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第五話 イベントシナリオ

 レイドットは転移コードを唱えた。視界が淡い光に包まれ、目的地に出現する。


 レイドットが選んだのは十八階層だ。ここにはカウンタースライムの潜む広間がある。


「これが迷宮か! 薄暗くて良く分からんが、モンスターは見当たらんな」


「今明かりを出す。《銅の円環》・《月夜の明かり・相対位置固定・安定持続》・・・《発現》」


 自分だけでなくグラッグとリィザにも照明の魔法を使った。それぞれのの頭上に光球が輝く。


「お、明る過ぎたかな? まあいいか。ここはまだスタート地点だから、いきなりモンスターは出ないさ」


「これで明るいのか? まだ薄暗く感じるが」


「薄暗いくらいでいいんだ。魔法効果を消すトラップとかあると、目が慣れるのに時間が掛かる」


「なるほど……そういうトラップは多いのか?」


「そうでもない。浅い階層だから即死クラスのトラップもない」


 迷宮について解説しながら石造りの通路を進む。


「迷宮では原則として他の人間には会わない。同じ階層に同時に潜ったとしても会うことはない。これは並列空間のためだと言われている」


「うわー、一人で潜ったら自分以外誰もいないんだね。レイドット良く一人で潜れるね」


「んー、そこは慣れかな。で、迷宮は潜る度に基本的な構造は大きく変わらないが、通路やトラップは微妙に変えられてる事が多い」


 話している内に通路の分岐点に差し掛かる。


「《銅の円環》・《記録される足跡》・・《発動》」


 これでアイテムの魔力感応紙に迷宮構造が記録される。魔力感応紙がなかった昔は手書きでマップを作成していたらしい。魔法で座標を調べ、細かい升目付きの用紙にいちいち書き込むのだ。しかも潜る度に作り直さなければならないため、かなり根気のいる作業だったようだ。


 少ししてレイドットはハエの羽音に気が付いた。


「ん? 囁きバエか。今ハエが飛んでるが、それはモンスターの一種だ。特に害はないから、なんか囁かれても気にするな」


「囁く?」


 グラッグが怪訝な顔をする。だがやがて怒りの表情になってハエを追い払い始めた。


「うわ、最低!」


 リィザもハエを追い払おうとせわしなく手を動かす。


「そのハエは人の嫌がることを囁いて心を乱そうとする囁きバエだ。それだけのザコだから、なに言われても気にしなければ大丈夫」


「汗くさいバカ男、何日風呂入ってないんだ? くっさー! って言われたぞ!」


「姉ちゃん、俺が彼氏になってやろうか? だが断る! って言われたーっ!」


 二人とも怒りに顔を赤くして手を振り回す。


「なにい! ホントのこと言われて顔真っ赤、必死すぎわろた、だと!」


「きー、悔しい! なんか無性に腹立つ! レイドット、こいつ倒したい!」


「……そいつら倒すだけの価値ないぞ。相手にするほどしつこくなるからスルーするのが一番だ。そのうちいなくなる」


「なんか平然としてるけど、レイドットは何も言われてないの?」


「言われてるぞ? 気にしたら負け」


 グラッグとリィザは顔を見合わせ、渋々とレイドットに従って囁きバエに無関心を装った。しばらくすると囁きバエは去っていった。


「やっといなくなったみたい。それにしてもレイドットは冷静だよね、腹立たないの?」


「やっぱり慣れかな。百匹倒して銅貨一枚とか、そっちのほうが腹立つし」


 囁きバエはJランクの迷宮貨一枚にしかならない。相手にするだけ時間と労力の無駄である。実は最初の頃に倒しまくって得た教訓だ。そうとは知らない二人は尊敬の眼差しをレイドットの背中に送る。


「やはりプロだな……」

「だよねぇ」


 歩いていると所々で扉を見掛けるが、レイドットはちらりと見るだけで先に進んでしまう。


「たまに扉があるが、あれは開けなくていいのか?」


「ああ、目的はカウンタースライムの広間だから、普通に通路を歩いて近付けるうちは関係ない。扉を開けると高確率で戦闘になるから、避けたほうが手間を省ける」


「なるほど、そうか」


「あれ? レイドット、なにか扉にプレートが付いてるよ?」


 リィザが扉に近付いてプレートの文字を読む。


「モンスターか何かのヒントだろ?」


「えっとねぇ……、ネキ売りの幼女?」


「なに、幼女!?」


 レイドットの目が光り、扉に駆け寄りプレートを読む。


【ネキを売らなければ家に帰れない だがネキは失われた 幼女の命はやがて尽きるだろう】


「こ……これは……」


「なんなのこれ?」


 レイドットはプレートの前で魂が抜け出たように立ち尽くしている。リィザが尋ねても放心したようにプレートを見詰めていた。


「このネキってあの長い野菜のネキ? レイドットなんだか分かる?」


「これは……シナリオ系イベントだ。手順を踏んでシナリオを進め、戦闘はそれなりに高いレベルのモンスター相手になることが多い」


「シナリオ系? 目茶苦茶怪しい感じだけど、これもスルーでいいのかな?」


「目的に関係ないからスルーでもいい……。だがっ! しかしっ! これをスルーするなど人の道を外れた行為っ!」


 拳に力を込め、人が変わったように声を大にする。そんなレイドットにグラッグも頷いた。


「うむ。よくは分からんが、これを見る限り幼女が死にそうだということか。ならば助けるのが人の道」


「うーん、私もよく分からないけど、助けられるなら助けたいよね」


「よしっ、決まりだ! グラッグ、リィザ、二人の力を貸してくれ!」


 今三人の意思が一つになった。――多分。レイドットは扉を開いて中に入る。


 扉の中は何もない狭い部屋だった。正面にもう一枚の扉があり、そこに大きなプレートが掛かっている。レイドットは読んだ。







【雪の降りしきる冬の街。もはや道行く人影も絶えがちな深夜の道端で、一人の幼女が両手にはあと息を吐きかけている。


 厳しい寒さがしんしんと体を冷やす。だが家には帰れない。厳しい叔母にネキの十束入った籠を渡され、売り切るまで家に帰るなと言い渡されていた。


 道行く人々に必死に声を掛ける幼女。「ネキはいりませんか? 冷えた体を温めるネキはいりませんか?」


「おう、嬢ちゃんネキくれや。丸ごとな」 声を掛けてきたのはブレードロック。硬い外皮とギザギザの刃が生えた腕を持つ岩のようなモンスターだ――







「ちょ! なんでそこでモンスターが!?」


 リィザが口を挟んできたが、レイドットは構わず読み続けた。







「おじちゃんありがとう。銀貨十枚になります」







「ちょ! ネキ十束で銀貨十枚とかどんだけボッタ!?」


 またもリィザが口を挟んできたが、レイドットは読み続けた。







 ――幼女は満面の笑みでブレードロックにネキを渡し、代金を請求する。だがブレードロックはニヤリと笑って手を振った。「あ? カネならないぜ」


「困ります。ネキを売らないとおうちに帰れないの……」 泣きそうな顔の幼女にブレードロックは自慢のブレードで切り付けた。


 無防備な幼女の腕に深い切り傷が走る。「これで帰れるだろう、天にな。ギャハハハ!」 ブレードロックはネキを抱えて高笑いをあげる。


「ああっ……」 深く積もった雪が幼女の血で赤く染められてゆく。売り物のネキを失い、今また命まで失われようとしていた。


「眠いよ……私死んじゃうのかな……死ぬ前にパパに会いたかったな……」 幼女は優しかった父の面影を思い出す。行方不明の父、今どこにいるのだろう。







「お話長っ!?」


 リィザが叫ぶが、レイドットとグラッグは拳を握り、涙を流しながらプレートを読み続ける。







 ――幼女の意識はすでに朦朧としていた。「パパ……パパ……あったかいよ……」 幻でも見ているのだろうか。幼女の手が何もない宙を掻き抱く。


 降りしきる雪の中、一つの命が今、消えてゆく】







 プレートを読み終えたレイドットとグラッグの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。


「うおお! レイドット、あの子を助けるぞ!」


「良く言ったグラッグ! さあ行くぞ!」


「おーい……」


 レイドットは勢いよく扉を開け放った。視界に飛び込んできたのは雪の降り積もる夜の街。その純白の世界に赤い染みが一点。レイドットは駆けた。


 赤い染みの上に横たわる幼女。抱き起こし頭に積もった雪を払ってやると、ツインテールにした緑の髪が現れた。愛らしい小さな顔は血の気を失い土気色になっている。


「《鉄の円環》・《止血・治癒・保温》・・・《発現》」


 魔法を使うも一度では魔力が足りない。二度、三度と必死に重ね掛けしていく。その甲斐あって、やがて幼女の頬に赤みが差してきた。


「誰……パパ……?」


 レイドットは幼女をぎゅっと抱きしめた。


「ああ……、ああ、パパだよ。もう大丈夫だ」


「パパ……嬉しい、帰ってきてくれたのね」


「遅くなってごめんな」


 親子の再会劇にグラッグがうんうんと声を詰まらせて泣いた。一人世界に入りそこねたリィザは引き気味だ。だが理解しがたい状況とはいえ、幼女が助かって良かったなとは思う。


「ほんとに良かったね。で、その子どうするの?」


 その問いには幼女が答えた。


「パパ、ママ……私ネキを売らないとおうちに帰れないの」


「まっ……ママ!? あたし? あたしがママ!?」


 いつの間にかママの設定を付与されたリィザが自分を指差し狼狽する。幼女は潤んだ瞳でリィザを見た。


「どうしたの……ママァ」


「うっ……か、可愛い……」


「ママ……私ネキを売らないとおうちに帰れないの……」


「分かったわ、ママに任せなさい!」


 そう言って屈み込み幼女の頭を撫でる。リィザもこの世界に入ったようだ。


「あのブレードロックとかいう野郎はどこに行ったんだ?」


 グラッグが辺りを見回す。すると何もない空間に扉が現れた。例によってプレート付きだ。


【ブレードロック。硬い外皮は剣を弾き、鋭く重い一撃は鉄鎧を裂くだろう】


 やはりレベルの高いモンスターなようだ。こういった相手の場合、普段なら決して戦ったりしない。しかし今は話が別だった。


「ブレードロック……戦ったことのないモンスターだ。正直かなり危険だと思う。グラッグ達は無理して来ないでいい」


「いよいよ戦闘ってわけだな。腕が鳴る!」


「まぁ変な成り行きだけど、あんな子を泣かせるモンスターなんて許せないよね!」


 危険だというのに乗りのいい二人に感謝した。そもそもまるきりの戦闘初心者なら同行させるつもりもない。階層制限五十層の実力にレイドットは期待する。


「多分俺の魔法だと、まともにやっても倒せないレベルだと思う。だから待機魔法を使ってみる。準備ができるまで二人には時間を稼いで貰いたい」


「おう、任せておけ!」


「いいわよ、硬い相手なら私達に向いてるし」


 レイドットは幼女の頭を撫でてから立ち上がった。


「パパが悪いモンスターからネキを取り返してくるからな」


「うん、待ってるねパパ」


 レイドットは扉を開けた。







 そこは雪に覆われた広場。すでに雪は止み、月光が木々を白く照らしだしている。


「お前がブレードロックだな」


 レイドット達の前には一匹のモンスター。岩を積み上げたような外皮。重量感ある体を支える四本脚。腕には鋭利なギザギザがあり、その一部が曲刀のように長く突き出している。


「ネキを返してもらう! グラッグ、リィザ、頼む」


「了解だ」

「任せて」


 ウォーハンマーを構えた二人が左右に別れてブレードロックに近付いていく。ブレードロックは軽く身じろぎし、だらりと伸ばしていた腕を胸に引き寄せた。


「《鉄の円環》・《赤熱の炎》・・・・・《発現待機》」


 レイドットは魔法を即時発現可能状態で待機させる。待機状態になった魔法陣の輝きが薄くなる。そのまま次の魔法陣を呼び出していく。


「《鉄の円環》・《赤熱の炎》・・・・・《発現待機》」


 待機魔法は待機自体が魔力を消費するため威力が下がる。準備時間も相当必要だ。しかし数がまとまればその威力は銀の円環、いや、金の円環にすら届く。


 グラッグとリィザは慎重に間合いを計る。先に仕掛けたのはブレードロック。深く窪んだ目がまずはグラッグを獲物と定め、胸に引き寄せた腕を薙ぎ払うように振り伸ばす。鉄鎧をも裂くといわれた一撃だ。


 見掛け以上に伸びる腕。グラッグはウォーハンマーの柄で防御する。硬い音。ブレードロックの刃はウォーハンマーの柄に僅かな傷を残して弾かれた。


「鉄を切り裂く刃とはこんなものか!」


 グラッグは体勢を崩すことなくウォーハンマーを構え直す。攻撃を防がれたブレードロックが次撃を繰り出した。ぶつかり合う音、音、音。攻撃のすべてをグラッグは弾き返していく。


 リィザはブレードロックの腰を狙いウォーハンマーを振りかぶった。察知していたブレードロックの脚が迎撃に跳ね上がる。丸太のような硬質の脚がリィザを襲う。


「ふっ!」


 リィザの細い体がくの字に折れ曲がって吹き飛ばされた。積もった雪を巻き上げて地に横たわる。


「リィザ!」


 作業を中断し、レイドットが叫ぶ。


「……くっ! 大丈夫、このくらい!」


 リィザが起き上がる。吹き飛ばされながらも武器は手放していなかった。


 レイドットが待機させた魔法陣は現在三枚。あと三枚の計六枚をもって待機を解除し、一斉発現による大火力を浴びせる計画だ。リィザが戦意を見せたことで戦闘続行可能と判断し、戦況を見守りつつ四枚目の魔法陣を召喚する。


 グラッグは攻撃を防ぐことに徹していた。立ち上がったリィザに視線を送る。


「大丈夫か?」


「全然平気。思ったより動きいいね」


「ああ。そろそろ反撃させてもらわんとな。こいつの攻撃は分かってきたから、隙さえあれば打ち込む」


「じゃ作る」


 リィザが再びウォーハンマーを構える。だがまだ攻撃射程外なこともあってブレードロックは反応しない。


「いっくよー! 一発芸!」


 リィザはウォーハンマーを大きく後ろに振りかぶる。レイドットは見た。リィザのウォーハンマーがニ倍の長さに伸びるのを。


「うりゃーーーっ!」


 長さがニ倍である。振り上げる負荷は尋常ではあるまい。しかしリィザは木刀を振るかのごとき勢いでウォーハンマーを振り上げた。そのままの勢いをもってブレードロックの肩に直撃させる。


 剣を弾くといわれた外皮が砕け、そのまま関節をも砕き肩を貫通。ブレードロックの右腕が根元からだらりと垂れ下がる。


 痛みと怒りからブレードロックは残った左腕でリィザに襲い掛かる。だがそれはグラッグに脇を見せる格好になった。


「ふんっ!」


 すかさずグラッグのウォーハンマーが唸り、目にも止まらぬ速度と重さを乗せた一撃がブレードロックの腰を打つ。ブレードロックの腰が砕け、大きく陥没。引き戻したウォーハンマーで駄目押しの一撃。


 ブレードロックは横転。そのまま動かず沈黙。少しの間を置いて存在が消え始めた。パーティーの勝利である。


「よっしゃあ!」

「やったね!」


「あー……」


 喜び手を打ちならすグラッグとリィザ。レイドットは呆然としていた。これがドラゴンギフト特化型……。あまりに破壊力が有りすぎる。待機させた五枚目の魔法陣をしばし眺め、――苦笑した。


「《全円環、一斉解除》」


 一斉発現ならぬ一斉解除。用意した魔法陣をすべて消し去り、喜び合う二人の元へ向かう。


 ブレードロックの消え去ったあとにはアイテムが残されていた。言わずと知れたネキ十束である。




 勢いで書いて失敗しまくったので、色々設定やら何やら考え直して一話から修正しました。

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