第二話 始まり
この森に閉じ込められてどれだけ経つか全く見当もつかない。だが恐らく、結界を張ったあの魔術師は死んだだろう。ヒトの命とは短いものだから。
しかし、あの時は弱っていたとは言え、これだけ時が経ってなお俺を結界の内に縛り続けるとは、憎しみよりもむしろ尊敬に値する。流石は「陽の魔術師」。その名に恥じぬ実力だ。
「あれ? あの子は……」
いつも昼寝をする木の上から、ふと下に視線を向けると、そこには先日の子供の姿があった。また迷子だろうか。しかし、この森はめったに来られるものではない。ならば、あの子は自らこの森に来たのだろうか。それとも何者かがまたあの子をこの森に連れてきたのか。どちらにせよ、あんな子供をこの森の中で一人にさせてはおけない。
「なぜ、またこの森に来たんだい?」
木の枝から、すと、と目の前に降りて見せれば、子供は驚いた様子で顔を上げ、こちらを見た。必死に堪えていたのだろう大粒の涙が、耐えきれずに溢れていく。子供は声を上げなかった。
二度も迷子、というわけではなさそうだ。きっとこの子は捨てられたのだろう。酷い親もいたものだ、我が子をよりにもよってこの森に捨てるとは。この森にはヒトを怨むものも少なからずいるのだから、ただのヒトの子供など喰ってしまってくれと言っているようなものだ。十中八九そういう意図なのだろうが。
「捨てられたのか」
「お前のせいで私が不幸になるって、お前がいるからパパに別れようと言われたって……。家に帰ったら殺されちゃう。ママは、私なんてっ、産まなければ良かったって……」
しゃくり上げながら、涙と言葉を落とす。
「君みたいな普通の子供には、人を不幸にする力は無い。だから君はただの子供でしかない。そうだな、君の家に帰れないなら、俺の家においで。永い一人暮らしには飽きてきたところだ、丁度良い。退屈もしのげるかもしれないし」
そう言ってやると、弾かれたようにこちらを見て、
「い、いいの? お兄さんの迷惑にならない?」
「そんなこと気にしなくて構わない。迷惑になるなら、そもそもこんな提案、自分からしないよ。でもあえて言うなら、君の名前が知りたいかな。まだ聞いてなかったよね」
子供は少し迷う仕草をした後、おずおずと笑顔を見せた。
「私はアリスだよ。これからよろしくお願いします! リージンお兄さん」
「よろしくアリス」
うん、君は笑っているほうがいいよ。
今まで辛い思いをしてきたんだね、よく頑張ったよ。
これからは俺がいるからね。
君の最期を看取るまで、俺が君を守ってあげる。
だからお願いだ、どうか君は離れないで。
俺のそばで笑っていて。