伝え終わり
灯里様の離れから戻る途中で、大和に会いオレはそのまま大和の部屋へと赴いた。
部屋に着くなり珍しく不貞腐れたように座り込んだ。
「珍しいな……」
「そう? でも、不貞腐れたくもなるよ」
大げさに溜息をつき、手招きをされてようやく部屋の中へ入り、何時ものように座った。
「いくら皇家を守る剣と云っても、灯里に教えるには幾らなんでも早過ぎると思わない?」
再び大きく息を吐き出す大和に、オレはなるほどと頷いた。
護衛術を灯里様に教えると言う事より、怪我をさせるような真似はさせたくないと言ったところか。
しかし、もし灯里様が男児だったのならば、遅いと周囲から言われるだろうし、皇家の嫡子が居られるのなら、既にその側にいることを命じられる。
今、皇家に居られるのは、継承権を持たぬ姫ばかりだが、陛下はまだ二十代とお若いから、新たな懐妊の朗報を待つのみだがな。
「せめて、灯里が十歳を過ぎてからでも云いと思うんだけど」
「大和。御剣に生まれたのならば避けられない道だろ、それが早いか遅いかはオレたちが言ったところで仕方が無い。それに、肝心なのは灯里様自身の心だ」
「分かってる。でも、危ない事はさせたくない……」
そう言って大和はオレの方から視線を離し、反対の寝室の方へと視線を向けて小さく文句を言っていた。
「しかし、大和だって夏前にお目通りがあるだろう? 流石にオレらでは関わる事が出来ないからな。まあ、影也て……と言うところだが」
「分かってるよ……でも正直、皇家に関わりたくないんだよね。もし、蓬莱山より西に行くような事にでもなれば、一体何日、灯里と離れてなくちゃいけないんだ……」
「……そ、そこまで蒼白になって言うことか?」
信じられない事を考え付いたように、顔を青くして震える大和にオレは一抹の不安を覚えた。
「山を越えない程度までなら、それは仕方ないから我慢するけどさぁ」
「大和、頼むからそういう事は他に聞かれないようにしてくれ……下手をすればお前の立場だけでなく、お館様の立場まで悪くなるぞ」
「僕にとってはそれだけ重要な事なんだよ」
「あぁ、悪かった。だからそう睨むな……」
ほんの少しばかり、大和の瞳に赤色が混じったのを認め、降参するように手を上げた。
「それで、十斗は何か用があったの? いつも夜稽古してるか勉強してる時間じゃなかった?」
「あぁ、紀代隆様が所用で表に出ておられるからな、はたはたが見つかった報告をと思っただけだ」
「そう……灯里にはもう伝えたの?」
「先ほどお伝えした。今はもうご就寝になられている」
「そっか、ならいいんだ。灯里ってば犬が好きなのかな……」
僅かに肩を竦めた大和に、そう言えば……と、思い出していた。
「苦手みたいだったな、大和のこと」
「まぁね……これも瞳の影響かな?」
冗談めかして言うが、あながち間違いじゃないのかも知れないな。
はたはたは大和に対して怯えるように威嚇するか、灯里様の陰に隠れてしまうことがあった。
「さてと、そろそろ僕は寝るよ。明日の予定だけ教えて」
「午前中は変わらず、午後の一番に仕立て屋が来るので灯里様と共に新しい着物の採寸だそうだ。それから、舞稽古と護身稽古。夜はまたいつも通り」
「もう、再来月か」
「ああ。それが終われば……」
「ふわぁあ……十斗、もう下がっていいよ。僕、もう寝るよ」
欠伸をしながら、大和が立ち上がり寝室へ入ったのを確認し、オレは深く座礼の姿勢をとった。
「ごゆるりとお休みくださいませ。また、明日も良き日に……」
そう残して部屋を退出した後、自室に戻れば戸の側に言伝が書かれた紙があった。
師が戻られ、部屋に来るように書かれていた通り、訪れれば何時もの勉強と同じように机が用意されていた。
「遅いからと油断していたか?」
机の前に座り、言われた言葉にオレは少しだけ頷いた。
「だが、頭領から頼まれてな」
そう前置き、机の上に置いてあった手紙に目を通すように言われた。
手紙は巻かれて紐で結びが施されていた。
内容を読み進めながら、硬くなる表情が自分自身でもわかった。
これから先の事に関しての励ましらしい内容と、過ぎた件を蒸し返すのは役人達の立場を省みぬ行為だという諌めで締められていた。
今だ戻ってきていないはずなのに、一体何処で聞き及んだのか……父上の耳の早さは、恐ろしい。
本当に使いで外に出た合間に、あの男達の話を集めようとしていたが、たった一日でそれを掴んだと言う事になる。もしくは、釘を刺されただけなのかも知れないが、あの人なら本当に情報を掴み釘を刺したとも思える。
「読み終えたか?」
「はい」
手が止まったのを見届けたのか、声を掛けられ返事を返した。
「先日の一件について、頭領から重ねて釘を刺すように言付かった」
深い溜息を隠し、告げられ、オレは目を伏せた。
「十斗、正直に話せ。何をそこまで不審に思うのだ? 俺には正直、そこまで不審に思う理由が思いつかん」
正直に話せといわれ、その全てを正直に話せるわけが無い。
「神社での一件に関わった者達は、説明した通りの連中だった。それ以外に何が気になるのだ?」
言葉を、頭の中で話せる内容に何度か組み立て直し、閉じていた目を開いた。
「年の瀬にありましたあの一件に、彼らが関わっているのではないかと思ったのです」
告げれば流石に師も、眉間に皺を寄せるようにして、続けるように促した。
「神社の件で捕らえられた男が“先に失敗したガキの分には劣るかもしれない”そう、話していたのをオレは確かに聞きました」
「なるほど。一応聞いておくが、その事に関して彦様には報告したのか?」
「……いえ。話せば灯里様にも関わる一件ともなり、主自身が危険を犯す可能性も在りました故、告げてはおりません」
「そうか。賢明な判断だったな」
いくらか安堵した声音の師の視線が、此方に向いていないことが、良かった。
初めて、師に嘘を吐いてしまった。でも、本当に全てを言えるわけが無い。
「だが、お前がその様にして考えていたのなら、教えておいた方が良いな。ただし、此れを持って略取未遂の件に関しては忘れろ。それが教える為の条件だ」
師の強い言葉にオレは頷いた。
嘘を重ねることに抵抗はあったが、それ以上に、少しでも情報が欲しかった。
「お前の言っていた逃げたという男達は、皆死んだ。故に神社での一件とは関わりは無い」
「そんなはずはっ! だって、神社に居た男はオレを知っていました!」
思わず荒げた声に師は目を見開き、言葉が途切れた。
「お願いします。知っていることを教えて下さい。そうでなければ、オレは忘れる事など、とても出来ません」
「いや、すまん。俺もそれは初めて聞いた……」
口元に手を当て、驚く顔を隠しながら呟いた師の姿に、本当に知らないのだと教えられた。
「頭領に報告しておこう。しかしだ、十斗。その一件だけに拘り過ぎるな。この先、もっと多くの厄が降り懸かるとき、その一つ一つを潰して行こうとすれば、追いつかないぞ」
「それは何が悪いのでしょうか?」
「もちろんそれが悪いとは言わん。だが、一つに囚われ他が疎かになれば、お前の命自体危ぶまれ、后守一門を危うくする。
それに灯里様も嫁ぎ先が決まり、お前達の立場も変わってくる。その一件に重きを置きたいのは分かるが、俺に預けろ」
窘められるように言われ、オレにはまだ納得できない気持ちがあったけれど頷いていた。




