大陸の姉妹
屋敷に戻り、灯里様と大和が床に就いたのを確かめた後……オレは自然とまた神社へと赴いていた。
流石に時間帯のせいか人が少ない。
出店を出している人たちの中には一度店を閉め、参拝に向かうものや仮眠をとる者の姿も見えた。
出店の前に並ぶ人々をゆっくりと抜きながら、目だけが何かを探すように一人一人を確かめてしまう。
家族連れに追い抜かされ、どこからか誰かの笑い声が遠くに聞こえる。
何を、しているんだ……オレは。会えたとして……どうする。
今は少しでも身体を休めて置かなければいけない筈なのに。
「帰るか……」
そう小さく零してオレは踵を返し、参道に並ぶ参拝客の合間を逆らうように歩き始めた。
鳥居が近づいたころ、後ろから小さい悲鳴と背中に伝わる衝撃があった。
「――え……」
堪えるより先に、ブチッという嫌な音が足元から聞こえてきた。
「うわ!」
「いったぁ……もぅ、ひどい目にあった……」
それよりも、早くオレの上からどいてもらいたいものだ……
「朔耶! 大丈夫?」
「うん、大丈夫」
……だから、のんきに会話をしてないで貰いたいんだが……
「って、朔耶、早くどいてあげないと!」
「へ……? きゃあ! ごめんねごめんね! 大丈夫?」
「いや、この程度なら……」
潰されたまま答える情けない羽目になったのは、仕方あるまい……
ようやくオレの上からどいてもらい、二人の女性の姿が見えた。
「あっ……!」
三者三様にもならず同じような間の抜けた声。
薄紅梅色の晴れ着に身を包んだ昼間に出会った少女と、つい先ほど出会った魔魂石の店の女店主。
「いやぁ、ホントにごめんね。朔耶ってばホント、忙しない子でさ」
「うぅ……返す言葉もありません……」
恨めしげな視線を送りながらも、もう一度オレに向かい謝ってきた仕草は、軽く片手を前に上げて小さく誤魔化すように笑っていた。
「とりあえず、ここじゃ邪魔になるから一旦、店にもどろっか。君も一緒においで」
「いや、オレは……」
「あ、ちょっと待って」
彼女の言葉に、オレの手を引っ張ろうとしていた店主殿の足が止まってくれた。
「鼻緒、切れちゃってる」
「えぇ! 朔耶のそれ、借り物って言ったのにぃ」
「違う違う、私じゃなくて……この子の。多分さっきぶつかって倒れたときに切れちゃったんだと思う」
「ありゃぁ、ホントだぁ」
……全く持ってその通りだったが、このくらいなら何とかなるか。
とりあえずオレたちは一度、参道を外れ人の少ない場所に寄ってそれぞれ名乗りあった。
二人とも大陸からわざわざこの蘇叉まで訪れた姉妹らしい。
しかし、そう言われるまで、この二人が姉妹と言うのは分からなかった。
確かに肌の白さや薄茶色い瞳など似ているところはあるが、顔立ちがあまり似ていなかった。
「似てなくて驚いた? まあ、世の中そんなものよ。にしても、器用だねぇ……十斗君」
「応急程度ですが、誰でも出来ますよ」
切れた鼻緒は持っていた手拭を裂いて繋ぎなおしたが、大社参拝前にきちんと修繕した方がいいだろうな。
「お姉ちゃん、ちょっと先に戻ってて。直ぐに戻るから」
「はいは~い。温かいの用意して待ってるね」
そういってリコ殿は先に雑踏の中へと紛れて行ってしまった。
オレは隣に立つ朔耶殿へ視線を向けると、彼女は人が並んでいる手水へと向かった。
「十斗君、手だして」
他の人の使い方を見ながら、朔耶殿がひしゃくに水を掬い手を差し出してきた。
いや、ここは悪まで参拝者の清めのためであって……
「ほら、汚れ落さないと悪化しちゃうよ」
そう言うと問答無用でオレの手を掴み上げ、擦り剥けた左手に水をかけた。
冷たい水が傷口に刺す様な痛みを与え、思わず顔をしかめた。
「右手は、大丈夫?」
「だ、大丈夫ですから、ご心配なく」
今度は右手を掴もうと手を伸ばして来る前に、オレは先に手を出し無事な事を示した。
「うん、大丈夫みたいだね。左手貸して、このままだと痛いでしょ?」
「この位良くある事ですから、どうかお気になさらずに」
「なに? よく分かんないけど、ダメ!」
今では痛い意味が違うが、寒さで赤くなってしまった手を朔耶殿が捉まえて、淡い桃色の花の刺繍が入った布を手に巻いてくれた。
「本当は薬も塗った方がいいんだろうけど、今手持ちが無くって……ごめんね」
「いえ、これで十分です。ありがとうございます朔耶殿」
「んー……あのさ、一ついい?」
「何か?」
歩きながら神妙な顔つきで、オレを些か睨むようにしてきた朔耶殿に返事を返すと、再び唸るように唇を尖らせていた。
「その妙な言葉遣い止めて欲しいなぁ……それに“殿”って言うのもやめて」
「しかし、目上の方に……」
「そんなの関係ないって。第一、ちょーっと聞き取りにくいし、折角歳の近い友達に会えたんだしさ。名前で呼んでもらえたら凄く嬉しいんだよね」
オレの言葉を遮り、本当に花の咲くような笑顔を浮かべられ返事に困った。
詰まるところ、慣れないのだ。
屋敷にいる女性と言えば皆年上の方々ばかり、唯一年下の女子といえば灯里様ただ一人。
「だから、朔耶でいいよ。私も十斗君の事、呼び捨てにしたいし。だから、ね?」
「え、っと……善処は、しよう」
本当に良いのかと少し躊躇いつつも、その返事に満足してくれたらしく、足早に出店へと戻ると確かにリコ殿が人数分の甘酒を用意して待っていてくれた。
「お帰り、予想通りの良いタイミングだったね」
「ただいまぁ」
嬉しそうにリコ殿の隣りに座る朔耶に甘酒を渡し、それがオレへと回ってきた。
「十斗、まだ時間ある? これ飲んだら一緒にお参りいかない?」
「え……あっ! 今、何時ですか?」
空を見れば僅かに夜が退き始めていた。
オレの言葉に、リコ殿は自分の腰にぶら下げていた銀色の時計を拾い上げた。
「んーと、今……5時前だから……こっちだと、表記違うっけ?」
「いえ、それだけ分かれば十分です。申し訳ありませんが、オレはこれにて失礼致します」
「あ、十斗!」
結局渡された甘酒に口をつけることなく、オレは急いで屋敷へ戻った。
しまった。完全に時間を失念していた。
正門も裏門も完全に閉まっていたが、抜け道はある。
オレはそこから庭に入り、与えられた自分の部屋へと静かに戻った。
しかし、戸を開くより先に動く気配を感じオレはその手を止めた。
静かに膝を下ろし、ゆっくりと戸を開き深く頭を下げ中で待つ人の言葉を待った。
「遅い戻りだったね」
「申し訳ありません、紀代隆様……」
「身体を冷やしては意味が無い。入ってきなさい」
小さく手招きされ、オレは部屋に入り師の前に座った。
そして小さな鳴き声と共に子犬が姿を現し、ゆっくりとオレの側に近づき隣りで寝そべった。
「まずは……」
前置きと共に振り抜かれた手の平が頬を打った。
「何をしていようと構わないが、刻限に遅れるのは后守としてあってはならない事。それは誰よりも分かっているはずだね」
「はい……申し訳ありません」
「ならば良い。早く着替えて出立の用意を済ませなさい。分かっていると思うが、この祭事に俺は同席できない。己の過ちは己の手でしか取り返せないからな」
「……承知しております」
「まあ、何も無いとは思うが気をつけて行け」
「はい」
「それと最後に。琴世様がお前に新しい下足を用意してくれていたぞ。壊れてしまったのなら用意しておくがどうする?」
「母上が? では、お言葉に甘えさせていただきたいと……」
「わかった。出してくるまでの間に顔を洗って来い。転んだのかは知らないが、額が汚れているぞ」
そう言って師はくつくつ笑って、部屋を出て行った。
なるほど、先のリコ殿ではないがこういう時に『タイミングがいい』と言うのだな。
母上には後で礼の手紙を出しておこう。




