影の端
「大和、少し良いか?」
「ん、なに?」
オレは大和の部屋に入ると、戸を背にしてその場に座った。
正月二日目は御剣に縁のある者たちが挨拶周りに来る。言い換えてしまえば大和も灯里様も今日一日は外に出る事が無い。
「少し出かけてきたいのだが、良いか?」
「別に僕は構わないけど、紀代隆は何も言ってなかった?」
「いや、紀代隆様にはこれから伺いを立てようと思ってる」
「なら良いよ。どうせ僕らは家から出れそうにないし……あぁ、それなら僕の用事も頼もうかな?」
そう言って大和は読んでいた本に栞を挟み、脇へ置くと席を立った。
机の上に置いてあったのは手紙か、それを拾い上げるようにしてオレの前に持ってきた。
「昨日、翁にお年玉貰ったからね。お礼の手紙書いたんだけど、出しに行けそうに無いから、外に行くついでにお願いするよ」
「わかった。遅くならないようにする」
「夕餉前には戻って来るでしょ。あぁ、そう言えば、十斗は翁に会わなかった? 昨日、君のことも探してたんだけど」
「ああ、昼後にお会いした。オレも輝政殿から頂いたからな、その礼の手紙を出しに行くのも……なにを笑ってるんだ?」
封をまだしていなかったのか、手紙を確認するためにか中身を取り出すと小さく笑って手招きをしてきた。
「……これは灯里様の?」
「うん。すごいよね、先に書いてたら、絶対に僕の内容は消されちゃってるよ」
確かにな。紙一面と言って良いほどの大きな文字で『ありがとう』と(恐らく)書かれていた。そして、最後の隙間に埋めるように大和の礼の句が細く綴られていた。
「それじゃあ、お願いするよ」
「ああ。さほど遅くならないうちには帰ってくる」
手紙を受け取り、しっかりと封をして預かった。
師にも出かける旨を伝えて玄関へと回ると、灯里様が床に座り込んでなにやら遊んでいる姿が見えた。
「あ、じゅっと。でかけるの?」
オレに気がつき、灯里様は顔を綻ばせたまま問いかけ頷き返した。
「はい。少々、私用で出かけますが……灯里様、くれぐれもまた勝手に抜け出されませんように」
「だいじょうぶ! はたはたといっしょにあそんでるもん」
そう言って先日保護した子犬、はたはたの頭を撫でていた。
しかし、何故“はたはた”となったのか……名付けは確かに灯里様に任せはしたが。
「はたはた、お前も勝手に抜け出すなよ」
言って聞くかは分からないが、はたはたは小さく一鳴きして尻尾を左右に振って見せた。
まだ前足に負った傷が癒えている様子は無い。ただ、無闇に舐めないように清潔な布で傷を保護しているままだし、引きずるように歩くのに変わりは無かった。
「では、行って参ります」
オレは灯里様へ一礼をして外へと出た。
……こうして表に出るのは、些か後ろめたくもあるものだな。
オレは手紙を配達屋へ頼み終わると、そのままの足である場所へと向かった。
目的地が近づくにつれ、人の波が徐々に増えてくる。
皆、晴れ着に包まれ手には新たな破魔矢を持ち、すれ違い様に出会う知り合いへと新年の挨拶を交わしていく。
陽川神社は今日も変わらず人が賑わいを見せ、オレはその人垣の中から道を逸れて出店へと回った。
立ち並ぶ店の数は昨日と変わらず数多くある。
昨日の詫びもあるし、何か買っていくべきかな?
歩きながら屋台を眺めていたが、先のほうで悲鳴や怒号が聞こえ、そちらから人々が逃げてきたり遠巻きに見物しに向かう姿があった。
「Was machst du!」
「テメェ! よそモンが誰に許可得て、商売してんだ!」
「ich wird notwendige Erlaubnis erworben!」
この声……もしかして?
声のした方へ向かうと、柄の悪い男たちが一つの店を取り囲んでいた。
既に周りの店の人たちは迷惑そうな表情を浮かべ、傍観か避難していた。
「あぁん! おい……コイツなんて言ったんだ?」
「えぇ? あ、そうだきっと『売り上げ全部あげるから許して』って言ってるんじゃないんですか?」
「お、そうか! よし、女、今回はそれで許してやる」
「Sage keine egoistische Sache!」
遠巻きに眺める人々の合間を縫い、側へ近づくとやはりリコ殿の怒鳴り声だった。
店を庇うように前に立つ彼女に、自分勝手な言い分で納得した顔を浮かべた男が図太い手を差し出し、取り巻きの男たちがその輪を縮めていく。
「早く出しやがれ!」
「Um meine Geschichte zu hören……」
今にも店を壊しかねない勢いの男たちに対し、リコ殿は軽く首を振り、台の上にあった赤い魔魂石を一つ手の内に握りこんだ。
商売人らしい懐こい笑みは消え、戦う人間の眼で僅かに構え始めた。
「Bitte gehe irgendwo! Ich lasse es nicht sicher gehen!」
「なんだテメエ、ヤる気か?」
「痛い目見る前に大人しくしな、ねーちゃん」
何かの啖呵を切ったリコ殿の威勢に、男たちは数の有利さを持って店を取り囲んだ。
これは流石に止めないとまずい。
「うん、よく見りゃいい女だな。売れば金になるか」
「確かにこういう手合い好きなお偉いさんも多いし。先に失敗したガキの分には劣るかもしれないけど、荒神相手よりゃマシなもんとくらぁ」
――ガキ……荒神……?
笑う男の台詞を一瞬、反芻し、無意識に動いていた。
「Störe meine Arbeit nicht!」
「貴様らッ!」
リコ殿に手を伸ばした頭らしき男に、後ろから体当たりをかけていた。
完全に後ろに注意の無かった男は前のめりに転び、派手に魔魂石を飛び散らせた。
他の輩たちが呆気に取られているうちに、隣りで媚を売っていた奴へ足払いをかけ地面に転がした。
「くぅ……くそ、この餓鬼がぁっ!」
「少し寝ていろ」
「うげっ」
転がしたばかりの男の延髄に強く手刀を打ち込み、怒りを向けてきた頭の懐へ飛び込み身を小さくして再び足を払ったが、硬い。
体重差で払うのが無理なら、突き上げる。
男の振り下ろす拳を避けて掌底を喰らわせば、真芯を捕らえ男の体が派手にひっくり返った。
他の男たちも思い思いに襲い来るが、動きが大きく読みやすい。完全に囲まれてしまえば身動きが取れなくなるから、外へ外へと回避しながら男たちを叩きのめす。
リコ殿に至ってはこちらが心配する方が失礼に値するか。大の男たちを軽々と吹き飛ばしていた。
「Ist es das Ende?」
言葉こそ分からないが不敵な笑みを浮かべて男たちを挑発までしている。大陸の女性とはこうも強いものなのか?
「てめえら調子に乗ってんじゃねえ!」
幾度か顔から地面に落ちたせいで、すっかり汚れた厳つい男の額に血管が浮き上がり、手には刀が抜かれてあった。
「このような場で抜くとは、」
「うるせえ、この餓鬼が!」
「刀も泣くだろうな」
力任せに振り上げ降ろされる動作。このまま地面に叩きつけられれば刀身が折れ飛ぶのが目に見えていた。
「Friere! SoulEnchant‐Flamen!」
「な……に?」
いつの間にか後ろに回っていたリコ殿は、男の腕を掴み手の中に握っていた赤い魔魂石を刀に触れさせた。
一瞬、赤い光が強く輝き色だけが刀へ溶けるように移った。
「ひッ、ぎゃあああぁぁぁぁああああああ!」
なんだ……あれは?
魔魂石の色が失われ、ただの石になると同時に刀から炎が噴出していた。
驚いた拍子に落ちた刀の炎は収まる気配もなく、リコ殿はその刀を拾い上げて目の前の男の方へと突きつけた。
「Kämpfst du immer noch?」
にこりと笑みを向けられた頭の顔が青ざめ、他の男たちは気を失ったまま地面を転がっていた。
分の悪さに頭の男がジリジリと後退を始めていた。
「待て……貴様には聞きたいことがある」
そして、退路を封じたのはオレ。
「Juxto……?」
「先日、この地のある御方が攫われかけた……それは貴様らの差し金か?」
小さな声で尋ねると、一瞬驚きに満ちた目と合い……厭な笑みが浮かんでいた。
「へへへ……そうかい。テメェか……」
「…………?」
「よく覚えたぜ。必ず、後悔させてやるよ」
「なんだと……!」
問い質すより先に男から石礫をもらい、気がついたときには男は通行人を突き飛ばし叫びながら遠くへ行く後姿になっていた。
まあいい。幾らか口の軽そうな男が場に残った……まずは、師に伺い立てるべきか。
そうオレが考えを纏め終えた頃には、リコ殿がどこから調達したのか分からぬ縄で地面に転がっていた男たちを一纏めに縛り上げていた。
「Danke, war gerettet. du Juxto」
少し驚きに満ちながらも、リコ殿の笑みと共に差し出された手はそのままオレの頭上で軽く二度三度と跳ねた。
「リコ殿……申し訳ないが、オレには何を仰っているのか、さっぱりなのですが?」
「ん? あ、ごめんね。全然気がつかなかったわ」
笑いながらリコ殿の言葉は聞き慣れたものに変わっていた。
「油断してると直ぐに戻っちゃってねぇ。助かったわ、ありがと」
「いえ……折角の店を壊してしまいました」
奇跡的に隣りの店には被害こそ出なかったが、小さな魔魂石はあちらこちらへと散らばってしまっていた。
「平気へいき♪ 今日はもう、店じまいのつもりだったし」
そういって手早く商品を拾い始めたリコ殿の隣りでオレは、気を失ったままの男たちの様子を見ながら片付けを手伝った。
そして、男たちは役人たちに連れて行かれたがその後のことに関しては極秘とされてしまった。
曰く、知る権利はないと……




