第九話 惑わしの言霊
“ 遥か昔、この地域が小さな町だった頃。
マジョラン家当主でも数える程しかいない、容姿・性格・頭脳・身体能力・芸術的センス、さらには話術とカリスマ性。このどれをとっても完璧な者をメルヴェと呼んだ。初代当主様もメルヴェであった。住民たちも彼を慕い、とても平和だったという。
ある日、奇妙なものたち四人、町外れにふらりと現れた。
一人は鋭い爪と牙を持つ者。
一人は姿を様々に変えられる者。
一人は言葉と歌声で相手を魅了する者。
もう一人は、この世の者とは思えない姿。
メルヴェ様は彼らを歓迎し、とてもよくしてやった。住民たちも彼らを受け入れた。
しかし、彼らは住民たちに対して無関心だった。常に無表情。近寄りがたい雰囲気を醸し出している。また、彼らの中でも階級があるらしい。この世の者とは思えない姿を持つ者が彼らの主であるようだった。他の三人は主を守るように常にまわりを囲っている。
メルヴェ様は四人を屋敷に招いた。彼は住民たちと彼らとの関係が良くない事を憂えていた。
「我々に心を開いてはくれまいか」
メルヴェ様は彼らの主に問いかけた。
「それは無理だ」
主の側に控えていた者が口を開いた。
「立場が違う」
「? 迫害を恐れるなら、私が皆に言おう。今まで苦労をしてきたのだろう。だが心配しなくてもいい」
「愚か者め」
主を囲む三人はメルヴェ様を嘲笑った。
「我々が上だ」
主は冷笑し、メルヴェ様に告げた。
「私は戻ったのだ、私の領域へ。お前や他のヒトには消えてもらおう」
「何を……」
主は一変して、優しい笑顔で言う。
「冗談だ。慣れぬ土地ゆえ、これらも気が張っておるのだ。許せ。もう我々の数は少ない。私はほとほと疲れた。出来ることなら、この地で余生を穏やかに生きたい」
主の言葉はメルヴェ様の心にスッと入り込み、静かにその底に溜まった。
「私に任せてくれ。貴方がたの身は私が保証する」
メルヴェ様の言葉に主は笑みを深めた。
その後、メルヴェ様は四人に対し、異様な程目をかけた。四人を屋敷へ住まわせようとしたぐらいだ。マジョラン家一族はこの地に腰を据える前からの決まりごとがある。その一つに、一族以外の者を屋敷に居住を許してはならない、というものがある。彼はそれを当主の権限で消去し、四人を住まわせようとした。だが、主が断ったためその話はなくなったとか。あなた方にここに滞在していただくよう言えるのも、彼がその決まりごとを消したおかげなんですよ。
さて、メルヴェ様は四人の異邦人のうち、特に主を愛しました。メルヴェ様は妻帯者でしたが、主を愛してしまいました。
「貴殿の想いに答えることはできぬ。なら、私は消えよう」
「愛してほしいとは言わない!! せめて、側に」
「私を手元に置きたい、と? それでせめて、とは強欲な奴め」
主は笑みを消し、メルヴェ様の耳に顔を寄せると囁いた。
「私の愛が欲しいなら、相応の命を差し出せ」
当主様は、人が変わってしまわれた。妻を殺し、メイドや執事を殺し、心臓を主に捧げた。住民たちに手を出さなかったのは幸いだった。しかし、主は笑みも顔に浮かべず、メルヴェ様の前で四人の仲間の一人にキスをすると、メルヴェ様を嘲笑った。
「貴殿の子や貴殿の両親、何より貴殿の命が残っているではないか」
主はメルヴェ様の頬に口づけると、彼の胸に手を当てて言った。
「貴方の心臓を捧げてちょうだい」
その夜、マジョラン邸から炎が上がった。幸い皆避難でき、死人はなかったが、メルヴェ様の姿はなかった。住民たちのうち屋敷の近くに住んでいた者たちが口々に訴えた。黒い翼を生やした者が空から降り立ち、火を放った、と。
町外れの異邦人たちの小さな家に、マジョラン家の者たちが雪崩れ込んだ。そこで見たのは、胸に穴を開け血塗れになった当主の姿。口元に笑みを浮かべているのがさらに異様さを増長させる。
メルヴェ様の子、幼くして当主となった彼は心に決めた。父を操り、父を殺した、異邦人たち、異端をこの世から抹消する。
異端は人を誑かし、堕落させ、狂気を植えつけ、死に追いやる。そのような者たちをのさばらせてはなりません。
――――マジョラン家当主の話”