第十二話 穴
森の中、アリスが倒れていた。
そんな知らせを仲間の一人が運んできた。首には絞められた痕。頭からの大量出血。意識はなく、心臓は止まっていた。
そいつに連れられてアタシとリージンとギルディが見たのは、可愛いアリスが血だまりに沈んでいる光景だった。
咄嗟にリージンの方を見ると、泣くことも叫ぶこともなく呆然と、無表情にアリスを見ていた。
「アリス」
いつもリージンが呼ぶと笑顔で嬉しそうに返事をするのに、ただただそこに横たわったままで。リージンはふっと微笑み、膝をつくと、血で汚れるのも気にせず、アリスを抱き上げた。
「こんなところで寝ていたら凍えてしまうよ、アリス。さ、家に帰ろうか」
リージンは一人で帰って行く。アタシたちは何も言えなかった。リージンが心配で、アタシとギルディはついて行った。
リージンはアリスをベッドに横たえ、身体に付いた血を拭き取っていく。そうしてきれいになると、清潔な服を着せた。血は止まっていた。
「ごめんね、アリス。君を巻き込みたくなかったから、追いかけてくる君に気づかないふりをして、いつも君から逃げていたんだ。ごめんね。あの日、約束したのにね」
ベッドの側でアリスの髪を撫でるリージン。アタシたちにできることはない。
マリオンと別れたあと、リージンを見つけたのは真夜中のことだった。
そろそろ寝ようとしていたところ、遠くで絶叫が聞こえた。仲間たちの中には、己の性質で苦しむ者もいる。そんな奴を助けるのはとてもじゃないができない。そいつ自身が解決しなければならない。ならせめて、俺は見守ろうと思っていた。
声の聞こえた辺りは酷い有り様だった。樹にはえぐられた跡や穴、中には薙ぎ倒されているものもある。地面には血の跡がいくつか。さらに進むと、
「リージン……」
リージンだった。
「……アリス、もう少し待ってて。俺、頑張るよ。やるよ。あの忌々しい一族も馬鹿な魔術師も操り人形の住民たちも、全部全部っ! 楽には死なせない……。掃除が終わったら、すぐに逝くよ」
地面に座り込み、血まみれの手で顔を覆って泣いている。まるで迷子のように。
「あぁ、そうだ。俺は死ねないんだった。まずは魔術師を殺らないと。呪いを解いてもらわないと。……あ、解けた瞬間この身体が朽ちてしまうかもしれない。やっぱり、魔術師は後だね。……アリス、アリス、アリスっ! 君の声が聞こえないんだ。異端の声が邪魔をするんだ。……みんな消してやる」
俺は身の危険を感じた。アリスが死んで、リージンの心の奥に閉じ込めていた、自分をここへ追いやった者たちへの憎しみが放たれてしまった。きっとリージンは、異端も葬る気だ。
昔、リージンと話したことがある。
"普通の人と異端が対等になるにはどうしたらいいの?"
こいつはこう言った。
"極論だけど、みんな死ねばいい"
やばい、殺される。
我はずっと見ていた
我が愛すべき領民たちを
何故争う 何故憎む
我はそんなことの為に去ったのではない
我が愛したのは 望んだのは
慈愛の心を持つ民であったのに
我の自己満足 我儘かもしれない
我が知らずに原因を生んでいたのかもしれない
民よ 愛しの民たちよ
全て愚かしい行いよ
あぁ それでもよい
我が愚かで 愛すべき領民よ
今、怨鎖を絶たん