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第六話 迷宮精霊






「嬢ちゃん、悪いおじちゃんからネキを取り返してきたぞ」


 ニコニコ顔のグラッグが幼女にネキを手渡す。本当はレイドットが手渡したかったのだが、モンスターを倒したのはグラッグであるため役を譲ったのだ。


「わあ、おじちゃんありがとう!」


「おじ……」


「ぷっ!」


 グラッグの顔が引き攣り、リィザが吹き出す。


「兄さん残念! で、なんて呼ばれたかったの?」


「……ずいぶん嬉しそうだな、リィザママ」


 恨みがましい目だ。しかしパパ、ママと配役が振られていては、グラッグがおじちゃんになるのも仕方あるまい。まさか『お兄ちゃん』なんて無謀な期待をしていたのだろうか。


(ふっ……勝った)


 ささやかな勝利にレイドットの口の端が上がる。おじちゃんとパパでは勝負になるまい。なんの勝負かはいずれにせよ。


「まあ呼ばれ方なんてどうでもいいじゃない。お嬢ちゃん、これでおうちに帰れるね」


「ママァ……わたしネキを売らないとおうちに帰れないの……」


「うっ……!」


 幼女が目を潤ませてリィザを見上げる。


「レ、レイドット、どうすればいいの?」


 レイドットは幼女の前にしゃがみ込み財布を取り出す。


「パパが全部買うからな」


「あっ、私達で買い取っちゃえばいいんだ」


 リィザが納得する。相場の十倍のネキだが、レイドットは黙って銀貨十枚を幼女の手に握らる。


「パパ、ありがとう! これでわたしおうちに帰れる」


 花もほころぶ笑顔で幼女が銀貨を受け取る。レイドットに身を寄せ、その頬に軽く口づけをした。


「あ、いいなー。ね、ママにもお願い」


「うん、ママもありがとう」


 屈み込んだリィザの頬にも幼女が口づけする。


「…………」


 グラッグがなにか激しく葛藤しているようだ。


「じゃおうちに帰るね。パパとママも早く帰ってきてね」


「あー……」


 グラッグが声を掛けるより早く幼女は走り去っていった。


「さて、これで次のシナリオだな」


 そのレイドットの言葉を待ち構えていたように次の扉が出現した。勿論プレート付きだ。







【ネキの代金を握りしめ幼女は家に帰る。厳しい叔母もこれで家に入れてくれるだろう。


「ただいま、ただいま叔母さん、ネキ全部売れたの」


 ドアが開く。中から細い目の吊り上がった厳めしい顔の叔母が顔を出した。


「あれが全部売れたって? 嘘お言いでないよ」


「ホントなの。ちゃんとおカネあるの」


 幼女は受け取った銀貨を叔母に差し出す。叔母は怒りの形相に顔を歪めた。


「この子は! こんなカネどこから盗んできたんだい!」


「え……、盗んでなんかいないの」


「嘘お言い! あんなネキに銀貨なんて出す奴いやしないよ! 


「パパが買ってくれたの。パパが銀貨くれたの」


「んまぁっ……! パパなら行方不明だよ! 人様のカネを盗んでおいて平気で嘘をつくなんて……恐ろしい子!」


「嘘じゃないの……」


「まだ言うのかい! どうやらお仕置きが必要なようだね」







「くっ! この叔母許せん!」


 プレートを読むレイドットの額に青筋が浮かぶ。グラッグも怒りに顔が赤くなっていた。


「この叔母さんとやら、最初からネキを売らせる気なんてなかったようだな!」


「嫌がらせだな。酷い仕打ちだ」


「でもこれ、単なるシナリオなんだよね?」


「は……?」


 リィザの疑問にレイドットはプレートから顔を上げた。


「まあ……、アレグスのシナリオだからな。現実じゃないのは確かだ」


「それがずっと引っ掛かってたの。そこまで感情移入する必要はないんじゃない?」


「リィザ、言いたいことは分かる……。しかし! そこに虐げられた不幸な幼女がいる! それだけで感情移入するにはっ! 十分な理由っ!」


 妙に熱く語るレイドットにリィザは引いた。


「そ、そう?」


「そう!」


 妙なテンションで力説し、レイドットはプレートに顔を戻す。







 ――幼女は叔母に連れられ地下室に閉じ込められた。


「暗い! 叔母さん恐いよ、ここから出して!」


「ふん! 嘘つきな子は狼にでも食べられちゃいな!」


 叔母が幼女を閉じ込めて去っていくと、地下室の隅からモンスターが現れた。怯える幼女が震えて縮こまる。現れたのは鎌狼。肩から鎌状の刃を伸ばした狼だ。


 鎌狼Aが現れた。鎌狼Aは仲間を呼んだ。鎌狼Bが現れた。鎌狼Bは仲間を呼んだ。鎌狼Cが現れた。鎌狼Cはオカマを呼んだ。オカマが現れた】







「「「…………」」」


 プレートを読み終えた三人に気まずい沈黙が訪れる。


「えっと……、どうするの? なんか最後に変なの出たみたいだけど」


「……アレグス、無茶ぶりし過ぎだろ……」


「なあレイドット、ああいう名前のモンスター……いるのか?」


「聞かないでくれ……いや、ある意味あれはモンスター……いやいや、ある意味なんかではなく、きっとまだ知らぬ謎のモンスターに違いない!」


「……で、やるのか?」


「……鎌狼は全部俺がやる。残りの謎モンスターはグラッグ頼む」


「ちょ! 待て、鎌狼三匹を一人じゃ厳しいだろう。そっちは俺に任せて残りをレイドットが相手してくれ」


「いや、さっきのブレードロックじゃ見せ場がなかったからな。ここで挽回させてくれ! 鎌狼は俺がやる!」


「挽回と言うならそれこそ鎌狼は俺に任せてくれ! 正体も分からぬ謎モンスターはプロに任せる!」


 怪しげな謎のモンスターを押し付け合う二人にリィザは呆れた。


「いいの? あの子食べられちゃうよ」


「ぐ……、よし、出たとこ勝負だ!」


 レイドットは扉を開けた。かつてない厳しい戦いの予感に身を震わせて。







「パパ、ママ、恐いよー」


 レイドット達はモンスターに囲まれた幼女の傍らに出現した。震える幼女を見たリィザがすかさずぎゅっと抱きしめる。


「もう大丈夫よ、ママが守ってあげる。兄さん、レイドット、この子は私が守る! だから安心して戦って!」


「うお!? その手があったか!」


 リィザの要領の良さに二人とも感心する。だが今は呑気に感心している場合ではない。鎌狼三体が喉を唸らせ、固まって威嚇しながら近付いてくる。更に背後には一体の謎モンスター(オカマ)。


「グラッグ、魔法で援護する! 《鉄の円環》・《守護する外套》・・・」


「な!? 前衛俺一人か!」


「・・《発現》」


 グラッグの体が淡い光で覆われた。


「大丈夫だ! 障壁を作った。ニ、三回程度なら攻撃に耐えるはずだ。あとは攻撃魔法で援護する!」


 レイドットは有無を言わさぬ魔法援護で後衛に付き、謎モンスターとの直接対決を避ける作戦に出た。


「攻撃魔法か? よしレイドット、援護攻撃は頼んだぞ!」


 グラッグは意外にも素直に前衛の任を果たすべく行動に出た。ウォーハンマーが横薙ぎに鎌狼を打ち払う。三匹で固まっていた鎌狼は弾かれるように一瞬で壁まで飛ばされ動かなくなる。


「よし、鎌狼は三匹とも始末した! レイドット、残りの奴に攻撃魔法を頼む!」


「早っ!?」


 勿論グラッグは謎モンスターとの対決を避けるため、さっさと鎌狼を全滅させたのだ。これで謎モンスターを攻撃するのはレイドットの魔法になる。


(くっ! グラッグがこれほどの策士だったとは……考えろ、レイドット考えるんだ!)


 謎モンスターをなすり付け合うべく、恐るべき知略合戦が繰り広げられていた。


 レイドットは必死に考えてみたが、うまい返し手が思いつかない。謎モンスター(オカマ)は怪しく腰をくねらせ、名状しがたきオーラを放っている。


「ぬうっ! こやつ隙がない! レイドット、早く援護を頼む!」


 白々しいグラッグの援護要請。遂に観念したレイドットが魔法を撃とうとし、グラッグが勝利の笑みを浮かべかけたその時、レイドットの背後から思わぬ声が上がった。


「騒がしいと思ったらあんた達何者だい!」


 地下室の扉から現れた叔母が声を張り上げる。壁に打ちつけられた鎌狼を見て眉がきりりと吊り上がった。


「よくも可愛い鎌狼達を倒してくれたね! あたしが相手になるよ!」


 そう言い放つと体がむくむくと変形し、巨大な鎌狼の姿になる。それを見たレイドットがぐっと拳を握り締めた。良く見ると、何故か親指が立っている。


「やはり正体はモンスターだったか! よし、俺が相手だ!」


「なにっ!?」


 背後でグラッグが叫ぶが気にしない。ロングソードを構え、巨大鎌狼と相対する。


「《鉄の円環》・《雷光の一撃》・・・」


 利き手でロングソードを構えながら左手での魔法準備。これは器用を自負するレイドットの奥の手だ。


 普通魔法は利き手で扱うものである。利き手以外で石を投げれば目標に当てにくいように、魔法にも同じようなことが言える。利き手以外での魔法は扱いにくい。だがレイドットはどちらの手でも文字が書けるほどの器用さを持っていた。


 魔法の完成を待たず巨大鎌狼が突進してくる。正面からまともに当たれば吹き飛ばされるか牙の餌食にされ、横に回避すれば肩の鎌で両断されるだろう。ならば……。


 レイドットは剣を突き出すようにしつつ前方に倒れこんだ。予想外の動きに巨大鎌狼は大きく上に跳ねて回避する。その先ではグラッグと謎モンスターが対峙していた。


「うおっ!?」


 こちらにも気を配っていたグラッグは慌てて飛びのく。だがグラッグと対峙していた謎モンスターは反応が遅れた。巨大鎌狼の下敷きとなって潰される、それが謎モンスター(オカマ)のあっけない最後だった。巨大鎌狼はすぐさま体勢を立て直し、再び攻撃に移ろうとする。


「・・・《発現》」


 魔力充填が終わったレイドットの《雷光の一撃》が巨大鎌狼に命中。電撃により巨体がビクンと震え動きが止まる。今がチャンスだ。レイドットは最初からこの魔法で倒せるとは思っていない。一瞬でも動きが止まれば狙い目だ。


「グラッグ!」


「任せろ!」


 グラッグのウォーハンマーが一時的な麻痺に陥った巨大鎌狼の頭部を打つ。強烈な一撃が頭部を破壊、その中身を壁にぶち撒けた。


 のちに思い出したくない戦いワースト3に入るであろう悪夢の戦闘は、こうして終了した。







「厳しい戦いだった……」


 戦いを終えたレイドットとグラッグは幼女を保護していたリィザの元へと戻ってきた。


「お疲れ様。大変だったわね、色々と」


「レイドット……、シナリオ系イベントとやらはいつもこんなんなのか?」


「まさかだろ……。まぁシナリオ系は滅多にやらないが、今回のは様子がおかし過ぎた」


 げんなりとした様子の二人とリィザに幼女が微笑みかけた。


「助けてくれてありがとう」


 そう礼を言って頭を下げ、


「これでシナリオは終了です。お付き合いありがとうございました」


 幼女の上げた顔が大人びた表情になって、そんなことを告げていた。いきなり雰囲気の変わった幼女の様子にレイドット達は言葉を失う。


「――シナリオ、終了?」


「はい。申し遅れました、私は迷宮精霊のフィルといいます。アレグス様より迷宮での雑事を任されたうちの一人です」


 幼女の体が光に包まれる。レイドット達が見守る中、その背中には透き通った涼しげな色彩の羽が生え、粗末だった衣服は清楚さを感じさせる装飾の少ないドレスとなった。


「あなた方パーティーにアレグス様が興味を惹かれておいでだったので、勝手ながらイベントを造ってみました。ふふっ……楽しかったです。アレグス様もお喜びでした」


「アレグスが……?」


 呆然とフィルと名乗る精霊を見る。


「ええ、このイベントで、お前のセンスは最高だとお褒めの言葉を頂いちゃいました」


 「「「…………」」」


「あれ……? もしかして、不評でした?」


 フィルは小首を傾げるが、レイドット達に突っ込みを入れるなど出来るわけがない。何しろアレグスの名が出されているのだ。


「今までシナリオ系で迷宮精霊なんて出たことないが、どうして今回は現れたんだ?」


「そうですね。楽しかったから……かな? ふふっ」


 口に手を当てて思い出し笑いをする迷宮精霊。何がそんなに楽しかったのだろう。


「そうそう、レイドットさんの神権代行者への願い……アレグス様に聞きました。アレグス様のツボに入ってたみたいですよ。前回はポイント不足で残念でしたねー」


「ぐはっ!?」


 慌てるレイドットを見て、また楽しそうに笑うフィル。基本的に神権代行者への願いは他人に知られることはない。だからこそ前回のポイント引き換え時は無茶な願いをしてみたわけだが、ポイント不足で脚下されたのだった。


(あの願いがアレグスのツボって……)


 たらりとレイドットの額に汗が流れた。


「イベント達成により、あなた方には褒美を受け取る権利があります。今回は特別に選択可能です。アイテム、ポイント、迷宮貨のどれを選びますか?」


 グラッグとリィザが困った顔をする。急にどれと言われても確かに悩むだろう。暫く考えたあとでグラッグが聞いた。


「アイテムは選べるのか? たとえばミスリル鋼とかクロス鋼とかの素材は?」


「ええ、選べます。どちらも希少金属なので、量は少なくなります」


「ではクロス鋼で頼む」


「あ、じゃ私もそれで」


 リィザもグラッグに便乗して同じアイテムを選んだ。フィルの手がすっと横に振られ、空中に輝く光点が現れる。


「それに触れてください。望んだアイテムが具現化します」


 二人が光点に触れると、そこに小石ほどの金属光沢のある塊が現れた。


「おお、これは間違いなくクロス鋼だ。これは助かる」


「ラッキーだったね」


 塊を握り締めた二人は目を輝かせて喜んでいた。


「さて、レイドットさんの願いはポイントでいいですか? 今ならサービスで、あの銀貨十枚の分もポイントに変換しますよ?」


「あー、あれか……。うーん……。全部ポイントで」


「了解です」


 フィルの手が振られ、空中に十枚の銀貨が現れる。もう一度フィルが手を振ると、銀貨は光となって空中に四散していった。


「これですべてポイントに変換され加算されました。次回は願いが叶うといいですね」


「あー……、ああ、そうだね……」


「それではこれでお別れです。縁があったらまた会えるかも知れませんね」


「いや、迷宮精霊に会う機会なんてそうそうないだろ。また会ったら驚きだ。でも……その時はよろしくな」


「うむ、いい経験をさせてもらった。……一部は除かせてもらうが」


「また会えたらいいね、そしたら私、今度もママでいいよ?」


 微笑むフィルが手を振る。扉が現れた。そこに掛けられたプレートにはこんな文字が――。


【ありがとうパパ、ママ、おじちゃん】


 三人それぞれが微妙な顔、にやけた顔、むっつりした顔などして扉の向こうへ出ていく。フィルは最後までにこやかにそれを見送っていた。




 あらすじに注意書きを書いたので、大好きな軽いノリで書けました。一応こういうノリばかりではない予定です。期待して読んでると残念な結果になるかも知れません。まあ期待するような方が居ればの話ですが。^^;

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