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あいつなぎ

 夕餉の後、オレは一度だけ師の部屋へ赴いたが、未だ戻っている様子は無かった。

 珍しいというか、お屋敷に来てから初めてではないだろうか?

 仕方無しに一人でまた町へと下り、はたはたの姿を探していた。

 夜ともなれば、流石に見かけるのは大人たちばかり。

 オレは探す範囲を更に広げ、道行く人に声を掛けていたが、大抵は「犬ならその辺でウロウロしてるだろ」という返事ばかり。

 誰かがあの怪我を認め、拾っていったのだろうか?

 それとも、ただどこかで迷子になっているのか?

「あら坊ちゃん、迷子?」

「……いえ」

 まあ、時折、こうして間違えられるのも仕方ない。

「怪我をした子犬を探していて、お見かけしなかったですか? 毛は薄茶色で首元と前足に包帯を巻いております」

「あらあら、随分としっかりした坊ちゃんだこと。そうねぇ……」

 そう言いながら、声を掛けてきた妙齢の女性の方は考える仕草をして、小さく口を開けて、何かを確かめるように頷いた。

「その犬かどうかは分からないけれど、お武家の方が連れていたわね。確か、そこの店並びの奥で見かけたわ」

「ありがとうございました」

 一度、指し示られた道を確認してから礼を述べ、その道へと向かった。 

 その道は旅籠が多く並ぶ道で、正直滅多に立ち入ったことがない。

 初めてとは言わないが、道筋が分からない分、あまり下手な横道には入らない方がいいだろうな。

 それにしても、まるで客の取り合いだな……

 まだ宿を決めていない旅人を見つけては、表に出ている呼び込みの女たちが、さっと手を取り己の宿へと引きずり込もうとしていた。

「十斗。こんなところで何をしている?」

「……! きよ、師匠……」

 外では出来うる限り、名前を呼ばぬようにと云われていたのを思い出し、オレは久方ぶりに師匠と呼び振り返った。

 そしてオレは更に驚き、声を失いかけた。

「師匠こそ、そのお姿、いかがなされました……」

「ん……? あぁ、これか」

 そう照れくさそうに呟いて、袴についていた泥を叩き落とした。

「なに、大した事じゃないさ。それより、こんなところで――」

「あっれぇ、十斗君じゃない?」

「ホントだ」

「………………」

 

 言葉が、出なかった。


 師の言葉を遮り、側の旅籠の中から出てきたのはリコ殿と朔耶、そしてリコ殿に抱えられた子犬は、はたはただった。

「え、あ……何故、お二人と共に……? それに、はたはたも」

 かろうじて三人に向かい説明を求めると、師は直ぐに気が付いたらしく「すまなかったな」と声を掛けてくれた。

「話がてらに一服していこう、リコ殿も朔耶殿も、どうぞご一緒に」

 師は後ろに立つ二人に振り返り、ゆっくりと歩き始め、それに倣うようにリコ殿が師の隣を並んで行く。

 そうすると当然のように、朔耶がオレの隣りに来た。

「ねえ、紀代隆さんって十斗のお兄さん……とは違うの?」

「ん、いや……何故だ?」

「だって、今、師匠って呼んでたから」

 鳥のように首を傾げてから、前を行く二人を眺めるように、朔耶の足が一瞬だけ止まった。

「何のお師匠様なの?」

「あぁ、護身術のな」

 嘘ではないが、誠と問われれば若干の差異がある。しかし、朔耶はやたらと感心したように目を輝かせて一つ頷き返してくれた。

「へえ、じゃあ強いんだ。凄いなぁ」

「まあ……」

 それから茶屋に着くまで何故か、師の事を口早に聞かれてしまった。

 ……何か、居心地が悪い気がしてきて、少しばかり歩みが遅くなったのに気がついたのは、目的の店の前で待っていた二人が不思議そうな目を向けて来ていたからだった。

 大通りを挟み、飯処の並ぶ店を数件通り過ぎた先のその店は、たまに大和とも来ている店だった。

 餅が美味くて、添えものも黄粉や香実など好きなものを選べる。茶の味は、屋敷の美味い茶に慣れてしまうと申し訳ないがな。

 しかし、夜までやっているとは知らなかった。

 昼間は外に出ている長椅子も数が減り、一つだけ表に出ているだけで店主の案内で中へ通されると、仕舞われただろう長椅子に板を乗せただけの簡単な卓があった。

「お客さん、悪いけど犬は表に繋いでおくれよ」

「今この子、薬で寝てるんだけど……それでもダメかな?」

 リコ殿が店主を片手で拝むようにし、はたはたを見せた。

 一瞬だったが、店主は明らかかにリコ殿と朔耶に怪訝そうな表情を向けていたが、溜息一つだけ大げさに漏らして奥へと入っていった。

 それから、オレは茶だけを貰い、師とリコ殿は酒を貰っていた。

 まあ、朔耶は茶と甘味をいくつか頼んで、顔を綻ばせながら舌鼓を打っていた。

「あまり遅くに食うと太るぞ」

「いいのっ。甘いものは女の子の活力になるんだから」

 三つ目のあんみつに手を伸ばしていた朔耶へ思わず言うと、軽く頬を膨らませて返されてしまった。

「でも、朔耶、この前おなか回り気にしてたでしょ? ほどほどにしておきなよ」

「……ぅ。そう言うのは、今言わないでよ」

 尖らせた口元を隠すように器を近づけて、体を小さくしている朔耶に気取られぬ程度に笑い、掻い摘んで今に至るまでを師が教えてくれた。


 所用を済ませ屋敷に戻ったところで、はたはたの姿が見えなくなったと聞き探しに町に下り、その途中でリコ殿たちに会ったそうだ。

 師の話を聞いて、はたはたの事だと知った二人が探すのを手伝ってくれ、町の外近くで見つけたそうだ。

 はたはたは、また少し怪我を増やされていたようで、朔耶が世話になっていると言う薬師の家に連れて行き、手当てに時間がかかったと言う。

「でも良かった。今日、十斗君とは会えないかと思ってたから」

「申し訳ありませんでした、思いのほか用事が立て込んでしまいまして」

「いいよ。気にしないで、こうして会えたんだしね」

 それから、オレはもう一度だけ謝り、先にはたはたを連れて帰ることにした。

 灯里様が、はたはたを探すために屋敷を抜け出そうとしていた事を、結局は師に伝えていないからな。

 それにあまり遅くになれば、今度は大和と共に外に出てきかねないだろう。

 オレがはたはたを抱えると、リコ殿も席を立とうとしたがまだ茶を飲んでいた朔耶の恨めしそうな声を受けて、困ったような視線を向けてきた。

「えーでも、幾ら地元でも、この時間に十斗君一人って言うのも危ないでしょ?」

「いえ、オレならご心配なく。師匠、お二人のお見送りをお願いいたします。お二人もお気をつけて下さい。お先に失礼いたします」

 一礼したオレに師は小さく「すまんな」と言い、リコ殿からも同じような言葉を頂いた……が、朔耶からは何の気兼ねも無い見送りの言葉だけだった。

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