを掴んで、そのまま庭に飛び出していた。

「灯里様!」

「じゅっともキライ――――っ!!」

 そう叫ぶと灯里様は走ってしまった。

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