迎春
天司大社は流石と言うべきか遠方からの参拝者たちも多く、陽川神社の人通りとは比べ物にならないほどだった。
とは言え、この場に限りいつもの后守の役目はほぼ無いに等しく皇家の祈願・祝賀などが終るまでは他の手伝いに回るのだが、今回でようやく二度目の参加。
皇家の侍女たちに混じり、昼餉の片付けの手伝いに回りそれが一段落着けば夕方の奉納舞の準備の手伝い、忙しさは半端ない。
陽川神社から戻ってきた後、ほんの少しの仮眠を取って大和と灯里様、それに他の侍女たちと共に天司大社へ訪れた。
ご当主にお会いした後に大和たちと別れ、今の状況だ。
「十斗殿は居られますか?」
「はい!」
呼ばれ返事を返し、拭き途中だった皿を近くに置いて入り口へと回った。
待っていたのは白髪の老人だった。
「おや、お主が十斗殿か?」
「はい。えっと……何かございましたか?」
想像していた人物と違う、そう言いたげな口調だったが老人は一つ頷く仕種をして手招きをしてきた。
人の通りの多い廊下から、荷物が積み上げられている倉へ続く道へと呼び出され、そのままオレを呼びに来た老人は何処かへと行ってしまった。
大社に着いてから休む間もなかったから、まあ……小休止と思えばいいのだろうが、そう言うわけにもいかない。
しかし、何なんだ?
疑問に思っていたが、直ぐに老人が去って行った方から人が来たのが分かった。
「おお、すまんな」
「輝政殿! ご無沙汰しております」
ひょこりと愛想のいい表情を浮かべて顔を出したのは、霜月分家の前当主の輝政殿だった。
「なに、堅苦しい挨拶は……と、まずは明けましておめでとう」
「あ、はい。昨年は大変お世話になりまた、本年もよろしくお願いいたします」
立ち礼のまま互いに新年の挨拶をかわし、輝政殿が近づいてきた。
「それで、何かオレに御用が?」
「なに、今時分ぐらいしか会えぬと思ってな。ほれ、手を出しなさい」
「……はぁ」
にこにこと笑う輝政殿に従い、とりあえず両手を前に差し出した。
「なんだ、新年早々怪我でもしたのか」
「ええ、ちょっと転びまして」
「そうかそうか。怪我も元気な証だのう」
笑いながら手の上にぽち袋が置かれた。
「いやぁ、大和様と灯里姫様にはもう渡せたのだがな。お前さんが中々見つからなくてな」
「え、い、や……そんな、頂くわけには」
「前にも言うただろ? 子供が遠慮をするでない、とな」
慌てるオレに愛嬌のある笑みを浮かべてカカカッと笑っていた。
「正直なところを言えば、アヤメに全て任せて家で大人しく待っていても良かったのだが、お前さんたちが来ると聞いて、来てみたが退屈でなぁ。まあ、儂は目的も果たしたし、そろそろ帰るとするかな」
「よろしいのですか? 初奉納では神名木が舞を舞うとお聞きしましたが……」
ゆったりと踵を返す輝政殿の背に声をかけると、小さく笑っていた。
「なに、神名木の舞などその気になれば何時でも見られるわ」
そう言って結局、輝政殿はそのまま帰ってしまわれたのか夕方以降も姿を見かけることはなかった。
夕方の奉納舞は篝火が焚かれ、温かく染め上げられている舞台の上で行われる。
楽師たちは既に調音を終えて己の出番を静かに舞台で待っていた。
オレはその舞台を待つ人たちへ配られる振舞い酒と茶を一つ一つ渡していく。
「十斗、十斗っ。こっちこっち」
呼ばれた先を見れば大和と灯里様が小さく手を振っていた。
「まだ終わらないの?」
「これが終われば一段落着く」
そう言いながら大和へ茶を二つ渡し、退屈そうに欠伸を何度も噛殺している灯里様が何か思い出したかのように、着物の袖へと手を入れていた。
「じゅっと、これあげる!」
「オレに、ですか……?」
なにやら今日は貰ってばかりな日になってしまった。灯里様から頂いたのは飴玉だった。
「ありがとうございます。後でゆっくりと頂きますね」
袖内にしまいながら礼を述べて、他の席へ残っている器を配りに戻った。
配る酒も残りも僅かだった事もあり、楽の音が静かに広がり始めた頃には各家の従者たちに混じるように席に着く事が出来た。
一応、奉納舞は一般にも公開されている為、高舞台になっているがかなり遠目に見ることになるんだろうな。
そう思いながら後ろを見ると人が本当に壁のようになっていた。
―― 常世の神 邦前神の御前
培えし苦楽 秤て
捧げし楽音 振る舞いし神酒
太平の地 広がる明けの閃き
屠る苦神 蘇る大安
水神の流れ 育まれる命樹
健やかなる枝葉の道
荘厳なる 神鳴り
おいでませ おいでませ
現世の神 天司神の御前
清められ 心身は輝く
捧げられし舞 謳い継ぐ
無病息災 豊饒を祈り
万物繁栄 天司神の詠
大御神の祝宴
旧き年を酒に
新しき年を迎え入れん ――
舞い納めと共に、神が天へ帰る神鳴りを模した低い鐘の音が響いた。
その余韻が収まりきらぬうちに、人々が動き出す。
これでオレの手伝いも最後。配った杯を回収して社務所にまで戻せば終わりだ。
オレたちは鳴り止まぬ拍手の合間を縫うように、盆を受け取り皆から空になった杯を受け取って回る時間勝負。
帰りの道で大和達を待たせるわけにも行かないから、当然といえば当然。
どうにか、帰りの仕度前に済ませることが出来たオレは急いで大和たちの元に戻った。
「お疲れ様、十斗」
「じゅっと、おかえりぃ」
「お待たせ致しました」
二人の労いの言葉にオレは緩く首を振って、帰ろうと回りを見回した。
「父上ならいま神名木の当主と話中だよ。先に戻っていて良いって」
「あ、そうだ。にいさま、じゅっと」
小さな手を打ってから、大和の袖を引っ張た灯里様の目が妙に輝いている。
「どうしたの?」
「あのね、あのね……あそこの、ふわふわのほしい!」
そういって示したのは綿菓子だった。大和が一瞬困ったように表情を浮かべたが「少し待ってて」と、ご当主の居られる方へと走っていった。
ご当主が大和を見てからこちらに視線を向けて来たので、オレは深く頭を下げた。
「あ! あっちのたこやきもおいしそう!」
「灯里様、そんなに食べたらお腹を壊しますよ。第一、戻れば皆が夕餉の支度をしているはず」
「だいじょうぶ、ちゃんとぜんぶたべるよ」
なんと云うか、食べる気満々な灯里様は何故か胸をそらせて仁王立ちでいた。
「灯里、父上が少しなら良いって。行こうか」
戻ってきた大和の手に小銭袋があった。オレがそれを預かり先を行く二人の後を着いて行った。
全くの余談だが、大和は出店の気になったものを次々とせがむ灯里様を宥めるのに苦労し、屋敷へ戻った後は当然の如く、灯里様は夕餉も食することなく寝入ってしまわれた。




