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第四話 買い物

 “憎い、憎い憎い憎イ憎イ憎イ!!

 もうアイツは死んだハズナノニ!!

 私は悪クナイ悪クナイ悪クナイ悪クナイ……

 アイツノ存在自体ガ忌ワシイ!!

 殺シテモ殺シ足リナイ!!

 …………アイツハ生キテイルニ決マッテイル。

 私ノ幸セノ為ニハアイツヲ殺スシカナイ。

 次ハ息ノ音ヲ止メテヤル……アリス!!”


 リージンがアリスを拾って数年の月日が過ぎた。あのとき痩せほそって泣いていた少女は、今ではすっかり元気になった。

「リージンさん、どこ行ったんですか! 食べた後の皿はそのままにしないでって何度言われたら気がすむんですか! 屋根の修理とか、壁の修理とか、床の修理とか、やらなきゃいけないことはたくさんあるんですよ!」

 元気なアリスの庭の怒りをやり過ごそうと、リージンは庭の高木の上から様子を伺っていた。見つかったらしばらく怒られてしまう。

(あの可愛らしい顔で怒る様もまた可愛いんだけどねぇ)

 そうひとりごちる木の下、家に向かう小道を猫が駆けていくのが見えた。猫はチラリと木の上にいる男を見てニヤリと笑うと、家に走っていった。

「あれ、マリオン。どうしたの?」

「おはよう、アリス。またリージンの奴を探してるんでしょ? さっき外の木の上で見たよ」

 耳を澄ませていると家の方からそんな声が聞こえる。

(マリオンのおしゃべりめ)

 トン、と木から降りて、リージンがどこへ逃げようかとうわついた気分で辺りを探っていると、背後からアリスの声が近づいてくる。

「あぁ、アリスが来ちゃったじゃないか。よし、逃げるが勝ち!」

「あっ、逃げないでくださいよ!」

「任せてアリス」

 風を切る音と共に、背中に熱にも似た痛み。

「痛っ」

 アリスのいたところから全力で駆けてきたらしいマリオンは、その勢いを殺すことなくリージンの背中を鋭い爪で切りつけた。君が飛んでくるなんて反則だと思う、などと言っても反論されるので、リージンは黙って傷を癒すことにした。

 近づいてくるアリスはそれはそれは素晴らしい笑顔だった。手に縄を持っていなければ。

「さて、今日の午前中は家の修理をお願いしますね。昼食までに終わったら、午後は好きなことをしていてくださって結構です。分かりましたね」

「怒った顔も可愛いけど、昔みたいに可愛く甘えてくれても良いんだよ」

「分かりましたね」

「ハイ」

 圧を感じて大人しく従えば、足元の猫がまた笑った。

「無様だね、リージン」

「君のせいだろ」


 リージンに説教したあと、アリスはマリオンと一緒にギルディの店に出かけた。

 今のマリオンはアリスより少し年上ぐらいの少女の姿だ。マリオンはアリスがこの森に住み始めて出来た初めての友達だった。彼女もまた自由自在に姿を変えられる性質を持っていたため、この森に捨てられたのだという。

「アリス、あの犬に嫌なことされたらあたしに言うんだよ。あたしが喰ってあげる」

「ありがとう。でもギルさんはそんなことしないし、食べちゃダメ」

 猫のようにすりよってくるマリオンに頬が緩む。

「また今日もあの夢を見たの?」

 不意に心配そうにマリオンが口を開いた。あの夢、とは一年ほど前から眠ると同じように見るようになった夢だ。その内容は、かつてアリスを捨てた母がアリスを捕まえようと探しているもので、母と別れて随分経つ今でも、母を恐れているのだとアリスに示すようだった。

「うん、あの夢だった。でも大丈夫、ここにあの人はいないし、それに何かあってもリージンさんが守ってくれるから」

 普段はダメダメな人だけど、やるときはやるんだから、と自慢げに言うアリスを見て、マリオンはニヤリと笑う。

「何だかんだ言って、アリスはリージン大好きだよね。さっきの台詞、リージンの奴に言ってやりなよ。きっと泣いて喜ぶよ」

「なっ、こんなこと言えないよ! 恥ずかしいじゃない……。それに、あの人絶対調子にのるからダメ」

「あぁ、それもまぁ厄介だね。ううん、今はこのままでいいか。まだあたしのアリスでいてね」

 ぎゅうっと抱きついてきたマリオンの頭を撫でつつ行く先を見ると、ようやく目的地が見えてきた。

(最近来てなかったけど、ギルディさんは元気にしているかな)

 ドアを開けると、コロコロンと手作りのベルの音が店の中に転がる。小さい頃からアリスはこの音が好きだ。

「こんにちは」

 店に入ると、ギルディが奥の倉庫から出て来た。

「ひさびさだな、アリス。元気そうで何より」

 ギルディはそう言ってアリスの頭を撫でようとして、その隣のマリオンに腕を掴んで止められた。マリオンの手を振り解いたギルディは手を戻して、あからさまに顔をしかめる。狼と猫の間で視線が火花を散らしているような雰囲気だ。

「猫まで来やがったのか」

「あたりまえだろ。どこぞの駄犬がアリスに悪さするかもしれないからねぇ」

「おい、その駄犬って俺のことじゃねぇだろうな」

「あれぇ? 今ここにアンタ以外の犬がいるわけ? アンタのことに決まってるだろ。今だってアタシのアリスに触れようとして。やっぱり犬並みの脳しかないから考えることもできないんだね」

 あぁかわいそ、と肩をすくめて挑発するマリオンに、ギルディはわなわなと怒りに身を震わせてる。

「黙って聞いてりゃさっきから勝手なことばっかり言いやがって……っ」

「黙ってないじゃん」

「うるせぇっ!」

 そんな二人をよそに、アリスは店内の商品から今日買いに来たものをバスケットに入れていく。これで良いか、と思ったところでまだ二人が喧嘩していることに気付いたアリスは大いにため息をついた。

(これは止めないと家に帰れないな)


「マリオン、お店では静かにしないとダメ。早く帰って昼食を作らないといけないんだから」

「はぁい。ごめんアリス」

 アリスに叱られたマリオンは飼い主に叱られたペットのように、いつの間にか頭上に生やしていた耳をぺたんと倒して落ち込んだ。それをざまぁみろとばかりにギルディが笑えば、アリスが今度はギルディへと向き直る。

「笑っていますけど、ギルさんもですよ」

「お、俺もか?」

「はい、店の人が客を放りっぱなしにしていて良いんですか? お会計お願いします」

 我に返った様子の二人は先まで出ていた耳や尻尾を仕舞う。それでも少しバツが悪そうにしているのを見ると、先までの獣耳を思い出して微笑ましく思えてしまう。アリスはマリオンの繋いだ手を反対の手でぽんぽんとして、ギルディには「お願いします」と再度微笑む。今度こそギルディは店主の顔になった。

「悪かったな。おわびに今日は安くしとくよ」

「じゃあ、買いだめしておかないと。持って帰るのも手伝ってくれますか?」

「ハハッ、よろこんでお嬢ちゃん。ホントちゃっかりしてるよ。いつものでいいか?」

 アリスがいい笑顔で「はい」と答えると、ギルディは倉庫に入っていった。

「マリオン、あんまりギルさんをいじめないで」

「だって、おもしろいんだもん、あの犬」

「分からなくもないけど、ほどほどにね」

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