第二十六話 生きていく
それからは目まぐるしく時間が過ぎた。異端と呼ばれた者はもういない。全員が普通のヒトになった。まだ彼らがその身体に慣れるまで、時間がかかりそうだ。
私は弟と和解した。
「リージン、長い間すまなかった。今更許してくれとは虫の良い話かもしれないが……」
「兄さん、……年取ったねぇ」
「なっ! お前はちっとも変わらんな! その失礼な物言いと態度」
「だって、兄さんに老化止められちゃったし、仕方ないよ」
「む、……」
「なんちゃって。もう良いよ。年寄りをいじめる趣味はないからね」
「……、そうか。ありがとう」
久し振りに弟と話をして、かつての自分の馬鹿さ加減に呆れた。私はこんなに良い弟を裏切ったのだ。
「兄さん、どうしても気になるなら、俺にかけた呪いを解いて。それで良いよ」
「それは出来ない。そんなことをしたらどうなるか、お前も分かっているだろう」
リージンにかけた呪いは、不老と不死。不死の方は良いとしても、不老を解いてしまえば、リージンの身体は一気に老化するだろう。急激な老化に耐えられず、死に至る可能性がある。
「大丈夫です」
この子は、アリスだったか。弟の思い人だ。
「どういうことだ?」
「ジルバラが贈り物をくれました。だから大丈夫です。やってみてください」
リージンとアリスはにこやかに笑う。どうなっても知らないぞ、と言って、呪いを解く呪文を唱える。リージンの身体が光り、黒いものが飛び出して消えた。
「あれ……?」
「ほら、言っただろ。あのジルバラって人が、アリスと一緒に生きて死ねるようにしてくれたんだ。これから普通に、一年ずつ歳を重ねることができるんだよ」
そうか。彼女のおかげか。感謝しなければならないな。
二人は忙しく働いている。今まで幻で立派に見えていた町は、実はボロボロで貧しい町だった。皆が心を折られた。だが、アリスやリージン、森の者たちが、自分の持つ技術を使って町を再生させようとし始めた。あの森の中は、私が思っていたよりはるかに栄えていたようだ。次に動いたのは、子供と若者。まだ若い分、技術を吸収して活躍した。今では大人や老人も立ち直りつつある。
ケイルと妻はアリスを抱き締め、一言二言言ったあと、どこかに行ってしまった。二人とも憑き物が落ちたような穏やかな表情をしていた。
領主がいなくなってしまい、国王からの使者が来た。皆が話し合い、一人の領主を決めるのではなく、各町長や村長がその地域で話し合ったことなどを持ちより、それをまとめて国へ報告するということで、話はまとまった。国王も了解してくださった。
森の者たちの中には、あの森に愛着を持ち、再び森で生活することを選んだ者もいる。町に新たに家を建てて暮らし始めた者もいる。逆に、町の者で、森に移り住んだ者もいる。双方、上手くやっているようだ。
あと言うことといえば、大きな狼と虎、ギルディとマリオンだったか。あの二人が結婚した。マリオンの方は妊娠中だ。よく二人で喧嘩しているが、喧嘩する程仲が良いとは、よく言ったものだ。若干、マリオンが夫を尻に敷いている様子。
ニコはケイルたちのせいでもう家族はいない。それはジルバラの贈り物でもどうすることも出来なかった。
「良いんだ。僕、魔術師さんについていくから。老人一人は危険だもん」
とりあえず、ニコには拳骨をプレゼントしておいた。ただ、このままこの地にいるつもりはなかったから、ニコも連れていくことにした。私が死ぬまでに、世界を見せてやろうと思う。
あとは弟とアリスの関係が片付けば、一件落着なんだが。……私も早く甥か姪の顔が見たいものだ。
「ほら、頑張って、アリス」
「うん。ジルバラも勇気をくれたもんね」
只今、マリオンと木陰で勇気を振り絞っている最中です。これから、リージンさんに告白するつもりです。
「でも、アンタこの前、盛大に告白していたじゃない」
「あれはカウントしないで!」
もう一度、ちゃんと言いたいのです。
「何をカウントするの?」
「っ……! リージンさん!」
いきなり現れて驚きました。マリオンの方を見るともういません。絶対気づいてましたね。あとでデコピンしてやります。
「あの、リージンさん!」
勇気を出せ! ジルバラが勇気をくれたじゃないですか。この前も言っちゃってるんですから、恥なんて捨てちゃえ!です。
「あなたが好きです。たとえ、あなたが私を娘として見ていても、私はあなたを愛しています」
「ちょっ、な、えっ、……」
リージンさん、固まってしまいました。やっぱり私のこと、そういうふうに見てなかったんですね。別にいいですけど。
「断らないでくださいね。これから振り向かせますから。覚悟してください」
「……はぁ。アリス、ごめんね。……何でそんなに男前なの! それ、普通は男が言うものだよね! あぁ、俺がヘタレなばかりに。……もう、結婚して」
今度はこちらが固まる番です。え、どういうことですか? 女として見てなかったんじゃないんですか?
「何であなたは、そうも唐突なんですか。順序すっ飛ばしてますよ」
「ごめん。今頭の中が混乱中」
「はぁ、それは私もです。で、私、返事もらってないんですが。さっきので返事だと思わないでくださいね」
「……ずっと前から、君が好きだよ。そういうふうに見てはいけないと、娘だと思い込もうと何度もした。でも、そう見れなかった。好きなんだ」
「ありがとうございます。私たち、ずっとすれ違ってたんですね。これからもよろしくお願いします」
私たちが結婚を前提に付き合うこととなり、それを知ったリージンさんのお兄さんは一人の男の子と一緒に旅立っていきました。ニコという男の子は、私たちに、
「魔術師さんに魔術を習って、立派な魔術師になって帰ってくるよ。楽しみにしてて」
と言い、今はまだ本人に言ってないから内緒ね、と笑っていました。将来が楽しみです。
「あの時、私が出会ったのが、リージンさんで良かった」
「当然さ。後悔なんてさせないから」
永遠に正常に時間が進まないために『永遠の森』とリージンさんのお兄さんに名付けられ、多くの人が異端と呼ばれ追放された『異端の森』は、永遠に明るい日が射す、『永遠の森』になりました。
長くかかりましたが、「永遠の森」、一応完結いたしました。これから、随時手直ししていきます。
ここまで読んでくださった皆さんに感謝します。




