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第十四話 ある少年の目覚め

 昔から、僕がまだ赤ちゃんだった昔から、両親は僕にこう教え続けてきた。

「マジョラン家のご当主様はどなたも素晴らしい方々ばかり。私達領民のことを一番に考えてくださる」

「今のご当主様は初代のご当主様によく似ておいでだとか。その証拠にあの御方もメルヴェと呼ばれている」

「産まれてきてくれてありがとう。お前のおかげでメルヴェ様や一族の方々を間近で見られる。お前も一緒に行くんだよ、生誕祭に」

「あの花屋の娘が異端だったのよ。あの子と関わったことなんて無いでしょうね? 穢らわしい異端め。マジョラン家の皆様の敵は私達の敵よ、分かったわね」

 マジョラン家一族は素晴らしく、たとえどんな無茶でも、叶えて差し上げたくなる。彼らの言動全ては正しく、領民のためになること。たとえ、それが領民の死を示すとしても、領民は喜んで命を投げ出すだろう。

 異端はそんな彼らが心を痛める存在。初代メルヴェ様が異端に殺されてから、異端は絶対悪。彼らを悩ませること、それだけで罪。存在が罪。罪は裁かれなければならない。異端狩りは神聖な儀式なのだ。


 僕自身もそう思っていたのに。


 両親が屋敷へ呼び出された。嬉しそうに出かけていく二人。こっそり僕はついて行った。屋敷の横の草かげに隠れて二人が出てくるのを待っていた。もしかしたら、一族の誰かを見られるかも、と思った。陽が傾き、諦めようと帰りかけたとき、僕がいる方の屋敷の塀、そこに見つけにくくされた扉が開いた。再び草かげに隠れて様子を見る。両親と美しい男の人二人。どこかへ歩いて行くから、ついて行った。たどり着いたのは暗い森の前。近づくことを禁じられている森の前で、男の人たちが父さんと母さんそれぞれの耳元で何かをささやいている。

 目を疑った。両親の姿がみるみる変化していく。あれはまさか、異端? どうして、父さんと母さんが、異端なんかに……。片方の男の人が声をあげた。

" 戦争だ‼ "

 その瞬間に両親は町の方めがけて走り去った。

 二人が居なくなった後、男の人たちは森の前で何かをしているようだった。僕はとりあえず町の様子を見に行ってみることにした。


 町は混乱状態だった。あちこちで暴れる音、女の人や子どもの悲鳴。火事が起こっている家もある。僕は両親を探す。みんなの様子がおかしい。何もないところを見て叫んだり、何かから逃げるように走り回ったり、怯えた様子で棒を振り回したり。何が起こっている? とにかく、父さんと母さんを探さないと。


「父さん、母さん‼」

 両親はもう正気を失っていた。

「メル、ヴェ様のため……!!」

「あの方のために……!!」

 このことにご当主様が関わっているのは疑いようもない事実だった。むしろ、彼が首謀者かもしれない。僕の中には、もうマジョランに対する疑念しかなかった。

 両親は町の人々を襲っていた。農具を持って立ち向かっていく人もいる。どちらも自分が傷つくのを気にもしない。両親は、さっきの男たちに何をされたのか分からないが、ご当主のためにこんなことをしているようだ。町の人は突然現れた異端をマジョラン邸へ近づけまいとしているらしい。

「みんな!! 森へ行くのだ‼」

 ご当主の声がする。みんなは声に従い、森へ向かう。僕は従おうと思えなかった。

「父さんっ! 母さんっ!」

 二人に正気に戻ってほしくて何度も呼びかける。こちらを見る二人。僕の姿を見るなり、こちらに向かってきた!! ひたすら逃げる。

「うわっ!」

 転んでしまった僕に二人が追い付く。二人の姿は以前とまるで違っていた。ギョロっとして血走った目。口は裂け涎が垂れ、牙のようになった歯が見える。刃物のように鋭い爪が月光を反射しながら襲ってくるのが見えた。とっさに目を閉じて身構える。こんな人生の終わり方って、自分の親に殺されて死ぬって……。


「何をしているのかね? 逃げなさい、この領地の外へ」

 一向に来ない痛みと突然の声に驚き、目を開けた。

「陽の魔術師様……」

 最近亡くなったと言われていたのに、どうして。

「君の両親にはここで死んでもらう」

 僕と両親の間に立ち、二人の腕を太い木の枝で受け止めながら言う。かなり高齢のはずなのにどうしてそんな力が。そんなことはともかく、

「父さんと母さんを殺すの? ……何か、何かっ、方法は無いのですか!」

 その場に似合わない静かな声が答える。

「君の両親はもう戻らない。罪を重ねさせるより、終わらせてやってもいいか?」

「……分かりました。お願いします」

 さよなら、父さん、母さん。二人は僕よりマジョランを愛した。もう手遅れなのはさっきのことで分かっていた。それでも、二人がこうなったのはマジョランのせいで、もとの姿に戻ればきっと、愛してくれる、僕を見てくれる、そう思いたかった。僕はその場から去った。二人の絶叫が聞こえた。

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