鍛冶師
「ただいま戻りました」
「お帰り、入っていいよ」
許しの言葉を受けオレは部屋へと入り、大和の前で膝を着いた。
「相模刀具より言伝を承ってまいりました。まあ、予想してはいると思うが『一度なりとご足労を願い出で、仕上げに入るべきかと』とのこと」
言伝を伝え終え、大和の表情を見ると小さく笑っていた。
「予想通りだった。父上にもさっき出会い頭に言われたよ」
「なら、明日にでももう一度出向くか? 明日の午後なら予定は特にないはず……」
「それなら、夕方に行くよ。早めに済ませて明日はやりたい事もあるし」
「……そうか」
先にリコ殿との約束を交わしてしまった身としては、少々困ったところだが、しかし大和の予定を狂わすのも后守としては憚られた。
「では、その旨伝えてこよう。夕餉には間に合わせなくてはならないからな」
「そうだね。あ、そうだ……例の魔魂石の店主には会えたの?」
「……一応な」
思い出したかのような問いかけに、オレは些か歯切れ悪く答えていた。
「十斗、もしかして何か約束でもしてきたの?」
「ああ。だが、大した事ではない……また、日を改めるさ」
「ならいいけど」
大和を先に稽古場へ送り、オレは相模刀具へ立ち寄った。
町の中にあるのはあくまで卸店、今度向かったのは鍛冶場のある外れの場所。
金属を打つ甲高いが力強い音は、遠くに居ても良く聞こえていた。
そして鍛冶場の小屋が見えてきたころには、暖かな空気の流れも感じられるほどだ。
「お邪魔致します、昇靖殿はお戻りでしょうか」
「ん? おぉ、十斗なにか忘れ物でもしたか?」
丁度一段落着いたのか、水の中に打ち立ての刃を沈めたまま昇靖殿が面を上げた。
手ぬぐいを額に巻き、口元には無精ひげが黒々と蓄えられているが決して無骨にはならず、笑えば仕事に満たされているのも窺える。
「いえ。主から返事を承り急ぎお伝えに参りました」
「そうか、彦様にこんな所まで足を運ばせるのは悪いとは思うが、して、何時頃に?」
「夕方に。舞稽古の後にともに参ります」
「おお。確かに承った。なら、多少は時間もあるか……どうだ十斗、お前の長刀も頼まれているのだが今見ていくか?」
まだ、途中ではあるがな……と、屈託なく笑い付け加えられ、オレはその申し出をありがたく受ける事にした。
昇靖殿は些か足が悪く片杖を突きながらの案内の元、庵に通され仮止めの柄と鞘に収められた刀を受け取った。
「では、失礼致します……」
静かに、鞘から引き抜くそれは短刀に慣れているオレには些か重たかったが、それでも刃は昇靖殿の真摯なる熱意を表すように煌めいていた。
刀を鞘に戻し、昇靖殿へと返し咥えていた懐紙を畳においてから一息ついた。
「どうだ?」
「オレには勿体ないくらいの一品です。昇靖殿の刀に負けぬ使い手になるべく、精進いたします」
深く頭を下げ感想を述べると、昇靖殿は大きな声で笑った。
「そうか、気に入ったのなら問題ない。お前の刀、これで仕上げよう」
「ありがとうございます」
「後は……姫様の分をどうするかだな」
「灯里様の……ですか? 幾らなんでもまだ早いのでは……」
女子といえど、御剣の家の血を引く灯里様にもいつかは刀が送られる。
しかし、それは十歳を過ぎてからが習わし。
「ああ、俺たちもそう思うが『護身用の小刀でも良い』と、彦様の刀を受けたとき、ご一緒にご依頼されていったのだ」
「そうでしたか。なれば、後ほどお許しがいただければ灯里様ともご一緒にお伺いさせていただきます」
「そうだな、急がなくても良いとは言われたが……やはり、この所物騒ではあるからな」
神社での一件を聞き及んでいるのか、それとも別の件なのか分からないが、心配気な表情が見えた。
「……確かに。大事に至る前に止めるが后守の役目。力不足ゆえに、昇靖殿たちにもご心配をお掛けして」
「十斗。お前は良くできた子だ……しかし、この場くらいはもう少し相応に振舞え。
子供を守るのは大人の務めだ。曉や琴世とて、心の奥ではそう願っている」
「お言葉ありがたく。しかし、あまり甘えすぎては今度は主に迷惑をかけてしまいます」
オレはもう一度だけ、目の前で苦く笑う伯父へと深く頭を下げていた。




