表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/142

荒神(6)淵たる意

 帰りの道、オレと大和は疲れきった身体を引きずるようにしながら、灯里様を間に挟むかたちで山道を下っていった。

 そのため気になってはいたが、確認する事が出来なかったものがいくつか出来てしまった。

 一つ目は逃げた男たちの生死。

 二つ目はどこで灯里様を知り、追いかけたのか。

 三つ目はオレが投げ、荒神を倒せた刀。

 重要なのは二つ目だったけれど、今それを口にするのははばかられた。

 しかし、気に掛かる事はまだあった。

 灯里様がどうやって皇城を抜けられたのか、疑問が残った。

「十斗、怖い顔になってるよ」

「え?」

「だから怖い顔になってるって。考え事してた?」

 小さな声で指摘してきた大和にオレは、初めて問いかけから目を逸らしていた。

「それも、」

「ふあぁ……」

 大和が何かを言おうとしたが、離れた手と直ぐに聞こえた欠伸の声にオレたちはその主を見やった。

 泥に汚れた長い袖口を口元に当てて、目元を擦ろうとしていた灯里様の手を大和が掴み、足を止めた。

「灯里、疲れた?」

「だいじょーぶ……あとすこしで、おうちでしょ。ちゃんと、あるくよ」

 しゃがみこみ尋ねる大和に対して灯里様はやはり眠たそうに、目を閉じかけては瞬きを繰り返していた。

「無理をなさってはいけませんよ」

 オレが灯里様を背負おうとしたが、大和がそのまえに灯里様を抱き上げていた。

「その言葉そっくり返すよ。十斗も無理したらダメ」

「もうなんともない」

 そう言うオレに大和は緩く首を振っていた。

「灯里、寝ちゃっていいよ。着いたら起こすから、湯浴みはきちんとしてね」

「……はぁぃ」

 既に限界だった灯里様は大和にしがみ付くと、あっという間に寝入ってしまわれた。

「十斗、平気なの?」

 山を下りて、町が見えてくる頃に大和がまた問いかけてきた。

「傷のことか? このくらいなら問題ない」

「傷のこともそうだけど……多分、自分で思ってるより酷いと思うよその背中。正直に言ってみなよ」

 含みのある返事に、オレは素知らぬ顔をして肩を竦めて見せていた。

「結構、痛い……珀慧を飛ばしたときに付けた紐。あれを出すときに一緒に痛み止めも出して飲んだけど」

「ちゃんと手当てしなよ。それと治るまでは実家に戻ってるといいよ」

「……っ! 本気で言ってるのか?」

 灯里様の手前、大声を出すのだけはどうにか堪えたが、大和の前に塞がるように立ち止まった。

「十斗……僕がどういう意味で『平気なの』って問いかけたのか、分かってるだろ?」

 僅かに強い口調になった大和をオレは思わず睨んでいた。

 暗紅色の瞳が僅かに赤みを増し、同じように睨み返してきていた。

「先に言っておくよ。僕は灯里さえ無事なら、他がどうなろうと知ったことじゃない」

 低く呟かれた大和の決意はどこまでもくらく、深いところにあった。

 返すべき言葉が何も見つからず、ただ強く唇を食いしばることしか出来ずにいたオレの横を、何事もなかったように通り過ぎる大和を止められなかった。

「忌むべき力だとしても、僕は使うから」

 振り返った一瞬に見せた大和の鮮血色の瞳に、鳩尾の辺りに冷たい何かが置かれたような錯覚を覚えた。だが、それが逆にオレを大和と真正面に向き合い合わせてくれた気がした。

「そうか、わかった」

「何が分かったって言うの。そんな言葉は何も分からないから言える言葉だよ」

「最後まで聞け!」

 辟易としたその言葉を遮り、オレは大和の前まで大股で近づき肩口を掴んだ。

「お前の覚悟は分かった。ならお前が背負うものオレも一緒に背負ってやる!」

 灯里様を起こさぬようにと気をつけながらも、大和が逃げないように抑えていた。

「…………ふっ、くく」

「な、なんだよ……」

 一瞬だけ、目を点にしていた大和の暗紅色の瞳が可笑しそうに笑い、声を抑えて本当に笑い出していた。

「十斗ってば、ククッ、真面目一辺倒って言うより、ほんと……莫迦だよね」

「バカって、言うに事欠いてそう言う返事かよっ」

「そう騒がないでよ。灯里が起きちゃうじゃない」

「ん、すまん……」

 笑う大和の表情がいつもより子供じみて、オレはその笑みを見て少し嬉しいと思っていた。

 いつもの大和なら、ただ笑みを人形のように貼り付けたように綺麗に笑うだけで、心の底から感情を見せることをしなかった。

 もっとも、オレとしては一大決心を持って言ったのだがな。些か釈然としないものを感じるのは仕方ないことだろう。

「普通なら『そんな力、使わせない』とか言わない?」

「……それも考えなかったわけじゃない。でも、オレが出来て、守れそうな約束は、これくらいしか思いつかなかった」

「后守として、じゃなくて……?」

「家も役も関係ない。それに、灯里様が無事であるように大和が守るなら、オレがお前を守れば、厄は灯里様までには及ばない……だろ?」

「……単純。でも、少し……」

 そこまで言った大和は小さく表情を緩めて何も言わず、また歩き始めた。

「帰ろう、十斗」

「そうだな……」

 確かな答えがもらえなくても、今のオレにはそれで十分過ぎた。


 御剣の屋敷の影が見える頃、灯里様と大和を探している侍女たちの姿がみえた。

 その中からゆっくりと鷹を腕に止めたままの師が、オレたちを迎えるように歩いてきた。

 ただし、腕に止まっている鷹は珀慧ではなく別の鷹だった。

「灯里様、大和様ご無事で何よりです。十斗、お前もご苦労様……」

 労う言葉は表情と同じく穏やかだった。

 いつもならば諌める言葉も共にあるのだが、師はそれ以上言葉を重ねる事はなくオレたちを先導するように、再びゆっくりと歩きはじめていた。

「紀代隆……心配をかけたね。十斗にも、君の愛弟子にも随分な怪我を負わせてしまった……反省してる」

「お心遣いありがたく頂戴いたします。しかしながら、お二人のご無事を祈られていた方々へ、姿を御見せになるのが先かと」

「そうだね」

 先を歩く師の隣を歩く大和の背を守るように、オレは少し離れ歩いていたため、二人の会話の殆どは耳に届かなかった。

 しかし町中を歩いたが、人々の雰囲気は何も変わらずにいた。今回の事はどうやら公に広まらずに済んだらしい。

 師は大和と灯里様を先に中に戻し、屋敷の人たちの歓喜の声が沸き上がった。

 オレはその声を聞き安堵したが、門の前に立ったままの師を見て静かに次を待っていた。

「酷い格好だな」

「……はい。せっかく見繕って頂いた着物でしたが、すっかりと」

「頭領には既に珀慧を送ってある。もう、お二人の無事はお館様にも伝わっているだろう」

「はい」

 訪れた沈黙は一瞬だったのか、それとも長いものだったのか。鷹が一鳴きし、空を舞った。

「……怒らない、のですか? オレ、勝手に外に……」

「萎縮をしていると思えばそんなことか。主を優先させた結果、お二人ともご無事に戻られたのだ。そう尽力したお前を怒れるものか」

 師はそう言うとオレの頭に手の平を置き、くしゃくしゃに撫で回すと、一足先に門をくぐった。

「十斗、お前はその汚れを落してから戻って来い。裏の小屋で琴世様がお待ちになっているぞ」

「母上が?」

「ああ。俺が鷹を使わせておいた。早くその顔を見せてこい」

「ありがとうございます、紀代隆様」

 オレは師に深く頭を下げ、重たい身体のまま道を引き返した。

 敷地の外だが裏門からさほど離れていない場所にある小屋は、冬越えの薪などを蓄えておくのが主な役目を持ち、后守にとってはもう一つ、ささやかながらも重要なものがその小屋にはあった。

 目隠しのある木柵の合間から見える白い煙を見て、オレは少し急いで小屋に回りその戸を打った。

 程なくして開かれた小屋から、心配そうな母上の表情が見えたが、直ぐにその黒い瞳を潤ませてオレを抱き寄せてくれた。

「十斗、無事で良かった!」

「ご心配をお掛けいたしました……」

「今は誰もいないのよ。それにしても、すっかり傷だらけになって」

「……ごめんなさい。ちゃんと、無事に戻ってきたから」

 オレが二人の無事を伝えると、母上はようやくその手を離してくれた。

「さあ、まずは泥を落しなさい。ほら、早く着物を脱いで!」

「ちょ! じ、自分でできるからっ」

 油断も隙もなく……と言うのか、母上の手が伸びたかと思うと泥に汚れた着物の襟首を掴むように脱がされ始め、慌ててその手の中から逃げた。

「何を恥ずかしがってるの? ほら、背中を流してあげるから」

「いらないって! むしろ、怪我人を暴れさせようとしないでください!」

 どうにか、つまらなさそうに口を尖らせていた母上を宥めて、一人で泥に汚れた身体を流すと、あちらこちらの傷が一斉に悲鳴を上げていた。

 特に髪を流すときが辛かったが……荒神を相手にこの程度で本当に良く済んだな。

 多少血を流しすぎはしたけれども、深い傷は殆ど貰わなかった。

 しかし――

 誰かに相談するべきなのだろうか?

 男たちの件は師に報告しなくてはならないし、素性を明かさねばなるまい。

 もし、ただの偶然で灯里様を攫おうとしたのなら、これ以上の脅威にはなることはないだろう。

 万が一をそれでも考えてしまうのは当然。

 だけど、それ以上に気になるのはやはり、大和の瞳に現れた荒神の力。この事はお館様は知っておられるのだろうか?

 御剣を守る影担い(こうがみ)としてならば、恐らく選ぶべき選択は一つしかない。

 けれど、そんなことが出来るわけがない。

 オレにとって大事な友を見殺しにはしない。そう、誓いを立てた。

 無論、破る気などない。

 揺らぐのは恐らく、事実を知らされたとき……それを拒絶されたなら……

「……壊れてしまうかもな」

 自身の呟きに、思わず気が滅入ってしまった。

 オレでは恐らく支えきれない。

 その判りきっているとも言える事実を考え、堂々巡りに陥っていたオレを呼ぶ母上の声に、考えるのをやめた。

 その時が来るのであれば、その時のオレが全力で支えるしかない。

 今のオレが尽くす事は、その時が訪れぬようにするだけだ。

 これもまた、大和の前で言えば『単純』と返されるんだろうな……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ