初参り
陽川神社はさほど大きな神社ではないが、皇家より預かり受けた宝を奉納していると云われ、御剣で行う祝い事や払い事は此処で行われる。
近くに住む人々にも同様に神が守る遊び場の一つとして、子供がよく社の周囲で遊んでいるが今日は、老若男女問わずと、道すがらの屋台の前で足を止め小腹を満たす者もいれば、振舞われる酒に既にその顔を赤くしている者もいた。
朱色の鳥居の前に小さな階段が伸びている。拝殿まで続く参道の石畳も既に参拝客の波で見えない状態だった。
オレたちはその道を少しはずれ、巫女の案内で拝殿へと入った。
中は流石に厳かな空気に包まれ、寒さとはまた違う空気に身を引き締められた。
除夜の鐘を聞き、最後の百八つ目の鐘の音の余韻が消えると、榊をもった宮司が巫女を連れてしずしずと入り、座に並ぶお館様を始めとする一同へと深々と礼をし祈祷が始まった。
静かな祝詞の声を聞きながら、思い返す一年……
そしてこれからの一年。
どんな風になるのかは分からないが、悔いなく過ごせるように心掛けよう。
それに灯里様にはまだ伝えられてもいないし、まずはそれを終えてからか。
後任の者に関して師は何も聞いていないと言うが、だからと言って頭領や母上に聞いたところで答えが返るとは思えないし……
せめて既にこの場にいる者なのかそれとも、これから来る者なのかくらいは知りたいものだ。
……しかし、思いのほか灯里様が静かだな。
普段ならじっとしているのを嫌っているのに?
大和の戒める声も無く静かに進み、終わると大和が手招きをしてきた。
「十斗……ごめん、ちょっと、助けて」
何時にも増して情けない声を掛けてきた大和の膝の上で、灯里様は着物がシワになるのもなんのそのと言った具合に、寝ていた。
これでは、静かなはずだ。
灯里様を起こさないように抱き上げ、痺れたのかふらつきながら立ち上がる大和は師の手を借りていた。
「もう参ったよ……灯里ってば、祝詞の読み上げが始まった途端に寝ちゃうんだもん」
「まあ、そう申されても普段なら既にご就寝の時間ですからね」
「十斗、少しの間……頼むよ」
「はい」
先を歩くお館様達からは大分遅れて、オレたちは帰路に着く事になった。
もっともお館様はこれから皇家の初詣にご参加されるため、落ち着く間もなく……なんだろう。
オレたちは……と言うより、大和と灯里様は昼前に天司大社で合流できれば良い。
「さて彦様、如何なさいますか? このまま真直ぐ館へ戻りお休みになられますか?」
「そうだね……灯里、ちゃんと寝かせてあげないと風邪引きそうだし」
確かに、ぐっすりとお休みになってはいるが時折思い出したように小さく身震いしている。
「なら……あっ」
一瞬、ほんの僅かに視界に入った薄紅の着物の端。思わず目だけで探してしまい、目の前に立つ二人が怪訝そうな表情を浮かべた。
「いえ……何でも、ございません」
「そう? あ、もしかして出店巡りたかったとか?」
からかう大和にオレは違うと首を振って見せたが、師まで大和に倣うようにわざとらしく頷いて出店をぐるりと見回した。
「十斗、今日限りにしておけよ」
「だから違います!」
叫ばぬようにしながらも強く否定したオレに、二人が笑う。
「でも、おみくじぐらいなら引いて帰っても罰は当たらないよ」
「新年の運試しですか、それも良いですね」
「別に、オレはそういうつもりじゃ……」
二人の調子に巻き込まれるように、師の羽織を借りて灯里様の身体を冷やさぬように掛けて結局、籤を引くことになった。
まあ、こういう場の籤は大抵は大吉が多く入っていると聞く。早々、悪いものなど引くこともあるまい……
「灯里の分は向こうで引こうか。こういうのって代わりにやるものでもないし。そういうわけで、十斗はい」
先に引き終わった大和が道を譲るように、籤箱の前にオレを立たせた。
片手で灯里様を抱き、もう片手で(大和の手を借りながらだったが)籤箱を逆さにして振った。
細い棒の先に番号が振ってあり、それを社務所に持ち寄り籤を貰う。
「僕は小吉か……まあ、悪くは無いね。急がば回れ、か」
「おや、俺は大吉です。待ち人来るですか、これで良縁でも持ってこられたなら、そこはかとなく嬉しいものですがね」
「紀代隆って婚姻願望あったんだ」
「紀代隆様、結婚されるんですか?」
「何故にそこまで驚かれるのですか……まあ、親にはそろそろ所帯を持てとも、言われてますからね」
驚いたように言うオレたちに、師は微かに肩をすくめて笑った。
そして、オレになにやら期待している目を向ける大和に頼み、籤を開いてもらった。
「吉か。普通すぎてつまらないな……」
「大凶を期待しないでくれ」
そう言いながらも、内心安心したのは黙っておこう。
「あれっ」
「っ……!」
微かに聞こえた声に、オレは思わず振り返っていた。しかし、そこに思い描いていた人の影は無く、晴れ着に身を包んだ人々が通り過ぎていくだけだった。
「十斗、そろそろ代わるよ。帰って少し寝よう」
「あ、あぁ……」
灯里様を大和へと抱き渡し、オレたちは人の少ない場所を選んで歩き始めた。
脇道にも並ぶ出店をゆっくりと過ぎるようにしていく。
「へえ、珍しいお守りもあるんだね」
そう言って一つの出店の前で大和が足を止めていた。丁度、店の主人は隣りの店から温かいものを勧められている所だった。
「確かに珍しいものですね。十斗、これが何か分かるか?」
師はそう言いながら一つ、黄色い硝子玉のようなものを指し示した。
「いえ……飾り玉とは違うのですか?」
幾つもの色が柔らかな黒い布の上に丁寧に並べられ、その上に並べられた蝋燭の明かりにゆらゆらと光を湛えていた。
オレにはただの綺麗な硝子玉にしかみえないが、お守りらしい。
「大陸のお守りの一種だ。それぞれの色に意味があるんだが……」
「おしいね、お兄さん。それはイヴィルソウル――魔魂石って言うのよ。お守りには違いないけど、絶対に言っちゃイケナイ言葉があるの。それを言うとお守りの力は無くなってしまって、ただの石になっちゃうんだよね」
「へえ、その言葉……是非とも教えてもらいたいな」
隣りで温かいものを貰った女店主が悪戯ッぽそうに笑みを浮かべて師に言うと、大和が興味を惹かれたように続きを促していた。
「あら? 蘇叉ではこう言う神様めいたモノは大事にするって聞いたけど……興味本位で子供に教えるとね、怪我だけじゃすまないこともあるからね。
まあ、お守りにどう? これが健康祈願でこっちが恋愛成就、それとこれは金運アップって所かな。他にも知りたいのあったら、声かけてね」
誰を相手にしているかなど、何も知らない女店主はただ普通の子供をあやす様に手際よく商品の説明をしていた。
しかし、確かにその言葉というのは気にはなるな……
「大和、買うのか?」
「うん。こういうの灯里は喜びそうじゃない?」
そう言って大和は淡い橙色の魔魂石を選んでいた。
「毎度あり~~。で、君は買わないの?」
「え……いや、オレは別に」
石を入れるための専用の袋なのか、店主は小さな白く平べったい巾着の中に大和の選んだ石を入れて渡していた。
ふと気がつけば師も、同じような巾着を持っていた。
「実家にな。そう珍しがるな」
「いえ、そう言うつもりでは無かったのですが」
「要するに、それで良縁話を誤魔化そうってことでしょ?」
慌てたオレとは対照的に、大和がくすくすと笑って言えば流石の師も苦笑いを返すだけだった。
「まあ何でもいいや。お店はもう少し出してるから気が向いたら買いに来てよ」
そう言った店主にオレたちは短く礼を述べるようにして離れた。




