第十一話 灰色
リージンさんは最近忙しいようです。いつもみたいにぐうたらせず、朝早くに起きてきて、どこかへと出かけていきます。私が合わせて起きると慌てて、また早いから寝てなさいと言って出ていきます。
これはもしかして、前に本で読んだ、密会というやつでしょうか。好き同士の男女が人目を忍んで会うという。どうしましょう、リージンさんに恋人が?!
気になります。すっごく気になります。つけてみましょうか。そっと気づかれないように……。
リージンさんを追いかけるのはすごく骨が折れます。簡単にはいきません。でも、諦めるのも嫌です。私もリージンさんが好きなんです。小さい頃に拾われてから、ずっと好きなんです。
大事に大事に育ててきた想いを、こんな形で砕かれてはたまりません。
そう思いつつ、追いかけること早5日。
疲れてきました。いつも同じようなところで見失ってしまいます。気づかれてはいないようですが、リージンさんの進むスピードに私は全力で走らなければ追いかけることすらできません。悔しい……。
「今日こそは!!」
そっと、でも置いていかれないように追いかけ、今日はいつもより長くついていけてます。いったい、リージンさんはどこに行くのでしょうか。
「でも、リージンさんの密会現場を見たところで、私はどうすればいいのかな……」
私はリージンさんにとって、どういう存在なのでしょう。恋人でも友達でもありません。親子というのが一番近いのかもしれませんが、どこか違う気もします。
何年もリージンさんを見てきて疑問に思うことは、私を拾ってくれた日から、リージンさんの見た目が変化していないこと。この森には変わった人が多いので気にしないようにしていましたが、やっぱり少し変です。魔法で年を取らないようにしているのでしょうか? それなら、リージンと私はとてつもなく年が離れているのかもしれません。こんな小娘に好きだと言われても、本気にしないと思います。
この想いを伝えれば、リージンさんを困らせてしまうかもしれません。でも、好きな人と一緒に暮らしていて、その人から娘として想われることに満足できるほど、私は子どもではないのです。
「大好きなのに」
その時、ザァッと突風が吹いて、気づけばまたリージンさんを見失っていました。さらに悪いことに、見知らぬ場所に立っていました。
どうしましょう。リージンさんもマリオンもギルディさんもいません。この森は薄暗く、見通しも悪いので、リージンさんはいつも、
「知らない所には行かないで。必ず誰かと一緒にね」
と私に言っていました。ごめんなさい、約束破ってしまいました。
次第にかろうじて照らしてくれていた太陽も沈んでいき、辺りは真っ暗になってしまいました。
「…………リス、……アリス、アリス、アリス!!」
森の闇の中から不気味な声が聞こえます。それはだんだん近づいてきます。逃げないとっ! え、足が動かない……。どうしようどうしよう、動かない‼
ズルズルと何かが近づいてくる音。怒っているような、憎しみがこもった声。
「ヤットミツケタ、アリス。オマエヲ殺シテヤルッ!!」
何かが森から飛び出して、私に馬乗りになった。首を絞められ、頭を地面に打ち付けられる。ソレを殴り返しても効かないようで、動いたせいで余計に意識はもうろうとしてきた。真っ暗な中、2つの紅い目だけが爛々と妖しげに光っている。
やだ、やだ、死にたくない‼ まだ死にたくない‼
リージンさんに何も言わないまま、あの姿を見ないまま、リージンさんのいないところで死にたくない‼
願いもむなしく、体にはもう力が入らず、視界も霞み、私の首を絞めるソレが出す声もほとんど聞こえない。
私は、このまま死ぬんだ。
約束を守らなかったから死んじゃうんだ。
もう何も見えない。何も聞こえない。
気づくと、私は霧のかかった空間にいました。
ここは……どこでしょう?
「ここは天と地の境。我はお主を待っていた」
振り返ると、私と瓜二つ、でも私より年上のような人がいました。さらに背中には灰色の翼が生えています。
「やけに見るな。気になるか?」
「あ、じろじろ見て失礼でしたよね。ごめんなさい。立派な翼だなぁって思って見てました」
「良いよ。それぐらいで機嫌を損ねたりせん。……天と地の境と聞いて、何も反応がなかったほうが面白くないのだ。まぁいい。本題に入る」
その人は私に近づくと、私の目を覗き込んで言った。
「その身体の中に我も入れてほしい」